第122話 蠢動
【1】
「面白い話だね。いったい何を企んでいるんだろうね」
「さあ、わたしはあちらからのご指示に従っただけで御座いますので…」
「ペスカトーレ枢機卿の使いからそのブラントンとか言う騎士と接触して、依頼が有れば隊商を教えてやれと言われたのだよね。理由などは一切説明なしで」
「使いの司祭様はわたしども獣人属相手に口を利くのも嫌だと言うような方ですから。何なら封書を開いてご覧になりますか? 事情は私が説明いたしますから」
「いや、やめておこう。封書とその依頼が関係あるか無いか判らない。グレンフォードまでの間に何かあれば、封蝋が破られていては貴女の身が危ない」
「重ねてご配慮をありがとうございます」
「報告を有難う。こちらでも調べておくので委細が分かれば逐次あちらにも連絡を入れる事にしよう」
パーセル枢機卿はガブリエラ聖導女を送り出すと同席していた大司祭たちに向き直った。
「君たちはどう考える? 何か情報が有る者は教えてくれないか、何でも構わないからね」
腹心の三人の大司祭から次々と意見が発せられる。
メリージャのドミンゴ司祭は最近は仕事量が増えてペスカトーレ枢機卿とダリア・バトリー大司祭との書簡の使いをガブリエラ聖導女とトマス聖導師へ託している。
仕事というが本音はどうもこちらに来ればカンボゾーラ子爵領に寄りたいと言う未練が募るためのようだ。
そして今回使いに出たガブリエラ聖導女は、その帰路にクオーネのパーセル枢機卿に今回の依頼内容の一報を入れたのだ。
パルミジャーノ州に、というよりもクルクワ男爵家に近衛騎士団から依頼と言う名の命令が入ったと同時に、第九中隊の中隊長がエポワス伯爵家の騎士を引き連れて乗り込んできた事は即座に清貧派聖教会とライトスミス商会を通じてパーセル枢機卿の耳に入っていた。
さらに聖教会からその一団に獣人属のそれも女性の騎士が同行しており、それがメリージャの領主サンペドロ辺境伯家の嗣子であるヴェロニク・サンペドロらしいと言うのだ。
「繋がりが無い筈は御座いませんね。ヴェロニク様はブラントンを追っているのでしょうが、何故エポワス伯爵家の騎士団や第九中隊の中隊長と行動を共にしておるかが解りませぬ」
「何やら不測の事態で教導派の者たちに拘束されておるとか、脅迫を受けておるとか…」
「報告ではヴェロニク殿は自由に動き回っておられる様で意気軒高、不審な様子は無かったと。昨年エヴェレット王女殿下の留学の準備でお会い致しましたが、脅されたりすれば直ぐにでもご様子に出るお方とお見受け致しました。どちらかと言えば騙されている方が有り得るとは思いますが、豪放磊落なわりに頭は廻るお方でしたのでそれも考え難いかと」
「そのそのブラントンとか言う男も留学生に随行した者だろうね。招聘したのも教皇派の貴族、逃走経路を用意したのもそれを追うのもまた同じ教皇派の貴族。数日後にはその結果も見えてくるだろうからあちらの聖教会にはライトスミス商会と密に連携を取っておいて貰おう。それに留学生関係ならあの方にも連絡を入れて状況を探って貰う様にしようかね」
【2】
忌々しい限りだった。
二度と顔など見たくないと思っていた男がやって来たのだ、依頼書という名目の命令書を掲げて。
「あくまで依頼ですよ、依頼。まあ男爵殿も退役されたとはいえ軍属、その誼でご協力願いたいのです。近衛騎士団としてではなく軍務卿からのお願で御座いますから、どうか近衛騎士団の顔を立てると思ってお願い致します」
粘着質な笑いを浮かべて下げた頭から上目使いにこちらを見上げる痩躯の男を殴りつけたい衝動を抑えながらクルクワ男爵は口を開いた。
「軍務卿からの依頼では致し方ない。レッジャーノ伯爵家とリコッタ伯爵家にも協力を要請してやる。多分ロマーノ子爵領を抜ける街道筋から西へ抜けるであろうから州都のパルメザンを拠点に州兵を派遣する。そこで網を張れば良い。書状を書いてやったから用が終わればとっとと失せろ」
「連れないお言葉ですな。かつての誼では御座いませんか。クルクワ男爵領を拠点には…」
「黙れ! この領内には貴様らは一歩も留め置かん。貴様らの行った所業は忘れん。らしき者が通ればすぐに伝令を走らせる。やるなら州境の出口でやって貰おう」
第九中隊長はそれも分かっていたようで事務的な手続きを取ると直ぐにパルメザンへと去って行った。
【3】
今のパルメザンのセイラカフェは西部一帯を取り仕切る拠点になっている。
その統括メイド長を務める古参メイドのフィリピーナの店に良く見知った客が現れたのだ。
以前メリージャのセイラカフェを管理していた時の常連客であるヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢だ。
「ヴェロニク様お久しぶりで御座います。いったい何故こちらに?」
「ああ、フィリピーナ。お前、今パルメザンにいるのか。気心が知れているお前がいるとは有り難い。二~三日はこちらに世話になるからよろしく頼む。それからホットケーキを、今メリージャではこれを二枚重ねてカスタードクリームやフルーツを挟んで食べるのが流行っておるそうだぞ」
「ええ、それは存じておりますが…。何故こちらに?」
「不心得なハウザー王国騎士が居ってな。留学しておられる王子殿下の随員でありながら出奔したのだ。それを追いかけて…タップリと蜂蜜をかけて上に生クリームが有れば盛り付けてくれ」
どうも逃亡騎士を追いかけて来たようだ。
それにしては危機感も無く悠長に構えているように見受けられる。
「大丈夫なのですか? 指揮を執られる必要は? 私どもの方から領主の子爵様にご助力頂けるようお願い致しても構いませんが」
「フィリピーナは優しいな。ある方の情報で、隊商もやって来るルートも判っているのだ。後は待つだけだ」
「隊商で御座いますか」
「ああ、ある隊商に紛れ込んでおる。こちらは先回りして網を張って捕縛するだけだ。州軍への要請も街道筋の領主殿にも協力は依頼済みだ。明日には応援の兵もやって来る。おおクリームの上にフルーツを乗せても良いな」
フィリピーナは州内の聖教会教室に伝手の有るメイド達を一斉に使いを出し情報の収集に当たらせることにした。
セイラカフェは少々人手が足りなくなるが二~三日の間である。
出来る手立ては打っておこう。
【4】
メアリー・エポワス伯爵令嬢は先行してパルメザンに向かったヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢を追って騎馬隊を率いてクルクワ男爵領に入った。
たかが男爵領と思っていたが道路が整備され州内のどこの領地にも、更には隣接する各州にも即座に移動できる。
ただ領主館を通過する際はまるで木で鼻を括ったような対応には鼻白んでしまったが文句を言いたいのを堪えてパルメザンに入った。
先行したヴェロニクの居所はすぐに知れた。
というか、思っていた場所に居たのだ。セイラ・カンボゾーラからもエヴェレット王女殿下からも、暇が有ればセイラカフェかサロン・ド・ヨアンナに居ると聞いていたのだ。
そして翌日の昼前にはセイラカフェメイドから件の隊商らしき一団が州内に入ったとの一報が、州兵より早くに届けられた。
州内で宿泊しないのならば午後の二の鐘の頃には州境を抜けるだろう。
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