閑話23 教皇庁協議会(1)

 教皇庁の教皇協議会が招集されていた。

 教皇庁の最奥にあるカッシーニ礼拝堂に神聖国内の枢機卿が集まり国政についての話し合いがなされている。


 聖教会の大司祭以上でなければ入る事の出来ない礼拝堂は最大収容人員が百名。

 しかしこの礼拝堂に入るのはここ三百年近くの間、北方三国とギリア王国の枢機卿以外は入った事が無い。

 そして枢機卿の数はラスカル王国とハスラー聖公国そしてハッスル神聖国がそれぞれ五人、ギリア王国が一人、今その部屋に集って会議しているのは教皇を加えても十二人だけだ。


 ハスラー聖公国も南部一帯を管轄する聖大公に近いポモドーロ枢機卿が昨年夏以降連絡を寄越して来ない。

 そしてラスカル王国ではボードレール枢機卿とパーセル枢機卿、それに加えてポワトー枢機卿も出席していない。

 ハッスル神聖国の五人は当然であるが、ギリア王国の枢機卿は今回の紛争の影響で失脚した。


 そのギリア王国の枢機卿の処遇について罪の擦り合いが続いている。

「不甲斐ない! ダプラと言えばケダモノのそれも異教徒の国だぞ。それが艦隊が全滅だと」

「それよりもボルボサ公爵家の愚か者の処置が問題では無いか? ボルボサ枢機卿殿、この結果に弁明の言葉は無いのかね」

「何の事でしょうかな? たかだかギリア王国所属の海賊船がダプラのケダモノ漁民に捕まって処刑されただけの事であろう。我が国に何の関係がある」


「それで済ますおつもりか? 呆れてものも言えんわ。どこのどなたであったかな? 勇んで乗組員を集めておったのは」

「さあな? あったか無かったかも定かで無い事を蒸し返してどうする。海賊は全て処刑されてそれで終わりだ」


「そうじゃな。無かった事は何とも申し様がないであろうな」

「教皇猊下のもうされる通りですな」

「…そうで御座ろうか? 全員が処刑されても書類が漏れている事は…」

「ダプラのケダモノ相手ですぞ。誰が文字を読めると申すのだ。ダプラからもガレからも何の発表も無い。これでこの話は終わりじゃ」


「そうだ。ギリア王国の件が教皇庁に飛び火せぬ様にする事こそ肝要。我ら教皇庁はギリア王の所業など一切知らずただ要請に従った被害者である」

「そうだのう。ギリア王と共謀して教皇庁での権力迄狙ったギリア枢機卿が諸悪の根源という事じゃ」


「しかしこれでハッスル神聖国の北方航路での取引が激減する。それにギリア王国からの喜捨も見込めなくなるのだぞ」

「そもそも農奴が足りぬ。今回の戦でダプラから農奴を確保する予定であったのにこれでは収穫にも支障をきたしそうじゃ」


「それなのですが、ハスラー聖大公が領内で面白い事を始めたのです。聖大公直轄の領民をハウザー王国に遣わせてラミー苧麻と呼ばれる麻の栽培を学ばせて昨年から栽培を始めたと」

 ハスラー聖公国のカルボナーラ枢機卿が口を挟んだ。


「なんと! 獣の国に教えを乞いに行かせるなど、人属としての矜持が無いのか」

「まあお待ちくだされ。それならば二年前にハッスル神聖国でも種を入手して栽培を始めておる。たしかハウザー王国の南でヘンプと申す麻であったと聞いておる。年に何度も植えられて肥料もいらず病虫害や少なくなる。ただ価格は安いがな。まあ手間いらずで麦よりも金になるので我が領地では植え替えを奨励しておる」


「それはどういう事でしょう、アメリケーヌ枢機卿殿? 農奴不足に対応できておるという事なのですか? 初耳で御座いますぞ」

「麻を売ってその金で麦を買っておったのだ。農奴も減って食わせる麦の量も減る。これまではギリア王国を通じて商っておったので燕麦やライ麦と物々交換であったが、農奴に食わせるのならばそででも十分だったのでな」


