第123話 捕縛
【1】
隊商は人属ばかりの十人足らずの小さなものだった。馬車三台にそれぞれ御者が二人づつが交互で乗り他は騎馬である。
積み荷も大半がライ麦や大麦で僅かばかり小麦粉と綿布が有る程度の貧乏な隊商である。
その中で牛獣人で大柄なブル・ブラントンは非常に目立つ存在であった。
ただそれだけならば獣人属の荷物運びででも通るだろうが、仕立ての良い旅装に高価な革靴。
おまけに剣帯に剣まで吊るしている。
騎士の誇りだと剣を離さないブル・ブラントンに辟易した隊商はフード付きのマントを羽織らせて馬車の奥に押し込んだまま旅を始めた。
ブル・ブラントは酷暑の中旅の状況も判らずに汗だくになりながらもそれを耐え続けていた。
西部諸州を抜けて国境まであと二日余りの距離に近づいた頃であろうか。
周辺の状況が慌ただしくなってきた。
その内に隊商の馬車が行く手を阻まれ停められた。外から声が響く。
「違うだろう! 早すぎる!」
「待って! 俺たちは頼まれただけで…」
不穏な気配を察し抜刀していつでも荷物を抱えて飛び出せる体制を整えていたブル・ブラントの乗る馬車の幌が開け放たれた。
「見つけたぞ! ブル・ブラント王国騎士団員。いや、窃盗犯のハウザー王国に不利をもたらす国賊め!」
勝ち誇った顔のヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢が大剣を構えて仁王立ちになっていた。
両手剣を頭上高々と振り上げて馬車の幌の天井ごと切り裂き振り下ろして来るブル・ブラントンの大刀を、揺るぐ事無くその大剣で受けたヴェロニクはそのままブル・ブラントンごと弾き飛ばした。
それに合わせる様に周りから一斉に抜刀した領兵が剣を向ける。その後ろには矢をつがえた短弓を構えた兵士が周りを取り囲んでいる。
ブル・ブラントンは地面にどっかりと座り込むと、手に持った大刀を力一杯地面に叩きつけた。
「こんな事になって残念だよ。ヴェロニク騎士殿の一報が無ければ大変な事になっていたからね」
そう言いながらニタニタと笑う第九中隊長の顔を見上げブル・ブラントンは歯噛みする。
「オホホホホ、ヴェロニク殿は忠義な騎士の鑑だと言うのにあなたは王女殿下に忠誠心すらないのかしら。もう少しでお二人の王位継承者のお顔に泥を塗るところだったのよ」
ブル・ブラントンは頭の上に響くエポワス伯爵令嬢の甲高い笑い声に自分が嵌められた事を悟るのだった。
【2】
事件はあっという間に終息した。
モン・ドール教導騎士団長の一隊は地元の教導騎士を率いて西部山岳部にある、教導派伯爵家が収める国境の領地に居た。
協力を申し出た伯爵に断りを入れて、王都大聖堂の教導騎士団と領内の教導騎士団のみで国境周辺を固めていた。
できるなら領内の教導騎士団に捕縛させたい。
たまたまを装って伯爵家と領の教導騎士団に花を持たせて、王都大聖堂教導騎士団は表に出ないほう良いのだ。
そう考えて隊商の到着を待っていると西部中央街道のカレー州の聖教会から緊急の伝令が来た。
中央街道を南西に抜ける分岐の街道でパルミジャーノ州都軍にハウザー王国の牛獣人の男が同じハウザー王国の騎士によって拘束されたのだ。
どう考えてもブル・ブラントン以外に考えられない。
モン・ドール教導騎士団長は国境辺の警備を州教導騎士団に任せて、わずかな手勢を纏めるとカレー州に向かった。
パルミジャーノ州は清貧派が牛耳っており、教導派には詳細な情報が入らないのだ。
カレー州に入ると州都の大聖堂に向かうが聖教会関係の事案でも無い上、他州での事件でもありもどかしい程に動きが遅く情報が入ってこない。
西部諸州は元々北西部や南部の影響の強い州も多く、教導派聖教会に批判的な領も多い。
マリナーラ枢機卿が失脚してから教導派聖教会を纏める者も無く更にその傾向が強くなっている。
