第121話 機密漏洩
【1】
書類は思ったよりも簡単に手に入った。
第九中隊長曰く
『第七中隊はそれぞれが専属の工房を持っておられるでしょうから特別にお渡しいたしましょう。くれぐれも写しなど取らぬように、発注した工房名はお知らせ願いたい。特許と機密の関係ですが、まあ信用置ける工房でしょうからそんな事は御座いませんでしょうが。念のためラスカル王国の騎士団内での機密ですからな』
その言葉をケルぺス・モン・ドール第七中隊長は好意的に受け止めて聞き流した。
ラスカル国内の騎士団なら機密の範囲内だと。
近衛騎士団と王都騎士団に各州都の騎士団と教導騎士団という事だろうと。
そう考えたケルペスは兄への報告に殊更苦労して極秘裏に手に入れた様に誇張して話した。
これで少しは昨年の失点を取り返せただろう。そう考えて意気揚々と近衛騎士団に引き上げて行った。
さすがのリューク・モン・ドール近衛騎士団長も弟が何もせずに第九中隊長から書類だけを貰ったとは思わなかった。
まああの弟の事だから南大隊の幹部連中に誰彼と無く聞いて回ったのだろう。
南大隊が東西大隊から蚊帳の外に置かれているのなら第八中隊も第九中隊も情報収集に動くだろうし、高位貴族が多数在籍する第七中隊に情報を流せば何かの時に後ろ楯に出来る程度の考えが働いてもおかしくはない。
温情で他の大隊から情報を貰ったのだろう。
まさか蚊帳の外に置かれていたのが第七中隊だけだという事に二人とも気付く事は無かったのだ。
【2】
貰った書類に目を通す限り作りは簡単なもののようだ。
しかし形がかなり変わっており、足先の親指が独立した形になっているモカシン靴なのだ。
当然靴底も左右の足型に合わせて作られており、意外にも旧来通りの一枚物の革底の張り合わせであった。
地面との密着度が増して足音がしにくく旧来の靴よりも格段に動きやすいと記されている。
教導騎士団で使わせるなら下等な豚革を使わせる訳には行かない。やはり柔らかい鹿革の張り合わせ底だろうか。
計画通りにハッスル神聖国に情報を送り向こうで作らせても構わない。
近衛騎士団で普及した頃合いを見て輸入すればよいのだ。近衛の靴を見てハッスル神聖国に発注したといえば、特許法のない教皇庁に文句もいえんだろう。
ブル・ブラントンに渡した後で教導騎士団に嫌疑がかからない様にする為なら国内に発注するよりも安全だろう。
ペスカトーレ枢機卿にでも託して、再来週に開かれる教皇庁協議会に持ち込んで貰っても良い。
今回の企みはペスカトーレ枢機卿や兄のモン・ドール侯爵も加えて方法を詰めた方が良いだろう。
【3】
モン・ドール教導騎士団長の持って来た案件は検討に値するものだと思った。
ブル・ブラントンか。ペスカトーレ枢機卿としても招聘した手前無下にも出来んが、かと言って王都の近衛騎士団内でウロウロされるのも目障りだった。
王妃殿下派のストロガノフ騎士団長が幅を利かしているからだろう。近衛騎士団はここ最近教導騎士団に対して敵対的な動きがある。
それに国王陛下派のエポワス副団長は去年の卒業舞踏会の一件でへそを曲げている様だ。リチャード王子殿下も少しは反省している様だが、エポワス副団長もストロガノフに膝を屈するよりはリチャード王子殿下の即位に力を貸す方を取るに違いない。
さすがにここまで東西大隊に虚仮にされればエポワスも黙っていないだろう。
「面白いな。ブル・ブラントンに委細を気付かれづに情報を託する事が出来るのか?」
「そこですな、問題は。我々が手ずから渡す訳には行かない。何よりそんな事をすれば変に勘繰られてしまう」
ペスカトーレ枢機卿の問いにモン・ドール騎士団長も考える。
「方法はない事も無いが…、その後はどうする」
モン・ドール侯爵が何か考えが有る様だ。
「手に入れたならその先は手立てはある。メリージャのダリア・バトリー大司祭の使者をうまく使えばいいのだ」
「しかしそれでは事態が発覚する事無く機密だけ持ち出されることになるまいか」
