第118話 ブル・ブラントン

【1】

 ブル・ブラントンのもとに極秘裏に教導騎士団より使いが来たのは夏至祭が終わって一週間後だった。


 ヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢が王立学校の夏至祭に出かけて行った事は聞いていたが、特にそれ以上の事は興味もわかなかったのでそのまま失念していた。

 ところが王立学校から通っている第九中隊の若い団員から、ヴェロニクたちが王都騎士団や近衛騎士団の東西大隊幹部と一緒に集まっているのを見たと漏れ聞いたのだ。


 第四中隊は西大隊なのでおかしくは無いのだが、本来仲の悪い王都騎士団の幹部と会っていたという事が引っ掛かった。

 ヴェロニクの事に興味が有る風を装ってその団員にそれとなく聞いてみたところかなり詳しく教えてくれた。


 それによると夏至祭のファッションショーの舞台に現役の騎士団員が婚約者のエスコートとして多数舞台に上がったのだが、そこでモカシン靴や乗馬靴や乗馬服そして革鎧なども披露されたそうだ。

 その買い付けのために東西大隊の幹部と王都騎士団の幹部が集まって、関係商会と商談会を持っておりその中にエヴァン王子とエヴェレット王女、そしてヴェロニク・サンペドロも居たと言う。


 しかしそんな話は第七中隊では聞いていないし、何よりモン・ドール中隊長はその日近衛騎士団に居た事を憶えている。

 何やら不穏な物を感じたブル・ブラントンは内密にリチャード王子殿下の耳にその情報を入れた。

 リチャード王子殿下はさして気にも留めなかったようだがその一週間後教導騎士団より極秘に使いが来たのだ。


【2】

「よくぞ教えていただけた。貴君の慧眼には感謝する」

 リューク・モン・ドール王国教導騎士団長はそう言って労ってくれる。


「どうも王都騎士団と近衛の東西大隊とで何やら極秘に装備の変更を進めているようでな。南大隊を蚊帳の外に置いて何やらよからぬ画策をしておるようだ」

 モン・ドール団長の言う所では王都騎士団は下級貴族と平民で構成された騎士団でもともと清貧派の勢力が強いところだそうだ。


 そして近衛騎士団の西大隊も平民や下級貴族中心の大隊で特に北西部や西部、南部の出身者が多く近衛騎士団の中でも清貧派の牙城の様な大隊だ。

 東大隊は現在の近衛騎士団長であるストロガノフ子爵の子飼いの大隊で、南大隊を掌握するエポワス伯爵と対立している。


 南大隊と教導騎士団を外して軍装の刷新を考えているのだろうが、これがただの装備の更新なら大した問題でも無い。

 昨年は第七中隊でも鹿革のチャプスや乗馬靴を採用しているようだし、教導騎士団でも同じように鹿革の軍装に一部変更している。


 しかし今回は少し意味合いが違うようだ。

 軍装のそれも乗馬靴やモカシン靴に大きな改良が有るのだ。それを集まった騎士団の幹部たちだけで独占しようとしているらしい。


「しかし軍靴にするのならばそれと同じ物を此方も作らせて購入すれば良いだけで、何もこんな手の込んだ嫌がらせをする必要も無いでしょう。聞く話によると夏至祭の折に一般にも販売を始めているとか聞いておりますが」

「ああ、個人で使うならば買えばよい。だが騎士団で使うならそれなりの品質と団員分の数が必要なのだ」


 ああ、工房が手が足りなくて後回しにされるという事なのか。

「それならば出入りの御用商会に優先的に作らせるとか」

「それが特許がかかっておるのだよ。小賢しい事にストロガノフ近衛騎士団長が圧力を掛けて靴の意匠の特許を取らせたのだろう。軍需物資という名目でな」


「それで教導騎士団は後回しにされると…」

「そもそもこの靴を作った商会は我がモン・ドール侯爵家が御用商人として目をかけておった商会なのだ。それが革のチャプスや靴を開発した時に儲けに目が眩んで清貧派に寝返りよったのだ」

「なんとも浅ましい。それなれば本来この靴も閣下の得るものでは無かったのですか?」

「ああ、しかし今更それを言っても始まらん。見る眼が無かったわしの責任だ」

 リューク・モン・ドールは自嘲気味にそう笑うと話を続けた。


「そこでだ。貴君に依頼したい事が有るのだ。極秘裏に彼奴らの企んでおることを探ってはくれまいか? エヴァン王子たちも軍靴については入手する事で話を進めておる様だがどうもそれだけではないようなのだ」

 特許に関してなら同様な法律がハウザー王国でも施行されており、南部サンペドロ辺境伯領では厳格に守られている。

 彼らは辺境伯軍の装備を刷新するつもりで話を進めているのだろう。

 武闘派を標榜する辺境伯がブラッドヴァレー公爵家に対抗するために。


 それならばこの話に乗って教導騎士団を通してブラッドヴァレー公爵家に優先的に軍靴を供給して貰える算段を付ける事も可能かもしれない。

「無理は承知ではあるが骨を折ってくれんか」

「判りましてございます。その代わりと申しては何ですが、その軍靴をわがハウザー王国騎士団も購入先の末端に加えて頂けぬでしょうか」

「それで良いのか。もう既にエヴァン王子たちが渡りをつけているだろうに」


「どうせハウザー王国の北部領を対象にしたものでしょう。それではハウザー王家の為になりませんので」

「その忠義心は当然の事だな。状況を見てになるが他でも融通が出来る事ならば面倒を見よう宜しく頼む」


【2】

 御しやすい愚か者だと思った。

 それでも弟のケルペスよりはずっとマシだ。この事実を直接ケルペスに報告しなかったと言う事は、そこはこの男も見極めているのだろう。

 だからリチャード王子に話を通したのだろうがリチャード王子もさほど気にもとめず、先日会った折に同じようなものを鹿革で作れないかリュークに打診があって初めてこの事態に気付いたのだ。


 第七中隊に人が居無さ過ぎる。

 これ程あからさまな事態に誰も気づかないと言う事は大問題だ。南大隊でも危機感を持つべきなのだろうが、モン・ドール侯爵家は以前の鹿革の事件以来エポワス伯爵家と疎遠になっている。

 何よりあの尊大な近衛騎士団副団長にこちらから気を使ってやる必要も無い。


 ラスカル王国の内情も良く知らないあのケダモノの騎士団員でも不審に思える事に気付かないとは情けない限りだ。

 どう考えても単なる軍靴の更新計画だけで収まる話ではない。

 本来なら一般に販売された靴など隠しようが無い。必要と有れば軍需物資として優先的に納品させる事も出来る。


 ただの嫌がらせにしては手が込み過ぎているのだ。

 裏に何かある事もエヴェレット王女が同席したのならエポワス伯爵が絡んでいる事も見当がつく。

 どうせまたエマ・シュナイダーが暗躍しているのだろう。昨年は我らに煮え湯を飲ませたあのエマ・シュナイダーが。


 あのケダモノの騎士が上手く立ち回ってくれれば良し、何か失敗をしたとしてもその責めはあの騎士とハウザー王国の留学生に負わせればよい。

 責任を問われても首が飛ぶのはエポワス副団長。

 その時は南大隊の大隊長にリチャード王子を据えれば済む事だ。この人事なら誰も異を唱える事は出来ない。


 どちらに転んでも痛手は無い。

 あのケダモノ騎士が失敗してもエポワス副団長とエマ・シュナイダーを道連れにしてくれればいう事は無い。

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