第117話 教導騎士団長の画策(1)

【1】

 近衛騎士団と王都騎士団が何やら画策しているようだ。

 その情報をもたらしたのはハウザー王国のブル・ブラントン王家騎士団員からであった。

 王立学校の夏至祭の最終日に行われるファッションショーとか言う催しにエヴェレット王女殿下が招かれたので随員として、ヴェロニク・サンペドロ辺境伯騎士団員がルカ・カマンベール第四中隊長と行ったことは耳に入っていた。


 そこに近衛騎士団の東西大隊幹部と王都騎士団の幹部が多数集まっていたというのだ。

 ブル・ブラントン王家騎士団員は近衛騎士団の訓練所に出入りする王立学校の騎士団員から漏れ聞いたと教えてくれた。


 それを聞いたリューク・モン・ドール教導騎士団長は弟のケルぺス第七中隊長に問い合わせたが何も知らなかった。

 ケルぺスが言うには、昨年のウィキンズに触発されて今年は大勢の騎士団員が婚約者のエスコートに舞台に上がった為だろうという。


 幹部子弟や親戚筋ならまだしも、たかだか一般の騎士団員の為に大隊や中隊の幹部が出向くなど考えられない。

 まして王都騎士団と近衛騎士団の幹部が一堂揃って観覧などと在りえる話ではない。

 そんな説明を鵜呑みにしてなんら疑問にも思わないケルぺスに対して兄として憤りを抑えきれない。


 あの弟はあてに出来ない。

 かといって近衛騎士団や王都騎士団でそこまで信用できる者がいるかと言えば…。

 教導騎士団の紐付きの者は顔が割れているので、深層部に関われば警戒されて排除されるだろう。

 それ以外でも使える奴はいるだろうが所詮は近衛や王都の騎士団員だ。最後の最後で二択を迫られれば教導騎士団を裏切る事は目に見えている。


 そもそも弟のケルペスの第七中隊は上級貴族の子弟ばかりで構成されている事から気位は高いが、そんな調査能力を持つ者などいない。

 何よりも一番信用できないのも第七中隊の隊員だ。

 迂闊に何か命じれば親族や実家にすぐに漏らしてしまうだろう。その上少しでもトラブルが起こればそいつらの親族が騒ぎ出すのだ。


 その点、教導騎士団の団員なら命を懸けてでも団長であるリューク・モン・ドールの命令は守り抜く。

 己の不始末が家族や親族に責めとして降り懸かる事を思えば当然だろうし、使い潰したところで替えも効けばあとくされも無い。

 何より教皇猊下と聖教会の教義に殉ずることは名誉な事なのだ。


 近衛騎士団や王都騎士団にもそんな後腐れが無く使い潰しても問題の無いそんな者がいないのか。

 そもそも近衛騎士団や王都騎士団には創造神に殉ずると言うような崇高な使命感を持った者がいないのだ。

 神に認められた我ら高位貴族に殉ずるべき使命感を持ち合わせていないという事は嘆かわしい。

 清貧派に限らず昨今の教導派の信徒もだ。

 東部や北部でさえも平民や下級貴族は目先の利益に溺れて高位貴族への敬意も畏敬も持たない者が増えている。

 いや上級貴族の中でも高位貴族でさえも教義に反する者のが現れているのだ。


 ゴルゴンゾーラ公爵家だけではない、ハスラー聖公国のダンベール大公家でさえも教皇庁に歯向かおうとしている。

 本来農奴として人属に奉仕するべき立場の獣人属を王と仰ぐ国と国交を持とうと画策しているのだ。

 その行いを正すべくノース連合王国を正しい道に引き入れようとしたことも、マリエル王妃とハスラー聖公国に邪魔されて頓挫してしまった。


 ノース連合王国は教導派のギリア王国は潰え去り、清貧派と獣人属が支配する背徳の国となり果てた。

 ならばハウザー王国を正さねばならない。

 まだあの国は聖教会の聖教典を信奉する教義を持った国である。

 少なくとも福音派聖教会は正しき人属によって運営されている。そしてメリージャには獣人属によって辱められた元大公家の大司祭がいる。

 かの国を獣人属の頸木から解放すれば、ハウザー王国は農奴の国としてハッスル神聖国の、教皇庁の礎とする事が出来る。


 そうか、そうだ何も近衛騎士団員や王都騎士団員で無くても良いのだ。

 そこに潜り込んで情報を拾える立場なら、騎士で無くても良いのだ。

 さらにラスカル王国内で有力な後ろ盾も無く、切り捨ててもあとくされが無い者が良いな。

 何よりしくじってもこちらとの繋がりが辿れない者であればいう事は無い。


【2】

「ブル・ブラント殿、よくぞ参られた。慣れぬ近衛騎士団でのご苦労はお察し致す」

 ブル・ブラントン王国騎士は、事実近衛騎士団で苦労している。

 上級貴族の縁者だけで構成されている第七騎士団では常によそ者…いや蔑みの対象である。


 まあ当然仮想敵国の騎士であり、教義的に人属と獣人属は交じり合わない。

 自分でも人属を信用する事は出来ないし、上級貴族の王家騎士団員として人属を蔑んでいる。

 そもそも平民や下級貴族ばかりの第四中隊の隊員を蔑んで第七中隊に移ったのは自分なのだ。


 そもそもブラントン家は伯爵を名乗ってっているが当主は、ハウザー王国第一王子の母の実家であるブラッドヴァレー公爵家の三男である。

 その長男であるブルは、公爵家の継承順位でも六位に位置する。伯父二人が命を落とせば一気に継承順位は二位に跳ね上がるのだ。


 平民どもの団員や子爵に陞爵したばかりの中隊長と暢気に浮かれているどこかの辺境伯の長女とは違うのだ。

 そう言う気概で近衛騎士団に身を置いていると秋に入団してきたばかりのラスカル王国の第一王子殿下からお声をかけて頂いた。


 聞けばリチャード第一王子殿下は長子でありながら母が正妃で無い事を理由に継承順位が二位だと言う。

 長子相続が基本のハウザー王国の王法に照らせばどう考えても間違っている。その事を王子に話していたく気に入られた。


 今回のエヴァン王子たちの留学を推進したのが第一王子の派閥という事なのだが、現実はその派閥とエヴァン王子殿下たちとの接点が無いのだと言う。

 なんでも我がハウザー王国からの輸入品の中に絹と言うものがあって、それを敵対派閥の商会が独占しているので手に入る伝手や輸入元の詳細を求められたのだ。


 ハウザー王都の剣であり盾を自負するブラッドヴァレー公爵家は王都中央部のブラッドヴァレー州とジョージアムーン州を有する大領主である。

 本家への口利きと調査を快諾するといたく喜んでもらえて、第七中隊の寮への移動を勧められたのだ。

 上級貴族が集まる中隊の寮である。願っても無い事であった。


 同じ寮に居る第一王子殿下の小隊預かりと言う形で今は近衛騎士団で軍務に励んでいる。

 第一王子の口利きである事、武術や戦闘技量では同じ小隊の他の団員、いや第七中隊の団員よりかなり上である事が余計に嫉妬心を買っているのだろう。

 侮蔑と嫌がらせもあったが、そもそも彼の任務は母国の第一王子派閥に利する人脈を築き、エヴァン王子一派を蹴落とす事。


 そしてこの努力が実り、今ラスカル王国の重鎮であるモン・ドール侯爵家の次男で、第七中隊長の兄であるリューク・モン・ドール王国教導騎士団長より声がかかっているのだ。

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