「ああ、出来るならブル・ブラントンも単独で出国しようとしたところを身柄を押さえたい」
「それならばメリージャの使者と接触させて、極秘の脱出ルートを提示させれば良い。原本を持ち出させて出国させ国境辺のこちらの息のかかった領内で教導騎士団に捕縛させよう。ペスカトーレ枢機卿様、そのメリージャとの使いにブル・ブラントンを接触させることは可能なのですか?」
「ああ以前使いで来ていた人属の司祭は出世した様でな。最近は頻繁に獣人属の聖導女や聖導師が使いに来ておる。こちらから仕掛けて接触させるのは良い手だな」
「後はブル・ブラントンに監視をつけて後を追わせる。原本はブル・ブラントンに持たせて捕縛させよう。メリージャへも後日に書状には偽の写しをつけて送れば良い。そうだ、左右の有る一枚革のモカシン靴の図面であってもあちらでは画期的な商品だ。いくら福音派でも軍事に直結する装備なら食いつくだろう。バトリー大司祭なら王家の失点になる事なら喜んで協力してくれよう」
「機密がハウザー王国に漏れたとあればエヴァン王子たちの立場は悪くなる、バトリー大司祭を踊らせれば、ハウザー王国内の政争に火を付けてくれるだろう。場合によってはエヴェン王子を押立て教導派騎士団が軍事介入する口実にもなる」
ペスカトーレ枢機卿も乗り気になった。
【4】
第七中隊の学生騎士のマルコ・モンドールが面倒くさそうに書類束を持って来た。
「メアリー・エポワスに頼まれた。あんたヴェロニク・サンペドロの同僚だろう。エヴェレット王女からその女騎士に渡してくれと頼まれたらしい」
「いったい何の書類だ?」
「知らん! 頼まれた物を覗く趣味は無い。それに俺は第四中隊の使い走りではない! 何やら大事な書類らしいからあんたに預けた。こんな物従卒に持たせれば良い物を」
エヴェレット王女とヴェロニク・サンペドロのやり取りになにか不穏な物を感じたブルは、その書類を開いてみた。
それは新型の斥候用のモカシン靴の注文書だった。そして細かい靴底の規格と詳細な革の条件や形状図も添えられている。
要するに新型斥候靴の設計図なのだ。そこに自分の足型の数字や革の仕様を書き込めば自分専用のモカシン斥候靴が出来る。
エヴェレット王女がヴェロニクに贈るつもりなのか? いや違うな。福音派の力の強いハウザー王都ではともかくサンペドロ州なら直ぐにでも採用される。
この機密を持ち出させてヴェロニクの手柄にしようと考えたのだろう。サンペドロ辺境伯はエヴァン王子の強力な後ろ盾なのだから。
ブル・ブラントンは数日前に声をかけられて知り合ったメリージャ大聖堂のバトリー女司祭の使いと言う聖導女にそれを持って面会を求めた。
聖職者という事で事の重要性は把握していないようだが、ブル・ブラントンの話とその真剣な様子に圧倒されたのだろう。
メリージャのバトリー女司祭と言えばハウザー王国南部の貴族に攻め滅ぼされた大公家所縁の者だ。第三王子派に良い感情を抱いていない。
そしてメリージャではサンペドロ辺境伯家と対立している。
彼女なら第一王子派に誘えば必ず乗って来るだろう。そこを力説して協力を取り付けた。
これから教導派聖教会の上層部に面会をする予定の聖導女は自分が同行出来ない事をすまながったが、伝手を使って中央街道からラスカル王国西部を抜けて南部国境を迂回してメリージャに抜けるルートの商隊を紹介してくれた。
明日には出発だと言うその商隊の馬車に書類と身一つで飛び乗りハウザー王国を目指した。
中央街道から西部の山岳地帯を抜けてハウザーに至る分岐を入ったところでその商隊は足止めを喰らった。
そしてそこにはの領軍の騎士団を引き連れたヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢が騎馬で立ちはだかっていた。
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