第125話 舞踏の準備(2)

【3】

「それで今夜その舞踏会がもようされるのですか? 皆さんは御出席なされるのでしょう。エヴェレット、其方は今宵だけはヴェロニクの所にでも行ってベッドを借りてはどうだ?」

 急にエヴァン殿下がそう言い始めた。


「一体何を? 兄上、それは舞踏会には出るなという事でしょうか」

「うむ、此度の余らは卒業生ではないので主賓ではない。北海諸国での世情不安もある中波風を立てる様な行動は控えるべきでは無いだろうか」

 今回はアントワネットが卒業する為シェブリ伯爵家もその婚約者であるペスカトーレ侯爵家もやってくる。

 更にもう一人の教導派のアラビアータ枢機卿家の次男も今回卒業である。


 教導派枢機卿たちは南部国境での紛争抑止の為福音派と交換留学という人質交換を行って紛争の抑止を図り、北部で多神教のダプラ王国を手中にするつもりだったのが裏目に出ているのだ。

 宗教が違ってもハウザー王国もダプラ王国も獣人属の多い国である。ハッスル神聖国の行為を四人の留学生が快く思っていないのは明らかだ。


 エヴァン王子殿下は起こりうる不愉快な状況による軋轢を嫌ったのであろうが、私的には少々消極的な対応が過ぎるのではないかと思う。

 それでもエヴェレット王女殿下もお付きの従者たちも納得しかけている。


「それはなりませんわ王女殿下! お二人は国王陛下と教導派聖教会の枢機卿たちが招聘された留学生。主賓で無いはずが御座いませんもの」

 エヴァン王子の言葉にメアリー・エポワスが勢い込んで食いついた。

「そもそも国王陛下やモン・ドール侯爵家そして北部の枢機卿家が中心になって行った事。ならば胸を張って主賓として参加されるべきですわ。特にエヴェレット王女殿下のお部屋は上級貴族寮の高位貴族階。卒業生のカブレラス公爵令嬢様の次に舞踏会室にお入りになれる権利が御座います。それこそアントワネット・シェブリ伯爵令嬢にお譲りになる必要は御座いませんわ。私もエヴェレット王女殿下にエスコートしていただければ幸いでございますもの」


 本音はそこだろう。男装の王女殿下にエスコートして貰って自分が一番目立ちたいのだろう。

 高位貴族でも二年生は忖度して三年の伯爵令嬢にそこは譲るのが慣例じゃないか。それを伯爵令嬢が自分の私利私欲で何を波風を起こそうとしている。


「私もジョン王子殿下が大きな顔をされて参加していらっしゃるんだから、当然エヴァン殿下たちが参加されるべきだと思うけれど、カロリーヌ様やヨアンナ様とご一緒で宜しいんじゃないですか」


「おい、敬語を使っているが俺に対する敬意は微塵も感じられんのだが…。まあセイラ・カンボゾーラの言う通りで、エヴェレット王女は二年の女子の筆頭で入場すべきだろう。もしエヴァン王子達が辞退するなら俺も参加は見送る」

「そうですよ。ジョン王子殿下も分を弁えた発言をなさっておられるのだから、エヴァン王子殿下やエヴェレット王女殿下が気を使う事は無いのですよ」

「いい加減にしろよ、セイラ・カンボゾーラ。まあエヴァン王子は俺達と妹君のエスコートに…メアリー・エポワス、なにを睨んでいる」


「ロックフォール侯爵家としても率先してお二人をお迎えしたのだから是非ご一緒していただきたいのだわ。お迎えした王族を蔑ろにしていると思われると心外なのだわ」

「そういう事なのかしら。女子貴族寮での身分はエヴェレット王女殿下が一番上では無いかしら。その方が見えられないなら私たちも出席する事が出来ないかしら」

「しかし実際の身分は僕よりもポワトー女伯爵カウンテス様が…」

「それこそ不遜で御座います。形式上はともかく王位継承者と伯爵では世間的にはどう考えても王女殿下が勝っておられます」


「そうだぞ。賓客として迎えた以上俺よりもエヴァン王子殿下の方が上だと心得て頂きたい。無用な気遣いは不要として頂きたい」

 ジョン王子のその言葉にエヴァン王子は微笑み頷く。これで今夜の問題は解決したようだ。


【4】

「フン、少し弁えたケダモノの王族かと思ったが取り巻きどもが弁えておらんようだな。ユリシア、そもそもメアリー・エポワスはこちら側の派閥では無いか。お前たちがしっかりしていないからあんな事になっているのだろう」

