第93話 晩餐会

【1】

 車寄せに次々に馬車が入って来る。

 エントランスに続くこの車寄せは一度に四台の馬車が止められる。そこに次々に馬車が入って来るのだ。


 ハバリー亭王都本館。

 王都では一二を争う超高級店である。

 私が父ちゃんとお母様に連れられて始めて行ったあの頃のゴッダードのハバリー亭とは比べるべくもない。

 そこに停まる馬車から次々に着飾った男女が降りてくる。


 ポワトー大司祭の三人の妻とその実家、そして三人の息子と長男・次男の妻と家族。

 それだけでは無い。

 カロリーヌの三人の異母姉とその家族に加え、大司祭の姉弟たちの家族も訪れている。

 目的も知らせていない急な晩餐会の呼びかけなのに、これだけの人数が集まるのは、一族の先行きに皆不安を募らせているからだろう。


 私とジャンヌはライトスミス商会が差し向けてくれた馬車を降りてエントランスホールに向かう。

 案内を申し出たフットマンを断り、忙しく立ち働くハバリー亭のサーヴァントたちを抜けてエントランスホールに入ると、会場への案内を待つ者たちが歓談している。

 通り過ぎる婦人達が私達…というよりジャンヌを一瞥して眉を寄せて通り過ぎる。黒と白の飾り気のない質素な服装のジャンヌを小馬鹿にしたように笑いながら。


 良く見れば生地も縫製も超一流だと言う事が判るだろうに。シュナイダー商店が全力をあげて作った逸品なのだから。

 まあ私の南部風のアヴァンギャルドな服装も目立っているのかもしれないけれど。


「これはセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢、いや光の聖女とお呼びした方が良いかな。良くぞ参って下さった。闇の聖女様もようこそ入らっしゃいました」

 そんな私たちの側に臆面も無くカール・ポワトー現れて声を掛けて来た。

「この間の歓談以来ですな。また同じハバリー亭でお会いできるとは嬉しい限りだ。あの後大変な目に遭われたとか。ご心痛で御座いましたでしょう、俺も心苦しく思っておりましたが、何よりあれは全てシェブリ伯爵家が仕組んだものなのですよ。くれぐれも誤解なさらぬ様に」


 早速私たちの懐柔に動き、にこやかに話しかけてくるこの厚顔無恥さは、枢機卿の血かサン・ピエール侯爵家の血か。

 少なくとも父親のポワトー大司祭よりは度胸も有り頭も回りそうだ。

 本人も自分以外で後を継げる才気の有る者が居ない事を理解しているのだろう、あれだけの事を仕出かしておいてなお余裕があるようだ。


 カールの話を聞いて私たちの素性に気付いた人たちが数人挨拶に来た。特に私に対しては丁重な挨拶を向けてくる者が多いのは、ポワトー枢機卿の件が有るからだろう。

 反対に一部の人間はジャンヌに対して明らかに不快そうな視線を向ける者もいる。

 教導派の枢機卿一族で、教導騎士団の重鎮である。

 当然清貧派の旗頭であるジャンヌを警戒する者も多数いるだろうが、この後にやって来るであろう大物たちを前に彼らがどんな顔をするか見ものである。


「セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様、そして聖女ジャンヌ・スティルトン様。どうぞこちらのお席へ」

 順番に名前が呼ばれ私たちもエントランスホールからテーブルに案内された。


 部屋の中央ではグリンダがメイドやフットマンに指示を出し全てを仕切っており、ルイーズとミシェルはカロリーヌとその母と思しき女性の後ろに配置されている。

 私たちの席にはアドルフィーネとナデテがハバリー亭のメイド服で待機していた。

 獣人族のメイドやフットマンに不快そうな視線を向けるものも多く居たが、面と向かって何か言う者はいなかった。

 セイラカフェやサロン・ド・ヨアンナのおかげで獣人族のサーヴァントの実力が認知され需要も高まってきているだ。


 会場の席の大半は埋まっており、突き出しアミューズゴッダードブレッドオープンサンドが出され食前酒アペリティフの発泡酒が注がれていた。

 一見和やかそうに見える人々の歓談はその裏で腹のさぐりあいが始まっていた。

 上座にはポワトー大司祭が一人で、その右横の席にはカロリーヌとそしてその母である婦人がレオンと思しき幼児をあやしていた。

 それに続いて長男と次男の母と思われる婦人が二人。左側には長男一家、次男一家、そしてカール・ポワトーの順に座っている。


 三つしつらえてある来賓席にはまだ誰も来ていない。

 三つという事はゴルゴンゾーラ公爵家とロックフォール侯爵家そして…、

「サン・ピエール侯爵ご夫妻のご来場でございます」

 新しい貴族の来場が告げられてた。


 一瞬室内が静かになって緊張が走る。フットマンに先導されて初老の威厳のある男女。が席についた。サン・ピエール侯爵夫妻だろう。

 カロリーヌの母と思しき婦人がテーブルに向かい挨拶を行う。

 何やら言葉をかわしているが、一瞬サン・ピエール夫妻の顔が強張った。カロリーヌから聞いた今日の目的を告げたのだろう。

 ちらりとレオンと遊ぶカロリーヌに一瞥をくれる。


 そしてサーヴァントの声が、ファナ・ロックフォールの、続いてヨアンナ・ゴルゴンゾーラの来訪を告げ室内に静寂と緊張が走った。

 大半の客の目に当惑が見られる。

 当然だろう、清貧派で反国王派の重鎮の子女が来賓として入場してきたのだから。


 ヨアンナとファナの席には当然のように獣人族のサロン・ド・ヨアンナ出身と思われるメイドが複数人配置されている。

 二人が落ち着くのを待って、ポワトー大司祭から晩餐会の開催の挨拶がなされた。

 急な召集に対する労いと来賓に対する紹介と御礼の言葉だけの簡素なものだったが、それでも詰まりながら声を震わせている。…小心者め。


 そして乾杯の言葉で会食が始まった。

 前菜オードブルは蒸した鴨肉の炙り焼き、スープは茶碗蒸し、そして魚料理ポワソンへと続く。今日はマスのポアレの甘酢あんかけだ。

 一つ一つの料理に感嘆の声が上がり客の殆どが料理に夢中になっている。

 そうね

 至って静かな晩餐会の様子にファナが勝ち誇ったような笑みを浮かべてあたりを睥睨している。

 さすがにこれだけの料理を出されるとあの顔をされても腹も立たない。

 口直しのコーヒーのソルベが運ばれて更に客から歓声が上がった。

 カロリーヌの膝の上に座りガムシロップとクリームをたっぷりかけたコーヒーソルベを口に運んでもらっているレオンを見て、オスカルのことを思い出してしまいしんみりしてしまう。


「あんなに幼い子供が政治の道具にされてしまうのは忍びないですよね」

 私はレオンを見つめて暗い顔をしていたのだろう。ジャンヌが私にそう話しかけてきた。

「ええ、そうね。私達の都合でこの先の人生も、今日この場で決められてしまうのですものね」

 自分で言っていて気が重くなってくる。レオン君に何の罪も有りはしないのに今日この時から大人たちの身勝手で全てが決められるんだから。


「そうなのでしょうか? 私には重要な立場を貰って、己が力を出せる機会を用意されてとても幸せだと思うのですが」

 アドルフィーネの言葉にハッとした。

「私たちはぁー、セイラ様に会えてぇこうして働けていますがぁ、そんな娘は稀ですぅ」

「セイラ・ライトスミス様はこうして力のある人を励まして指導してきているのですね。出来れば私がセイラ・ライトスミス様の様になりたい。レオンさんのセイラ様になりたい」

 ジャンヌの決意を込めた様な宣言に顔が火照って来るのがわかる。私はそれ程大層な人間では無い。

 全ては自己保身と金儲けのためだ。そんな立派な決意が有ったわけではないが、周りの仲間に恵まれた事でここまでやって来れただけだ。

 ジャンヌの買い被りではあるが、今の私の立場では否定する事も出来ない。


 ソルベを挟んで肉料理アントレのカツレツが、サラダはもちろんハバリーサラダコールスローだ。それにカマンベール領のチーズが副えられる。

 主菜を食べ始めて酒も進んできたようで、皆口も軽くなってきているのだろう。

 今日の集まりの目的を色々と推測しゴシップ紛いの噂が飛び交っている。


 この後はデザート系に移り食後酒ディジェスティフが供される。その前にそろそろ大司祭の話が始まるのだろう。

 あまり顔色の良くない大司祭が立ち上がった。

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