第119話 軍靴
【1】
ブル・ブライトンはエヴァン王子たちに探りを入れてみる事にした。
軍靴の刷新についてはそこ迄大きな秘密では無いようだ。
ヴェロニクも簡単に話してくれた。
新型のつま先と踵に補強の付いた靴がすぐれており、軍靴としてその機構を正式に騎士団に採用する為の話し合いだったようだ。
さらに踵付きの乗馬靴は騎兵にもってこいの装備で、騎馬兵は早急にこの乗馬靴に刷新する為割りあての取り合いが行われたのだと言っていた。
自慢げに乗馬靴の割り当ての一部はエヴェレット王女が手に入れてハウザー王国へ送る手筈を整えたと自慢された。
それだけであればこれまでの調査結果と変わりない。
参加したのはエヴァン王子とエベレット王女とヴェロニクの三人だけ。メアリー・エポワス伯爵令嬢が席を用意して招いたそうなのだが、その後の靴の発注はオーブラック商会のオズマ・ランドックが誘ったそうだ。
エヴェレット王女殿下を通じての誘いであった為、エライジャとエズラの二人は同行しなかった。
そしてその商談の席に一緒に居たのはセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢だったようだ。
メアリー・エポワス伯爵令嬢は騎士団の些末には口を挟まないと同行を辞退したそうだ。
さすがは上級貴族令嬢だけあった礼節を弁えている。
しかし同行した子爵令嬢が問題なのだ。
貴族とは名ばかりで平民の商人の様な令嬢で、金儲けの出来る場所には必ず顔を出していると言われる。
何より上級貴族に対しても敬意を示さない不遜な令嬢で、金の為なら簡単に相手を陥れると言う。
学生騎士から聞いた話では、途中からエヴェレット王女たち三人はエマ・シュナイダーが開催したドレスの即売会に姿を現したそうだがその時セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢の姿は無かったと言う。
不審を感じたブル・ブラントンはあちこちの大隊の学生騎士達に声をかけて噂を収拾する事にした。
夏至祭のファッションショーとかいう催しにはかなりの数の学生騎士が動員されていた。
開催場所が騎士団寮の闘技場だったためだろう、当時の情報には事欠かない。
参加者がいない第七中隊がおかしいのではと言われる様な状況だ。意図的に第七中隊を排除しているようにも思われる。
「第七の連中は金に飽かせて午前の部のアリーナを買い取ったり好き放題だ」
「金の無い俺たちはこうやって手伝いで立見席を手に入れているのに」
「それでも最後にステージに呼ばれた時は感動したぜ。苦労は報われるんだってな」
「それも聖女ジャンヌの計らいだろう。同じ聖属性持ちでもセイラ・カンボゾーラとは違うぜ」
「てめえ! 聖女様を呼び捨てか! 様を付けろやこのデコスケ野郎!」
セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢はかなりの有名人物で評判も良くないようだ。
ただ気になるのが聖属性持ちという一言だ。
聖女ジャンヌが聖属性持ちなのは聞いているが、もう一人聖属性持ちがいた事は初耳だ。
聞くと一年前まで隠していたようで、昨年の春におこった誘拐未遂と傷害事件でそれが発覚し、今では王立学校で知らぬ者はいない事実だそうだ。
その属性を利用して北部航路の利権を持つ
その女がエヴェレット王女たちを巻き込んでいる。
どうも途中エヴェレット王女たちが席を外した後もセイラ・カンボゾーラはその場に残り商談を続けていたそうだ。
【2】
どうもエヴァン王子たちの動向よりもセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢の行動に何か不穏な物を感じる。
近衛騎士団内では情報は解らないが、王立学校の学生騎士からは驚くほど簡単に情報が得られるのだ。
