第120話 教導騎士団長の画策(2)

【3】

 ブル・ブラントンの持って来た情報は中々役に立つものだった。

 ただこの男が使えるかと言えばそうとまでは言えない。

 経過報告を聞いていた限りでは、本気になって調べれば学生でも…いや学生騎士の方がもっと早く真相に辿り着いたかもしれない。

 他国人の獣人属の騎士が近衛騎士団の中で聞き込んだだけでここまで簡単に情報が得られたのだ。


 第七中隊の弟のケルペスの不甲斐なさの方が際立ってしまう。

 あの弟は何をやっているのだろう。中隊全体の能力が著しく低いのだろうか。

 ブル・ブラントンの報告の裏付けを取るために教導騎士団の団員を何人か調査に向かわせた。


 王立学校の件については概ね報告通り。

 エヴァン王子とエヴェレット王女とヴェロニク・サンペドロは話し合い半ばで退席したのも間違いない。

 エントランスの交渉スペースで話をしていた様だが、エヴァン王子たちが退席後は衝立が立てられてその前に護衛騎士が立ち客が近寄るのを防いでいたと言う証言もあった。


 更に特許局の申請状況も靴底についてはアヴァロン商事の名前で申請されている。

 他国民でありながらアヴァロン商事とセイラ・カンボゾーラの関係に気付いた事は慧眼なのだろうが、ラスカル王国の貴族の間では公然の事実である。

 アヴァロン商事の名が出れば必ずセイラ・カンボゾーラがいるのだ。


 しかしそれ以外にも気になる点があった。

 アヴァロン商事との共同出願者として近衛騎士団が名を連ねている事だ。

 ご丁寧に軍務卿の名で閲覧制限の処置までされている。

 騎士団以外での普及は当面考えていないのだろうが靴である。

 軍靴を購入するのは騎士団員で結局個人の持ち物になる。

 遅かれ早かれその内容は世間に知れる事になるので当座逃れの暫定処置ではあろうが教導騎士団は敵国扱いか?


 北海の海戦の折に内戦に介入しようとしていた事は王妃派も把握しているので警戒しているのだろう。

 あの王妃の事だ。

 生国のハスラー聖公国での内戦や国境紛争に対して、反聖大公勢力への教導騎士団の介入を想定し近衛騎士団や王都騎士団を取り込もうと考えての処置か?


 やはり近衛騎士団、ストロガノフ騎士団長が一枚噛んでいるのだろう。

 甥のマルコ・モン・ドールから聞く限りイヴァン・ストロガノフとセイラ・カンボゾーラはかなり親しいようだ。

 どうも入学以前からの知り合いと思われる。


 ストロガノフ騎士団長、セイラ・カンボゾーラ、オズマ・ランドッグ。

 上手く動けばまとめて処分できるかもしれない。

 セイラ・カンボゾーラならゴルゴンゾーラ公爵家、オズマ・ランドックならポワトー伯爵家に圧力をかけられる。

 いや、ハウザー王国の留学生に罪を着せて外交上も優位に立てるだろう。

 ハッスル神聖国が獣人属を排除する口実に使えるだろう。


 福音派の上層部とは教義上の対立はあるが、ハウザー王国の王家が滅びれば福音派聖教会も獣人属に配慮する必要はない。

 聖教会が本来の姿に還るのだ。かつて始祖の救世主が望んだ人属の楽園への扉を開くのだ。

 そう人属は農奴となる異教徒を…獣人属を導き使役する立場へと戻るのだ。


 ハウザー王国の聖教会にも話を知る者は多くいる。

 ハッスル神聖国を頂点にラスカル王国とハスラー聖公国の軍事力を結集すればハウザー王国の撃破も容易いだろう。

 ならばあのケダモノの騎士を利用するのは手段だろう。


 あの女のケダモノ騎士は近衛騎士団の第四中隊長と恋仲だとか。

 近衛騎士団にケダモノを入れたストロガノフや場合によって軍務卿にも圧力を掛ける事が出来る。

 上手く行けばあの間抜けな弟でも西大隊の大隊長あたりに捻じ込める可能性もある。

 そうなれば近衛騎士団をリチャード王子擁立の手駒に取り込める。


 後は奴らが隠している靴底の秘密をどう探り出すかだが…。

 弟のケルペスや奴の第七中隊を使うのは悪手だろう。何より信用も出来なければまともに対処できるとも思えない。

 しばらくはあのケダモノ騎士に第四中隊とケダモノの女騎士を探らせる事として、特許局や靴工房を当たらせてみる事にしようとリューク・モン・ドール教導騎士団長は、兄のモン・ドール侯爵に支援の手紙をしたためた。


