第124話 舞踏の準備(1)

【1】

「ジャンヌ、気を落とす事は無いですよ。それもこれも全てセイラ・カンボゾーラのせいなのだから」

「そうですよ。自分の仕事をジャンヌに押し付けてシャピの雑事やオズマの支援まで手伝わせたセイラ・カンボゾーラ悪いのです」

「ああ、俺ももう少し目を光らせておればセイラ・カンボゾーラの悪行を止める事が出来たし、遅れた科目を助ける事も出来たのに。すまぬ、俺の不徳の致すところだ」

 ふざけんな! あんたらの母親や父親にムチャ振りされてこき使われている私の身にもなれよ!


「いえ、その様な事は。セイラさんも海事審問や王妃殿下の御用で忙しくされていたのに結果を出していらっしゃるのですから」

「そんな事は無い! あ奴は母上に取り入って俺にまで雑事を押し付けて来たのだからな」

 雑事ってなんだ! あんたがやるべき事を必死で後押ししてやってるんだから少しは感謝しろよ。


 いつもの様に例の三バカ高位貴族プラスワン(本当のバカのイヴァン)に取り囲まれてジャンヌは私を見ながらすまなそうに小さくなっている。

 今年の二年の特待生が発表されたのだ。

 昨年通りトップは盤石のエド・シュナイダーだった。


 そして今年の二位はなんとジョン王子殿下だったのだ。

 この一年私もジャンヌも忙しすぎた。

 特に私はシャピでの外交案件に振り回されて学内に居られない期間がかなりあった上、その間の雑事をジャンヌやレーネ・サレール子爵令嬢がかなりカバーしてくれていた。

 特にジャンヌはエマ姉に振り回されるオズマを助けて防波堤になってくれていた様だ。


 そのせいで成績を落としたジャンヌは特待生を逃し、グリンダやアンやエミリーメイド長やアドルフィーネに薫陶という名のシゴキを受けた私が宮廷作法の成績を盛り返し辛うじて特待枠に滑り込んだのだ。


 その結果ジャンヌを慰め私を罵る三バカ野郎どもが教室で騒いでいるのだ。

 本当にふざけるなと言いたい。

 そもそもの原因は王妃殿下と宰相閣下のムチャ振りが原因じゃあないか。本来王妃殿下のムチャ振りに対処するのは息子のジョン殿下の仕事だろうが!

 それを雑事を押し付けたってなんだよ!


「殿下! 雑事とは何かしら! 私こそ王妃殿下の要請で殿下のお仕事の手伝い迄させられているのかしら!」

「ああ、分かった分かった。其の方も大儀であった。これで良いのだろう。本当に母上といい其の方といい、こまごまと口煩い事だ」

「必要な事だから申しているのかしら!」

「ああ、そもそもやろうと思った時にそう言うからやる気が失せるのであろうが」

「何を子供みたいな事を言っているのかしら。あなたは自分の立場にもう少し自覚を持つべきかしら」


 最近よく思うのだがヨアンナとジョン王子の辛辣な罵り合いも気安さの裏返しのように思えてきた。

 この二人は周りが思っているほど仲が悪いわけでも無いようだ。利害が絡む王族との政略結婚だ。

 恋愛感情では無くお互いに役割を弁えて王家という大企業を運営するビジネスパートナー同士という視点なら良好な関係なのだろう。

 好悪の感情以前に経営権を握るために協力している王妃殿下とジョン王子とヨアンナの関係は今の現状で最良の選択だ。


「ジャンヌさん、卒業式は私とエドと三人で特待表彰を受けましょう。平民の男女と下級貴族の女子の特待表彰は去年以上の快挙ですもの」

 今年の特待表彰は上級貴族の三人の男子が受賞した。

 昨年、一昨年とトップをとっていたアントワネット・シェブリ伯爵令嬢は、今年はわざと幾つか成績を落として枢機卿家の伯爵令息に席を譲ったそうだ。

 上級貴族寮ではまるで美談の様に取りざたされているが、当然忖度しない私への当てつけである。


「セイラさんは宮廷作法以外はエドさんと遜色無い点数を取っていますものね。ジョン王子殿下とも切磋琢磨できて私は恵まれた環境で勉学が出来る事が嬉しいです」

「その通りだジャンヌ。誰かを蹴落とす事しか考えていないどこかの子爵令嬢とは大違いだ。俺もジャンヌだけではない、アイザックやゴッドフリートたちとも切磋琢磨しあえるこの環境は得難いと思う。つまらぬ気遣いなど無く数学理論を戦わせられるこのクラスには感謝している。品性に欠ける子爵令嬢もそこに加えてやろう」


 本当にこの男は一言余計な言葉が多い。少し見直しかけたがヤメだ!


