閑話22 機密取り扱い
☆
「宜しいのですか? 退席しても」
ヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢が戸惑いがちに問い掛けてくる。
「兄上は如何考えます?」
「ああ、あまり気にする事でも無かろう。余が思うに特許をとったという事はそこ迄警戒するほどの機密では無いという事だ。本気で調べれば法務局で概要は閲覧できるという事だからな」
さすがは兄上だ。あの会話だけでそこまで判断できるとはやはり国王の器を持っている証だとエヴェレットは微笑む。
「ヴェロニクもこの事は忘れる事だ。其方が愚かな行動をとれば世話になっておるルカ中隊長に多大な迷惑をかける事になるのだからな。その様な事は其方も望まぬであろう」
「しかし兄上、たまたま知ってしまったとか気付いたしまったとか…」
「エヴェレット! 余達の目的はなんだ? 軍事機密を探る事では無かろう。諍いの火種を作る事ではあるまい。国家間の友好を深めて両国の平穏を実現する事ではないのか。余達の目的を履き違えるな」
「さすがはエヴァン王子殿下、靴だけに履き違えるなとは…これは一本取られましたなぁ。アハハハハ」
「いや…ヴェロニク、それは本意では無く…勘弁してくれ…。なんだか死にたくなってきたから」
その通りだった。
兄上の言う通り僕たちは平和のために、友好を深めるためにこの地に来たのだ。
僕たちが迂闊な事をすればこれまで仲良くしてくれた人たちに迷惑をかけるだけで無く、憎しみ合うような事がおこるのだ。
エポワス伯爵令嬢もカンボゾーラ子爵令嬢も、ヨアンナ殿もファナ殿もカロリーヌ殿も…。
「僕は何て愚かなんだろう。本当に兄上の言う通りだよ。この一年、出来た大切な友人を失いたくはないよ」
「ああ、余もそれは同じだ。余達を招いた国王陛下寄りの教導派貴族よりジョン王子殿下やイアン宰相閣下御子息たちの方がずっと好ましい友誼を育めた思う。何より騎士団寮のイヴァン達とは気のおけぬ友情を感じている」
エヴェレットは兄にそう言われてつくづく感じる。
ラスカル王国内の政争に少なからず巻き込まれている事は否めないが、それでもハウザー王宮でのピリピリした継承権争いやそれに伴う陰謀や暗殺の危険の中に晒されているよりはずっと居心地が良いのだ。
権威主義で尊大な教導派貴族も、母国の王宮の福音派貴族とあまり変わらない。
身分に差が無いなどと平等主義を謳ったところでハウザー王国の貴族もラスカル王国の教導派貴族と大差ない。
人属と獣人属の立場が変わっただけだ。
上級貴族寮の教導派令嬢たちの獣人属蔑視も、母国での人属貴族への蔑視と変わらない。
「この新しい乗馬靴やモカシン靴だけでもサンペドロ州の騎士団に取り入れれられれば満足です。幸いサンペドロ州は特許法が施行されて久しい。ルカ中隊長を通してストロガノフ近衛団長より商会に口を利いて貰って州の騎士団分だけを輸入するとしましょう。それなら機密に抵触する事も無くルカ殿の顔も立つと言うものだ」
さも名案のように言うヴェロニクの言葉を聞きながら、靴に関してはエポワス副団長かストロガノフ団長を通すのが正解だろうという事を肝に銘じた。
★
近衛騎士団での靴の購入契約を済ました後、闘技場の控室に近衛騎士団南大隊の大隊長であるエポワス伯爵と第八、第九中隊長が集まっていた。
「エヴェレット王女殿下は分を弁えておられる。ケダモノの王族にしては中々に機転が利いて空気も読めるようですな。エポワス副団長殿」
「曲がりなりにも王族相手に不敬な申し様だな。少なくとも近衛騎士団で王立学校卒業直後に忖度付きで小隊長になった団員よりは知恵も回れば人望もある様だが」
第八中隊の中隊長のの無礼な発言にエポワス副団長はピシャリと言い放った。
「副団長殿、それこそ不敬な申され様では…」
「事実だろう。もし逆の立場でリチャード殿下がご一緒されておれば貴様がその口で苦言を呈する立場になったのだぞ。あの王女殿下も王子殿下も我々の顔を潰す事無く陪臣を伴なって身を引いてくれたのだ。感謝しろ」