【4】

 特許局は軍務卿の閲覧制限のお陰で詳細は掴めない。

 斥候職に導入するのはモカシン靴である事くらいだ。これならば特許局に金を払ってまで得た価値が無い。


 靴工房はどこが発注を受けているのかもわからない。オーブラック商会が下請けとしていくつかの靴工房に依頼を出しているのだが、その依頼先すら割り出す事が出来ない。

 やはりモン・ドール侯爵家に恨みを持つ商会だけあって警戒感が半端ないのだろう。

 兄上も迂闊な事をしたものだ。

 使い捨てるなら、徹底的に潰してしまうべきだったのだ。迂闊に力を残して放逐などするからこの様な事になるのだ。


 当然ブル・ブラントンの報告も大きな進展はない。

 さすがに近衛騎士団も部外者の、それも他国の騎士にそう簡単に機密を漏らす様な事はしない上に、不穏な言動を咎められるとあのケダモノも近衛騎士団の寮に居る事が出来ない。

 このまま何もつかめず放逐される様な事になれば、第七中隊の汚点になりかねないのだから。


 それでも同僚の女騎士からはいくらか情報を引き出せたそうだ。

 装備の機密がある事を匂わせると烈火のごとく怒り、あの時エヴァン王子が意図的に関わらない旨を騎士団幹部に宣言して退席したと言う。

 交換留学の目的を履き違えるな、この件には一切かかわるなと釘を刺されたと言う。

 やはりエヴァン王子は意図的に関わり合いを避けている様だ。


 このまま内容が掴めぬままに時間が過ぎるのかと思っていると、意外な所から話が転がり込んできた。

 無能な弟のケルペス・モン・ドール第七中隊長からだ。


「兄上、実は近衛騎士団で不審な動きが有ってな。第九中隊の中隊長から聞いたのだが、東西大隊が軍靴を刷新すると言うのだ」

 したり顔で話す弟を見ながら何を今更と思わぬでも無かったが続きを促した。


「それがな。南大隊には秘密裏に事を進めているらしい。歩兵や騎兵の軍靴は今巷でも売られている踵付きのモカシン靴や乗馬靴を軍装に改良するそうなのだが、斥候兵ように新たな軍靴を開発したらしいのだ」

 …この弟はともかくとして南大隊でも調査に動いたいたようだ。まああのエポワスが取り仕切っているのだからそこは見落とす様な事は無いのだろう。


「ほう、詳細が分かれば教導騎士団でも取り入れたいものだが」

「それがどうもストロガノフが特許を押さえている様で勝手に作る訳には行かないんだ。第九中隊も概要は掴んだが特許の問題が有るので困っているらしい」


「なに! 概要が分かっているのか! …それならばやりようはある。極秘裏に真似た商品を作らせても良い。なんならハッスル神聖国に依頼して輸入するやり方もある。あの国は特許法が無いからな」

 靴底程度でそこまでする必要も無ければ特許局や商務省と揉める必要もないが、その靴底の概要を手に入れてあのケダモノ騎士ブル・ブラントンに流せば、ハウザー王国に持ち帰らせるよう画策すれば近衛騎士団の失点だ。


 当然その出所は第四中隊の中隊長の愛人のヴェロニク・サンペドロ。

 王都を出奔したブル・ブラントンを第七中隊に捕縛させれば、ハウザー王国は特許法制定国。

 特許侵害の罪も被せられる。


「ケルペス、その第九中隊長からその靴の詳細な情報を手に入れる事は出来るか? その後の方法はこちらで面倒を見てやる。昨年の鹿革の失点を回復するなら気合を入れろ」

「第九中隊長は図面も手に入れたと言っている。靴工房が目途が付いて特許の抜け道が見つかれば直ぐにでも着手できると言っていた。安心してくれ」


 このバカも使い方では役に立つものだ。

 後はこの筋書きを実行に移すだけだ。

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