【2】

 そんな私たちとは別に教室の反対側ではジョバンニ・ペスカトーレを中心に教皇派閥の生徒が集まっていた。

 向こうの話題は夕刻から行われる舞踏会の事である。

 彼らの一番の関心事は舞踏会のエスコート役と着て行く衣装の話しだ。

 集まっているのはジョバンニ・ペスカトーレとユリシア・マンスール伯爵令嬢とクラウディア・ショーム伯爵令嬢、それにマルコ・モン・ドール侯爵家令息と他のクラスから取り巻きの貴族令嬢や騎士団員が集まっている。


 本来あそこに居るべきメアリー・エポワス伯爵令嬢は当然ながら、エヴェレット王女殿下と一緒に、エヴァン王子殿下や他の留学生と話をしている。

 今回はそこにカロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテスとファナ・ロックフォール侯爵令嬢の二人も一緒だ。

 特待生の事やこの後の舞踏会の事を色々と話している。

「やはりジョン王子殿下は優秀なのだな。余などまだまだ知識不足だ。更に精進しなければなるまい」


「殿下、こう申しては何ですがやはり我が国は学問の分野でも大きく後れを取っておりますぞ。福音派の弊害でしょう、学問でもこうして後れを取っている事実。なにより最新の数学理論はサンペドロ州で生まれたと聞き悔しい思いを致しました」

「自分も聞きました。今はヴェロニク・サンペドロ様の庇護でどうにか廻っているが、それまでは領地の清貧派司祭が一人で守って来たと伺いました」

「ああ、それは余も聞いた事がある。どうしても守り切れず司祭様が布教を名目にヨアンナ殿に頼んでクオーネに逃したと」

「それがクオーネで認められて今ではカンボゾーラ子爵領で筆頭司祭となっておられると聞いております」


「そうなのですか? カンボゾーラ子爵令嬢殿」

「ええ、ニワンゴ司祭様は我がカンボゾーラ子爵領の筆頭司祭様で高等学問所学長も兼任されております。数学のニワンゴ学派の指導者ですから」

 ヴェロニクやヨアンナについては何か誤解がある様だけれどもニワンゴ師の事に関してはほぼ間違いない。

「いまや平民の研究者や若手の数学者の指導的役割を担っておられます」


「俺も旧弊な教導派神学者系の数学と比べて目を開かれる思いだった。セイラ・カンボゾーラが俺よりも数学の成績が良いのはニワンゴの指導を長く受けてきただけの事だぞ。俺はこれから一年さらに学ぶ、この先数学においても其の方に後れを取るつもりはない」

 数学の話題になるとこの殿下は必ず首を突っ込んでくる上、最後に私を扱き下ろす事を生業にしている様だ。


「しかし男女が学問の場でこうして競い合える事は羨ましい限りだよ。ハウザー王国ではこと学問の場に至っては男女差別が厳然としている。神学校も男女別々だ。上級神学校に至っては女子の入学は認めていない。だから僕は初級の女子神学校を避けて士官予科訓練所に行ったんだ」

「私はそれも羨ましいですわ。ラスカル王国は女子の騎士を認めておりませんもの。エポワス伯爵家は代々近衛騎士の家柄。一人娘の私が騎士として後を継げないのはもどかしい限りですわ」

 ほう、あのメアリー・エポワスもそういう悩みを持ち合わせていたんだ。


「メアリー殿は男であれば良かったと…」

「いいえ、エヴェレット王女殿下のように女騎士になりたいのですわ。オシャレも出来ず暑苦しいだけの騎士団寮の男子など願い下げです。凛とした騎士としてのその立ち姿も騎士服をアレンジしたドレスを着こなされるお姿も美しいエヴェレット王女こそ私の憧れですもの」

 結局自分がオシャレしたいと言う欲望が一番に来るんじゃないか。

 でもまあ、むさ苦しいイヴァン達よりはエヴェレット王女の方がいいと言うのは大賛成だけれど。

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