第26話 Aクラス(2)

【2】

 校舎前で揉めていたために入室が遅くなってしまったようだ。

 Aクラスは元の二十人に私たち三人と天文から上がってきた一人を加えて二十四人。

 その内の二十人までが教室に入っている。


 私がジャンヌを伴って現れたのをいち早く見つけたのは、騎士科らしき二人の生徒と話していたイヴァンだった。

「おい、セイラ・カンボゾーラ。聖堂騎士団はやめておけ。あそこは出世が望めんぞ。やはり出世したければ近衛騎士団だぞ。近衛に入れ、近衛に」

「だ・か・ら、私は近衛には入れません。その気も無いし、先例がありません」

「ならお前が入れば先例だろう」

 …その気が無いって言っただろう。このバカとは会話が出来ない。


「セイラさん?! いったい何のお話なの?」

「いえ、なんでもないわ。行きましょう」

 そうしてヨアンナたちを目で追うと、ヨアンナに挨拶している少女が居た。サレール子爵令嬢だ。


「まあ、セイラ様。良かったですわねAクラスに上がれて。それもこれも教導派の嫌がらせですわ」

「サレール子爵令嬢様、ご紹介いたしますわ。こちら聖女ジャンヌ・スティルトン様です」

「闇の聖女様! 初めてお目にかかります。サレール子爵家のレーネと申します」

 そう言って跪こうとするサレール子爵令嬢をあわててジャンヌと二人で止める。

「お止め下さい。私はただの学生です。同級生ですからそのような挨拶はやめて下さい。それから名前もジャンヌと呼んで下さい。お願いします」

「本当にお噂どおりのお方ですね。それではジャンヌさんとお呼びいたします。私の事もレーネとお呼び下さい。セイラさんもね」


 そうしていると表の廊下が騒がしくなった。

 たくさんの女性の嬌声が聞こえて部屋のドアが開く。

「それじゃあ。みんな昼休みにね」

 そう言って二人の女性をはべらして入ってくる男がいた。


「あの不道徳者が、ご登校ですか」

 レーネが吐き捨てるように言う。

 ジョバンニ・ペスカトーレがユリシアとクラウディアの二人の伯爵令嬢を伴って入ってきたのだ。

 あのいけ好かない二人の令嬢もクラスメイトかよ。

「ジャンヌさんもセイラさんもあの男と係わり合いになってはいけませんよ。見るだけでも虫唾が走る」


「そんな言い方は無いんじゃないか。レーネ嬢」

「私を名前で呼ばないで下さいませ。不愉快です」

「辛辣だねえ。そちらの素敵なドレスのお嬢さんはどなたかな? こちらのお嬢さんは一昨日あったね。セイラ・カンボゾーラとかいったね。そちらのお嬢さんを僕に紹介してくれないかなぁ」

