第25話 Aクラス(1)

【1】

 翌朝早くに新しいクラス分けが張り出されていた。黒塗りされていた幾何の点数も表示されて、私は満点をとっていた。

 そして私を含め三人がAクラスに昇格していた。他にも二人満点がいたのだ。

 一人はアヴァロン州でニワンゴ司祭の下に通っていた商家の少年で、もう一人は修道士見習いの少年だった。

 商家の少年アイザック・ケラーは友人のルネ・クレイルとニワンゴ司祭の研究室に通い対数計算のアルバイトをしていたそうだ。

 修道士見習いのゴッドフリート・アジモフは西部の聖教会教室で算術に触れてのめり込み、つてを頼って入手した研究資料の中にあったニワンゴ司祭たちの論文に感銘をけ数学を極めようと王都に出てきたそうだ。


 彼ら二人のみならず他のニワンゴ司祭たちに影響を受けた少年たちもかなりの高得点をとっていた。

 二位のジョン・ラップランド殿下に迫る点数だ。そうなのだ。あの傲慢殿下はなかなかやるのだ。

 感心してみていると私の後ろにアイザックとゴットフリートが立っていた。

「セッ…セイラ様同じAクラスに昇格されたようで…おめでとうございます」

「あの…セイラ様。クラスでもご一緒できて光栄です…」


 ああこの二人入りづらいんだろう。仕方ない一緒に行ってやるか。

「それじゃあ。一緒に参りましょうか」

 …

「おはようございます。セイラさん」

「あっおはようございます。ジャンヌさん」

「アワワワワ…せっ聖女様!?」

今日のジャンヌはいつもの修道女服ではなく、黒と白のアンシンメトリーのモノトーンのドレスを着ている。

「あら、セイラちゃん。早いのね。私、ジャンヌちゃんに起こされてしまって」

 うろたえるゴッドフリートを尻目にマイペースなエマ姉はジャンヌまでチャン付けで呼んでいる。

「エマさんが、学校なのだから修道女服ではなくて普通の格好をしろと言ってお貸し下さいました」

 そのデザイン、シュナイダー商店の最新のモデルだよね。

 お貸し下さったって、エマとジャンヌはサイズ同じくらいだがあまりもにピッタリ合っているということは、ジャンヌに着せるために持ってきたんだろう。

 最新作の広告塔にするために。


「あら、セイラ・カンボゾーラが平民を引き連れて何か企んでいるのだわ」

「ファナ様、人聞きの悪い事を言わないで下さい。Aクラスに昇格して緊張しているんですから」

「貴女が緊張って冗談でしょ。後ろに欲深女がいる限り信用できないのだわ。美味しい話が有れば一番にロックフォール家に持って来るのだわ」

「一体、たくさん集まって何をしているのかしら。セイラさっさと着いて来るかしら。授業が始まってしまうかしら」


「…あの、あの方はどなたなのでしょう?」

 ゴッドフリートがアイザックに聞いている。

「あれはゴルゴンゾーラ公爵令嬢です」

「あのセイラさんは子爵令嬢と仰ってましたよね。一体どういうお方なのでしょう」

「ゴルゴンゾーラ家のヨアンナ様とセイラ様は従姉妹同士になられるそうですよ」

「聖女ジャンヌ様やロックフォール候爵令嬢とも親しいようですが…」

「そこまでは存じませんが、セイラ様のご実家はアヴァロン州で商事組合をしておられるのでその関係では無いですか?」


「わたしはてっきりもっと数学研究に魅入られたお方だと思っておりました」

「いえ、それは間違っておられませんよ。セイラ様の領地の筆頭司祭様がニワンゴ司祭様ですから。多分数学の研鑽は幼い頃からされているんじゃないでしょうか」

「ほお、それであの女は自信満々だったのだな。幼少から数学漬けとはなんとも哀れな女ではないか」

「「殿下!」」


「誰が哀れな女ですか! 憐れまれるような人生は送っておりません」

 このクソ殿下が、何を勝手なことをオノレに哀れまれる様ないわれは無い。

「己の人生を卑下する事は無いぞ。貧しく虚しい生活であってもくさるな。其の方の数学の情熱は俺も認めてやる。今回は俺の負けにしておいてやろう」

 何だよその上から目線の敗北宣言は! 何か勝ちを譲った感出しているが完全にお前が負けているだろうが。


「ハウザー王国のケダモノの理屈でも数式が正しければ認めてやれる度量は有るのだ。猿であろうがオウムであろうが記憶している数式は嘘はつかんからな」

ニワンゴ司祭をバカにしやがって!

「ウガーッ!」

「さあセイラ、あのバカに噛みついてやるかしら」

「「セイラ様、落ち着いて下さい」」

 アイザックとゴットフリートが私を抑えるが、婚約者のヨアンナが煽って来る。

 いったいジョン・ラップランドとヨアンナ・ゴルゴンゾーラとはどういう関係なのだろう。


「おい、ヨアンナ! バカとはご挨拶だな。公爵令嬢だからと言っていつまでも偉ぶっていると火傷をするぞ」

「フン、人を見下す事しか知らない貴方こそそのうちに痛い目を見るに違いないかしら」

「貴公この王立学校の上級貴族寮にまでケダモノのメイドを入れておるそうではないか。王家に連なる者としても問題だが、俺の婚約者と言う立場を少しは考えろ」

「在り来たりの作法と見栄と追従ついしょだけ上手な北部貴族出身の見習いメイドに何が出来るのかしら。手紙の代筆から帳簿付けまで出来て体術までこなすセイラカフェの獣人属メイドに代わる者はいないかしら」

 そうだ! もっと言ってやれ、ヨアンナ! 獣人属はあんたの趣味だけど。


「北部の連中は文化の何たるかを判っていないのだわ。南部の新しい文化こそこれからの最先端なのだわ。王権にしがみ付く事しか感心が無いあなたには理解でき無いのだわ」

「ファナ嬢、殿下に対してそれは不遜ではないかな」

 いつの間にかやって来たイアン・フラミンゴがファナの言葉をとがめる。

「そうね。南部を食い物にしている東部貴族も同じ穴の狢だったのだわ」

「何を…女の分際で口が過ぎるぞ。ファナ・ロックフォール! 行く行く夫になるこの僕に対してその態度は何だ!」

「私の態度が不遜と言うなら、あなたの態度は伯爵家の分際で我が侯爵家に対して不遜なのだわ」

「ファナ嬢! これだけは言っておくぞ。侯爵家だと言っていつまでも大きな顔を出来ると思わないことだ。宰相家の力を侮らないことだな」

「親の力に頼らないと何も出来ない男に興味など無いのだわ。私を妻にしたいのなら相応の力を見せることなのだわ」


「さあセイラ。バカどもは放っておいてさっさと教室に入るかしら」

「そうね。セイラ・カンボゾーラ。教室に入るのだわ」

 …なにこの状況? 私完全に二人の取り巻きじゃない。何でこんなことになっているの?

「セイラさん、あのお二人は婚約者と仲が悪いのですか?」

 ジャンヌが困惑げに私にたずねてくる。

「私も良くわからないわ。婚約相手のお話は聞いた事も無かったし、一昨日初めて顔を見たので…」

「えっ、初めて?」

「ご存知だと思うけれど、私は予科には入っていないので…」


「ジャンヌもエマもさっさと来るのだわ。授業が始まるのだわ」

「ハ~イ。セイラちゃんもジャンヌちゃんも行くわよ~」

「…そうですね。セイラ様、ジャンヌ様、参りましょう」

「あっ、待って僕も参ります」


「私たちファナ様たちのお仲間に入れられたみたいですね。セイラさん」

「多分私のせいです。ヨアンナ様とファナ様も従姉妹同士、私とヨアンナ様も従姉妹同士。それに私はゴッダードで暮らしていたことがあるのでゴルゴンゾーラ家とも繋がりがありますから。エマさんのことも含めてジャンヌさんにはご迷惑をおかけしているみたいで」

「そんな事有りませんよ。私、クラスできっと孤立無援の状態になると思っていましたから。とても心強いですよ」

 そういえばゲームのジャンヌは孤高の人でもっと狂信者っぽいイメージが有ったよなぁ。

 それはそうか、仲間が居なければああいう風になるんだろうけど今の状況ではそんな事にはならないだろう。

「そんなことは決して起こりませんよジャンヌさん。清貧派の支えは貴女なんですから」

 そう言って私はジャンヌの手を引いて教室に入った。

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