全ては聖女ジャンヌとその取り巻きのオズマ・ランドックと言う商人の娘との間で動いている様だ。
聖女ジャンヌが考えていた被服や靴のアイディアに目を付けたオズマ・ランドックが、モン・ドール侯爵家が進めていた教導騎士団の軍装転換を見限ってセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢やエマ・シュナイダーと手を組み王都騎士団と近衛騎士団に売り込みをかけたという事だろう。
そして軍装や軍靴について聖女ジャンヌは大量に特許を持っている。
チャプスや乗馬スカート、そして核心である乗馬靴とモカシン靴。そう言えば冬にヴェロニクが自慢していたムートンブーツとか言う靴もジャンヌの特許のようだ。
何が聖女だ。結局私欲に走り騎士団から特許料を吸い上げる為の走狗に使われている娘ではないか。
やはり品性が卑しい平民の出はこの程度の者なのだろう。
特許局に出向き調べるとジャンヌ以外にも靴の特許を持つ者がいた。
セイラ・カンボゾーラだ。
それも軍靴の核心部分である靴底について、彼女の持っている商会の、アヴァロン商事の名前で押さえていたのだ。
ジャンヌの靴の特許を隠れ蓑にして騎士団に食い込むための靴底の特許技術を押さえて、尚且つその製造販売許可は仲間のオズマ・ランドッグの実家のオーブラック商会が一手に引き受けている。
ジャンヌとオズマ・ランドッグの陰に隠れてアヴァロン商事は表に出ていない。
いやアヴァロン商事すら隠れ蓑で、セイラ・カンボゾーラと言う名前は調べねば上がってこないのだ。
ならばセイラ・カンボゾーラはその靴底に関する秘密の何を握っているのだ。
それについても以前第四中隊の宿舎に居た頃に話したことがある団員から耳寄りな情報を得る事が出来た。
何でも第四中隊のルカ・カマンベール中隊長が溢していたことがあるそうだ。
”新型の靴底は大隊の一部の職種には向かない。靴音が響くのと柔軟性が損なわれる事でマイナスになる職種が有る”と。
しかし夏至祭以降その事を話さなくなったと言うのだ。
靴音が響く、柔軟性が必要? 密偵か? いや違うな。多分斥候職だ。
エヴァン王子やエヴェレット王女の履く乗馬靴はぬかるんだ地形などには向かない。
それに歩けば踵が当たる音が響く。
これは斥候職には向かない。
斥候職はどの部隊にも居る。
しかし大隊でそういう役割を主に担っているのは南大隊では第九中隊だ。
重装騎兵が中心の第七中隊、重装歩兵や弓兵が主体の第八中隊、そして遊撃と奇襲を旨とする第九中隊だ。
「なあ、あんた以前第四中隊の宿舎に住んでいたんだろう。何か情報を知らねえか?」
声をかけてきたのは意外にも第九中隊の団員であった。
「それにヴェロニクとか言う女騎士はあんたの同僚だろ。そこからでも良い。何か知ってる事が有れば教えて欲しいんだ」
「いきなりそう言われても何のことやらわからない」
「まあそうだな。俺は第九中隊で斥候をしているんだが、最近第四中隊の間で軍靴を変えるとか言う動きがあるんだ。あそこも遊撃が得意で、軽装騎兵と軽装歩兵、それに短弓の弓兵と斥候という配置だ。第九中隊と職務が被る」
「それで?」
「ああ、短弓の弓兵や斥候に新型の踵付き軍靴は向かない。なのにそれも含めて全面更新を検討していると言うのだ。だから何か情報が有ればと思ってな」
「いや、第四中隊が合わなくてこちらに移ったんだ。親しい団員はいない」
「それなら同僚の女騎士はどうだ? あそこの中隊長の愛人だとか言う噂だが」
「いやそれも知らん。所属も出自も違う。ましてや女騎士など…」
「まあそうなるわなあ。女騎士なんて軍務の役になど立たんからな。いや、邪魔をした。すまんが忘れてくれ」
「いや、こちらこそ役に立てなくてすまん」
そういう事だ。セイラ・カンボゾーラの特許とは斥候職専用の靴底に違いない。
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