 私はその言葉を無視してジャンヌの手を引きそこを離れようとした。


「どなたなのです?」

 ジャンヌの小声の問いかけに私は彼女の耳元でボソリと言った。

「ジョバンニ・ペスカトーレ」

「!」

 一瞬ジャンヌがらしくない憎悪の籠った視線を向ける。


「セイラ・カンボゾーラ! ジョバンニ様がわざわざお声を掛けていらっしゃるのに失礼では無くて」

 ユリシアが咎め立てる。

「宜しいのですか、マンスール伯爵令嬢様? こちらの方をご紹介して」

「いったい何を仰りたいの? たかだか平民風情に臆する事は無いわ」

「どう致しましょうジャンヌ様。ご紹介しても差し支え御座いませんか」

「「えっ! 闇の聖女」」


「おや、君が闇の聖女かい。初めて会ったね」

「セイラさん、行きましょう。もうすぐ授業が始まります」

「聖女ジャンヌ、セイラ・カンボゾーラ。つれないじゃないか。この僕が自ら声を掛けているのに」

「そうですわ。子爵や騎子爵の娘ごときがジョバンニ様に対して不敬ですわ」

「参りましょう。ジャンヌさん」

 私もジョバンニとショーム伯爵令嬢の言葉を無視してジャンヌに着いて行く。


「おい! 貴様ら! 下民の分際でこの僕が声を掛けてやっているのに無視するのか! そんな態度が許されるとでも思っているのか!」

 いきなり切れた。かなり沸点の低い男のようだ。

 なんでも思い通りにさせて貰って来た甘やかされた我が儘な幼児がそのままも大きくなったのだろう。

 驚いた…と言うより呆れ顔に近い表情でジャンヌが振り返る。

「ジャンヌさん。時間の無駄です。講義の予習でも致しましょう。ショーム伯爵令嬢様も授業の準備をなさった方が宜しいですよ」

 私は肩をすくめて振り返りもせずにジャンヌの手を引いて部屋の反対の机に向かって歩いて行く。


 横目でチラリと見ると激昂するジョバンニに横でユリシアとクラウディアが青い顔で怯えた様に彼を押し留めている。

 三人とも私たち…特に私のジョバンニのみガン無視の対応が予想外だったようで戸惑っている様だ。

 ジョバンニは駄々をこねる子供の様に机をバンバンと叩きまわっている。


「ワハハハハ、ジョバンニそれくらいにしておけ。その女は王族であるこの俺にでも平気で当て擦りを言うような奴だ。一筋縄でゆくものか」

 ジョバンニは不貞腐れた様に椅子にドカリと腰を下ろすともう一度机をコブシで叩いてソッポを向いた。

「しかし当て擦りなどと、殿下に対して失礼だろう…ってお前は一昨日エマと一緒にいた女!」

「なに! エマ・シュナイダーだと! って一昨日俺をコケにした女じゃないか」

 ジョン・ラップランドを取り巻いていた二人がこちらを見て怒鳴る。

 イアンとヨハンだ。


「濡れ衣よ! 私じゃないわ! センスの無い服装って言ったのはエマ姉よ」

「お前も瞬殺男って言っただろうが!」

「それは仕方ないだろう。幼女相手に瞬殺されたのは事実だしな。…まああの時は俺は勝ったがな」

「うるさい! お前だって昨日エマ・シュナイダーから金貨一枚毟り取られたじゃないか。負けた金額じゃあお前の方が多いぞ」

「そうだ! そうだった。卑怯な手を使いやがって、お前たち許さんからな」

「やったのはエマ姉で私は関係ないじゃない」

「テヘッ」


「何の話か知らないけれど、セイラ・カンボゾーラ、ジャンヌ・スティルトン。この異端者ども。いつまでも大きな顔を出来ると思うな。きっと聖教会の裁きが有るからな」

 ヨハン・シュトレーゼの隣にいた少年が暗い目つきで私とジャンヌを睨みつけて言った。

「ジャンヌさん、あの人は誰です?」

「セイラ様、お気を付けください。あれがアレックス・ライオルです」

 ジャンヌの代わりに私の問いに答える声がした。


「あっ、オズマさん」

 ジャンヌがその娘に声を掛けた。

「始めまして。セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様。私は北部の商人の娘でオズマ・ランドックと申します」

 オズマと言う娘は私にそう言って頭を下げた。

「オズマさんはロワール大聖堂の審問会を見にいらしたそうなの。私も色々教えていただいたわ。とても凛々しかったって」


 平民寮の知り合いか。

 同じ北部州だし商家の娘ならこれからも取引や付き合いも出来るだろう。

「こちらこそどうぞ宜しく。同じ北部のリール州だしセイラと呼んで下さい、オズマさん」

 親しくしてこの娘も取り込んでしまいたい。

「それで、アレックス・ライオルと言う事は旧ライオル伯爵家の?」

「ええ、あの方が三男のアレックス様で次男のマルカム様は卒業されて近衛騎士で騎士団寮に居られます。お二人ともジャンヌ様とセイラ様には思うところが有るようで」

 マルカム・ライオルは粗野で凡愚だとクロエさんから聞いていたが、弟のアレックスは優秀なようだ。

 準男爵に落ちて平民の身分でAクラスに入っているのだから。このオズマと言う娘もそうなんだけれど。


「セイラさんも言ったけれど、私もジャンヌと呼んで下さい」

「いえそれは…やはりお二人をさん付けでは呼ぶ事は出来ません」

 平民の感覚では子爵令嬢や聖女はさん付けでは呼びにくいのだろうか。エマ姉のせいで感覚が鈍っていたのかしら。

「ジャンヌちゃん。私も様付けをした方は良いかなぁ。ねえセイラちゃんはどう思う?」

 ああ、この娘だけは何処にいても平常運転のようだ。


そんな調子で授業が始まったが、Aクラス二十四人中天文から上がってきた一人だけは結局現れなかった。

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