今回動いたパルミジャーノ州は古くから清貧派が多く、あの聖女が幼少期を過ごした州でもある。
かつて聖女の誘拐を企んで教導騎士団が襲撃を試みた事も有り、教導派への心証はすこぶる悪いのだ。
それでもわずかに入ってきた情報でも概要は知れた。
近衛騎士団の意を受けたハウザー王国の騎士が近衛騎士団の将官と、北部の貴族の領軍を借り受けてパルミジャーノ州の州都騎士団に協力を求めたと言う。
領軍の騎士を率いていた貴族令嬢とハウザー王国の騎士と近衛騎士団の将官に率いられた騎士たちはパルミジャーノ州からハウザー王国方面に抜ける隊商に対して検問を行い一団の不審な隊商を捕縛したと言うのだ。
何の為の検問かは軍機に関わると明かされていないが、騎士団絡みの軍機漏洩だと告げている様なものだ。
ハウザー王国に向かう隊商に紛れ込んでいた牛獣人の大男がその場で拘束され連行されて行った。
当然その隊商も拘束されパルミジャーノ州の州都パルメザンに留め置かれている。
そこからの今のところ情報は入って来ていないが、拘束したと言うハウザー王国の騎士はヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢だろう。
どうせ近衛騎士団の第四中隊長のルカ・カマンベールが同行し、北部貴族の令嬢と言うからにはセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢が領軍を率いて参加したのだろう。
詳細は解らずともその情景は目に見えているように鮮明に想像できる。
思った以上に動きが早かった。
奴らもどうにか己らの手で尻拭いは出来たと安堵しているだろうが、引き起こした事件の事実は変わらない。
少なくとも第四中隊の責任は追及し中隊長の首だけでも挿げ替えてやる。
【3】
リューク・モン・ドール教導騎士団長が事態の詳細を知り嵌められた事に気付いたのは王都に帰還してからだった。
捕まったブル・ブラントンは書類の入手先としてヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢やエポワス伯爵令嬢、そしてモン・ドール侯爵令息の名を出して陰謀だと喚いたそうだがすべて無視された。
捕縛を指揮した関係者が何のためにブル・ブラントンに書類を渡す必要があると言うのか。
そして機密書類の出どころはすぐに判明した。
当然のように発注書は極秘書類である事から連番が打たれていたのだ。
そしてその連番の発注書の所持者は…。
ケルペス・モン・ドール第七中隊長は査問あった時、その書類を提示する事が出来なかった。
その上複製が禁止されている筈の注文書が束で確認された。
さすがに教導騎士団に書類を流した事は口を割らなかったが、司法省はかなり疑っている様だ。
軍務卿は不遜にも教導騎士団も聖堂騎士団も聖教会の私兵であって、正規騎士団ではない事を当てこすってきている。
近衛騎士団内では南大隊長でもあるエポワス副団長が激怒しており、第七中隊は幹部将官を大幅に入れ替える事になった。
特に斥候用軍靴はエポワス副団長肝入りの極秘案件であった事からケルペス・モン・ドール第七中隊長は降格処分にさせらるだろう。
ブル・ブラントンを客員として迎えていたリチャード王子殿下も対象から外される事は無かった。
小隊長のままではあるが、第七中隊から第九中隊の軽装歩兵小隊に編入させられることになった。
リチャード王子殿下だけではない。
忖度付きで小隊長になった第七中隊の騎士の大半が第九中隊と挿げ替えられる事になったのである。
全てはモン・ドール侯爵家を蹴落とすためのエポワス伯爵家の策謀であったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます