閑話1 聖女の王立学校(1)

◇◇◇◇

 ジャンヌ・スティルトンは混乱していた。

 クラスメイトが自分の知っている人と違う、いや名前は合っているがその言動や行動が自分が知っている人とまるで違うのだ。


 それも一人ではない。

 多分全員が違っている。

 第二王子のジョン・ラップランドはもっと潔い好青年だったはずで、女性や獣人属を見下すような発言はしないキャラだった。


 大司祭の息子ジョバンニ・ペスカトーレはプレイボーイだけれど女性には分け隔てなく優しい、あんな切れて激昂する様なサイコパスキャラじゃなかった。


 宰相の息子イアン・フラミンゴは冷静で切れ者の頭脳派で、賭け事にのめり込んで我を失う様なキャラじゃなかった。


 宮廷魔導師長の息子ヨハン・シュトレーゼは体面を気にするプライドの高い男で、銀貨の枚数で煽られたくらいで涙目になる道化ものキャラじゃあなかった。


 近衛騎士団長の息子イヴァン・ストロガノフは脳筋で女性にも腹筋と筋トレを進めるような…あんなキャラだったかもしれない。


 ヨアンナ・ゴルゴンゾーラ公爵令嬢は権力欲が強く、実家の公爵家を王族に引き立てる為に王妃に固執するキャラだった。


 ファナ・ロックフォール侯爵令嬢は侯爵家の私服を肥やす事に執心で、宰相家の権力を利用して更に政治力と財力を蓄えようと画策するキャラだった。


 そして何よりわからないのがセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢だ。

 子供っぽい一本気な正義感の強い娘だが、思慮が足りず浅はかで惚れっぽい恋愛脳の塊のようなキャラのはず…だった。


 それを言えば自分だって陰気で王国に対する恨みと憎しみで王国の滅亡を願う悪女のはずだったのだが。


 誰もかれも知っている人物像と違っている。理想と現実とか言う話では無く、特にヨアンナとファナの…そしてセイラのキャラは違い過ぎる。

 自分が本来の設定と違うキャラを演じたせいかとも考えたが、それでもおかしい。この八人の誰とも公私ともに関わった事は無く、自分の行動が影響したとしてもこうまで現実が乖離するとは考え難い。


 洗礼式の後、覚醒してからしばらくは命を狙われて身を守る事に必死だった。それでも聖属性の魔法をもとに治癒魔法を必死で学び、チート知識と聖属性の力で少しずつ周りの人たちの理解と共感を得て来た。


 自分が国の滅亡を望む悪女だと思っていたが、自分の生い立ちや南部の街で目にする救貧院の惨状を見ると聖教会の、教導派の悪が目の当たりに見えて来る。

 更に農民やハウザー王国から逃げてきた逃亡農奴の惨状を聞くにつけ獣人属への同情が募った。

 わが身の安全を選んで教導派の悪事に目をつぶる事など出来なかった。


 聖女の認定を受けてからは聖教会やボードレール伯爵家の力を頼ってとコンタクトを取ってこの惨状に助力を得ようとしたが、結局誰ひとりとして関わり合える事は無かった。

 この世界は王立学校入学まで彼らに関わり合う事を許してくれないのだろうと諦めて自分の周りを固めて行く事に専念した。

 その結果がこれだ。


 一人で足搔き続けてこれと言った成果が上がらなかったこれまでの事が嘘のように事態が変わっている。

 きっと私以外にもいるのだろう。でもそれが誰かわからない。余りにもすべての人間が違い過ぎていて判断がつかないのだ。

 取り敢えずは今の状況を出来る限り利用して自分の有利に働くように働きかけて行こうと腹を括った。


◇◇◇◇◇

「とっいう事なのだわ。皆様の今召し上がった焼き菓子は、特別製なのだわ。セイラカフェにもサロン・ド・ヨアンナにも同じ名前で出ているけれど材料の質が違うのだわ」

「「「「ワー! パチパチパチ!」」」」

「そうですね。このマドレーヌもフィナンシェもセイラカフェで頂いたけれど、クオリティー格段に違いますね」

「ホラ、今聖女ジャンヌがこの焼き菓子に名前を与えてくれたのだわ。聖女ジャンヌ命名のマドレーヌとフィナンシェはロックフォール侯爵家直販のハバリー亭チェーンと下級貴族寮の購買でしか買えないのだわ」

「ファナ様、これは私が命名したわけではありません! 誤解を招く言い方は…」

「こんな謙虚な聖女ジャンヌを讃えて、お土産用には闇の聖女の家紋の刻印を入れて差し上げるのだわ」


「「「「「ワー! パチパチパチパチ!」」」」」

「ぜひ上位貴族の方のお茶会に持参いたしたいですわ」

「私、実家のお土産として送りたいのですけれど日持ちは大丈夫でしょうか」

「今のこの時期なら南部まで送っても大丈夫なのだわ。冬至祭や年越しのお休みにお土産にするなら予約販売も出来るのだわ。予約する方は、うちのメイドに言うのだわ。ジェーン、メアリー、ベッキーよろしくなのだわ」


 同じ南部の有力貴族であるファナ・ロックフォールと下級貴族寮のエントランスホールでお茶会? の真っ最中だ。下級貴族令嬢が三十人以上集まっている。中には平民寮の有力商人の令嬢も見受けられる。


 ファナ・ロックフォールがこんな人物とは思わなかった。

 南部は穀倉地帯でその穀物でハウザー王国との通商を行い栄えていた地域だった。

 ところが国王が変わって教導派が権力を握った為ハウザー王国との関係がこじれ通商が制限され、更に綿花貿易を東部商人とハスラー商人に独占されてしまった。

 ハウザー王国も南部の穀物の輸入が止まりサンペドロ州の困窮の余波は最下層の脱走農奴に向かった。

 結果ハウザー王国を逃げ出した脱走農奴はブリー州に逃げ込み、それを保護したロックフォール侯爵家はさらに困窮する事になる。

 ファナ・ロックフォールは困窮する実家の為に東部貴族に食い込み利権を得ようと必死に立ち回る金銭欲の亡者の様な悪女のイメージだった。


 少なくともジャンヌの知っているファナは平民はもちろん下級貴族に対しても自分から接触するような人では無く、伯爵令嬢相手でも口を利くような娘では無かった。

 それがどうだろう。

 ここに居るファナ・ロックフォールはいつも、上級貴族寮や使用人宿舎の厨房に席を設えて調理人やメイドを相手にお茶を飲んでいる。

 そして下級貴族寮や平民寮にやってきてはお茶会と称して人を集めて自領の商品の売り込みを図っている。


 南部も…とりわけブリー州のロックフォール侯爵家は木工で潤っており、それはラスカル王国内にとどまらずハウザー王国にも輸出され、その代わりに輸入されるスパイスやコーヒー、茶葉、それに砂糖や酒、最近ではナッツやアーモンドプードルも王都に出回っている。

 ハウザー王国のサンペドロ州もその中継拠点として栄えていると聞く。

 更にそのサンペドロ州では綿花の紡績が始まり、その綿糸をロックフォール侯爵家が管理し東部に独占されていた綿花市場に対抗し始めている。

 そしてそのサンペドロ州とブリー州の綿糸市場を立ち上げて仕切っているのがエマの実家のシュナイダー商店だと言われているのだ。


◇◇◇◇◇◇

「とっ言う事で、みなさん。手に取って手触りを感じて下さいな。この柔らかな肌触り。それに驚くほどの吸水性があるんですよ。テーブルに溢した水もほらこの通り。綺麗に拭き取れているでしょう」

「まあ凄い! 本当に一滴も水が残って無いわ}

「でも、この大判のタオルお高いんでしょ。肌触りもとても高級そうだし」

「それが小売価格で三枚組銀貨二十枚ですわ」

「えっ、そんなに安いの!」

「でもお店で買った人、ゴメンナサイ! 今回限りで更に二枚お付けして五枚で銀貨二十枚!」

「「「えー! 私買うわ!」」」

「でもチョット待ってください。これに更にジャンヌ様の家紋入りハンカチもお付けしましょう。全部で六点セットで銀貨二十枚。肌触り最高のコットン製ジャンヌ織りの大判タオル五枚にハンカチもお付けして銀貨二十枚ですわよ~。今日の夜までの限定予約ですわ~」


「エマさん! ジャンヌ織りなんて変な名前を付けないで! それはパイル織りタオル生地でそんな名前じゃありませんよ」

 エマが食堂に生徒を集めて大判のバスタオルの販売を始めている。

 調子に乗って次々と予約を受け付けているエマに涙目でジャンヌは抗議をするが取り合ってくれない。

「でも織り方も織り機もジャンヌちゃんが考えたんでしょう。ライトスミス木工所がジャンヌちゃんの名前で特許の申請もしているわ。お陰でシュナイダー商店がこうして独占販売できるし、もうみんなジャンヌ織りだって思っているもの。仕方ないわ」


 パイル織りは二年ほど前にパイルのタオルが恋しくてグレンフォードの織物士を訪ねたところ、ロックフォールで修行をしていると言うその店の息子が興味を持ち工夫して織り機を作ってくれた。

 同室になってそれを知ったエマが実家に連絡しその織物士工房ごとロックフォールに連れて行ってたった二か月で量産化の目途までつけしまった。


「エマさん。下級貴族寮にも食堂の売店に常備品としてタオルとバスタオルを置いてもらうよう交渉します。ジャンヌ織りの織機の大型化と自動化を図るべきでしょうね。北西部の諸州にも織物工場の誘致を打診しましょう」

 バスタオルセットの予約を取りまとめながらエマのメイドのリオニーが言う。この二人は主従の関係では無く仕事の同僚の様な不思議な関係のようだ。

 この何かを真似た様な販売方法も自分たちで思いついたと言うから恐れ入る。

 多分あのファナ・ロックフォールはこの人の影響を多分に受けているのだろうと思う。

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