もしもリチャード殿下があの立場ならばこちらから退席を願う様な事になっただろうし、本人も機嫌を損ねて当て擦りや嫌味を吐き散らしただろう。その上に機密を探り出そうと見え透いた手立てで聞き耳を立てたり誰かを買収したり…。
顰蹙を買ってその尻拭いは南大隊の大隊長でもあるエポワス副団長に持ち込まれるのだ。
「しかしこの後あの者達が何か画策する様な事は起こらぬでしょうか? 機密と聞いて探りを入れてくるような」
「重ねてその物言いは不敬だぞ。それからあの三名に関して言えば問題なかろう。騎士団寮に居る従者の留学生二人についてもな。その辺りは弁えておる様だからな。それよりも、教導騎士団の紐付きの愚か者とその団員寮に気を付けるべきだろうな。貴様も教導騎士団に媚びを売ろうなどと考えると火の粉を被る事になるぞ」
「別に自分は媚びを売ろうなどとは…」
「まあ良い。貴様も足元の団員の中に愚か者に与するバカがおらんか気を付けてみておく事だ。それとな、王族と言えども近衛騎士団に所属する限りには一団員だ。この先立太子の候補になる者ならば憎まれても鍛えて育て上げる事も使命だと肝に銘じておれ!」
「しかしそれは第七中隊長にご命令を…」
「あのボンクラが役に立たんから言っておるのだ! 合同訓練でも設定して絞り上げてやれ。ボンクラ中隊長共々な。第九中隊も他人事とは思わん事だ!」
「自分は第七中隊長ごと見切られても良いかと思うのでありますが…。結局国王陛下のご希望はどうあれ継承順位的には教皇庁もジョン王子に異議を唱えられないのですから」
「それは考えておるが、そうなればあのストロガノフに膝を屈する事になる。それはそれで気に入らん」
「しかしこのままではあの暗愚な殿下が即位されても、我々の手で廃嫡する事になりかねないのではありませんか?」
「第九中隊長! それこそ不遜な…」
「ならば第八中隊はあの殿下が第七中隊の中隊長に収まる事をご支持されると? あの殿下の事ですから副団長から大隊長権限まで取り上げるかも知れませんぞ」
「…そうなれば南大隊は崩壊だ。しかしだからと言って国王陛下の覚えが悪くなることは避けなければ」
「国内が平穏ならばそれも必要であろうが、国内外の情勢がここ迄変動しておると国王陛下すら地位は危ういぞ。昨年の卒業式以降あの王子には見切りをつけておる。ロックフォール侯爵家は完全に見限っておるし、カブレラス公爵家もその令嬢もその気は無いようだ。ならばいっその事ハウザー王国との友好関係樹立の為エヴェレット王女殿下と縁を結ぶこともありかと思っておる」
エポワス伯爵は余程昨年の舞踏会の事を根に持っているのだろう。しかし彼ならばそれくらいの事をやりかねないと第八中隊長は思った。
それを手土産にジョン王子即位の後押しをして王権に食い込むくらい画策するだろう。
「ならば副団長閣下、オズマ・ランドッグとオーブラック商会を取り込んでは如何でしょう。南部のライトスミス商会やその庇護者のロックフォール候爵家とも伝手が有るようですし」
第八中隊長も事ここに至っては第七中隊長に関わるのは悪手だと腹を括った。
「それくらいとうに考えておるわ。元々モン・ドール侯爵家の御用商人だったのをあの一族が使い潰して切り捨てたのだ。ランドック家はモン・ドール侯爵家に恨みを持っておる。それを引き込むなら第七中隊は切らねばならんという事だ」
「なんと…愚かな事を」
「副団長閣下、決まりでしょう。南大隊の事務官たちも第九中隊も同じ意見ですぞ。あ奴は害はあっても大隊の利には成りません。幸い副団長閣下の御息女様とあのエマ・シュナイダーは親しいと聞いております。今回の機密、使いようであ奴らを切れるかもしれません」
第九中隊長は嫌味な笑いを浮かべてそう言った。
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