 ジョバンニ・ペスカトーレ苛立たしそうに小声でユリシア・マンスール伯爵令嬢とクラウディア・ショーム伯爵令嬢に愚痴をこぼす。


「すみません、ジョバンニ様。まさか乗馬好きで騎士家の娘だとは知っておりましたがあそこ迄傾倒するとは予測も出来ず…」

「ジョバンニ様、それでもマリエッタ・モン・ドール寵妃殿下の御衣裳の絹生地入荷の情報や、この度の卒業舞踏会での絹生地の落札にもメアリー・エポワス様の情報が役立っております。ここは我慢して情報役としてご利用されるべきかと」

「わかった。そこはユリシアとクラウディアに任せよう」


「マルコもだ。あの女は馬場にも顔を出していたのだろう。それにあの父親はお前の大隊の大隊長でもあろうが」

「ええ、どうも叔父上が愚かにもエポワス副団長を怒らせたようで…」

 そう言うと少し離れた部屋の隅で一人座って錬金術書を読んでいるアレックス・ライオルにチラリと目を向けた。


「一昨年は廃嫡され事件を起こした愚か者な近衛騎士団員が以前第七中隊に所属しておりまして、それに昨年はエマ・シュナイダーと揉めてエポワス副団長に迷惑をかけた様なのです」

「モン・ドール教導騎士団長を介して取りなしを頼む必要が有るか。場合によっては寵妃殿下や国王陛下にお声掛けを願えないのか」

「色々と寵妃殿下には役立つ情報も戴いているのでよもやという事は無いと思いますが」


「それに越した事は無いのだが、マルケル・マリナーラ伯爵令息の件もある。カロリーヌ・ポワトーに至っては論外であったしな。これ以上派閥の勢力を削がれるのは拙いのだ」

「卑劣な方法で次々と自分の手駒にしてゆくあ奴らは苛立たしい限りです。オズマ・ランドックもそもそも我がモン・ドール侯爵家の御用商人であったのに」

「金と謀略と暴力で…。どこまで汚いのでしょうかセイラ・カンボゾーラ」


『何を偉そうに。下級貴族や力の無いものを使い潰してぼろ雑巾の様に捨ててきた奴らがそれを言うのか?』

 アレックス・ライオル素知らぬ顔で錬金術書を読むふりをしながら聞き耳を立てていた。

『そもそもライオル伯爵家を道具代わりに使って使い潰いしたのはジョバンニ・ペスカトーレ、お前の婚約者のシェブリ伯爵家だろう。それも自分が枢機卿の地位を得る為の駒代わりに…。まあ今思えば自分もその一員だったのだがな』


 まわりが傅くのが当然と思っている奴らはいつまでたっても気付かないのだろう。下の者の痛みが。

『オズマ・ランドックが身分を隠し続けていたのもそれが嫌だったからじゃないのか? マルケル・マリナーラは落ちて初めてその事に気付いてハウザー王国への留学生の護衛と言う可能性に縋ったのだろう』

 ある意味マルケルは自分とよく似ている。教導騎士の身分で福音派の神学校に行って今頃ハウザー王国で何をしているのだろうか。

 奴らは駒が無くなった事は気にしても今どうしているかなど歯牙にもかけない。


『さあ今聞いた情報をオズマ・ランドックに教えてやろうか。それともエマ・シュナイダーに流せばいくらかの金になるかも知れないな。なにせ平民は紙一枚、鉛筆一本でも無駄にすることは出来ないのだから』

 思わず独り言が口を突いて出てしまう。

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