「しかし今後は北海での貿易が見込めないのだろう」

「ならば国内で布にしてラスカル王国で修道士服の生地として売ればよい。それならばライ麦や燕麦だけでなく小麦も交易できる」


「おお、それは良いぞ。我がラスカル王国で騎士団での皮革製品の需要が増えておる。靴をな、全ての騎士団で新しくする動きがある。牛革の需要が増えておるのだ。鹿革が手に入らぬなら牛革を得る為にも牛を増やせば良い。ライ麦や燕麦はエサになる。牛ならさらに人手も少なく収益も上がる」

 ヘンプの話を聞いたアラビアータ枢機卿が勢い込んで提案を始める。


「収穫後の小麦畑をヘンプに変えれば麻の収穫量が増えて農奴を追い払っても、今の農民だけで管理が出来る。収穫後は家畜の餌にもできる」


「そうじゃな。ハスラー聖公国にもそのような動きがあるなら先手を打つ必要がある。ハスラー聖公国の聖教会も昨年秋の綿花市の閉鎖で困窮するものが増えたと聞く。それでリネン亜麻栽培を始めて収穫量が下がっているそうでは無いか。ハスラー聖公国の聖教会貴族の直轄領では放牧を奨励すれば余計な農民を使わなくても良いであろう」

「おお、それは名案ですな。ラスカル国王に申して牛革の加工輸入はハッスル神聖国の祝福が有る物をと申し入れよ」


 ハッスル神聖国内では農業生産をヘンプ大麻の栽培と牛の放牧に大きく舵を取る事になった。


★★

 教皇庁の教皇協議会が終わり宿舎に帰って来たラスカル王国の二人の枢機卿は、ハッスル神聖国から同行した大司祭たちと協議会の内容の検討をしていた。


「どう思うアラビアータ枢機卿?」

「我らの領地でも取り入れるべきであろうかな。南部や北西部の綿生地に対抗できるのではないか?」

「我らの領地で紡織工房が少なすぎる。それにアメリケーヌ枢機卿の話しを考えるに、ハッスル神聖国産の麻を引き受けるのは我等になるぞ。まあライ麦や燕麦との交換で賄えればよいが、そう上手く行くとも思えんのだ」

「お父上が進めておられる事業であろう。ならばなぜ教皇猊下の前で仰らなかった」


「ハッスル神聖国はあの方針でも回るであろう。そのシワ寄せを南部や北西部に押し付けるなら、せめて王妃殿下派閥に押し付けられればと思ったのだ」

 ペスカトーレ枢機卿の言葉に弟の大司祭が応える。

「今の相場が判らぬが綿相場より安くできればどうにかなるのではないか? リネンからの転作が進んでいる西部諸州なら、紡織工房に空きもあるだろう」


「それならば西部の諸州に声をかけて工房を手配せねばな。綿市場の独占が出来なくなった東部諸州から紡織機を買い上げる事も考えても良いかもしれん」

 ジェノベーゼ大司祭も乗り気になって話しだす。


「ハッスル神聖国は…教皇庁はいったいいくらでヘンプを売るのでしょうな? まさか収穫後すぐとは言わぬが、乾燥させたヘンプを送りつけて来られても後の処理が大変だ。せめて破砕して繊維にしてもらわねばな。それでも水洗いや色々と工程が有るが、その手間の費用を上乗せで請求されればそれはそれで困る」

 シェブリ大司祭の苦言にジェノベーゼ大司祭も眉を曇らせる。


「言われてみればその通りだ。…ペスカトーレ枢機卿様、教皇庁には紡績、或いは紡織迄はラスカル国内で行い教皇庁に買い戻して頂けないかと打診して貰えないかな。縫製や刺繍を教皇庁にお任せして箔をつけて頂きたいと」

「まあそうですな。さすれば我ら教皇派貴族領も利益が上がり、教皇庁は王家や末端の聖教会に修道士服を与えて喜捨を得られる。提題致してみましょう」

 ペスカトーレ枢機卿の発言にシェブリ大司祭の目が怪しく光った。

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