第24話 クラス分け

【1】

 攻略対象との出会いのイベントは、現実と齟齬が有る。

 イヴァンのイベントは力づくでエスコートしようと手を引っ張った彼の頬を引っ叩いて興味を持たれるはずが、引き倒して何故か騎士団にスカウトされてしまった。


 ジョン・ラップランドとはクラス分け試験で好成績をとった事で認められてと言う流れだが、現実は敵対派閥のリーダーになってしまったようだ。


 ジョバンニ・ペスカトーレとは親しくなった伯爵令嬢を介して紹介されるシナリオだったが、その伯爵令嬢たちと既に敵対している。

 そもそも令嬢たちとの親密度が攻略のカギになるキャラクターだから既に積みだ。


 あとの二人は…

 もうエマ姉のせいでグダグダになってしまってどうでも良い。

 そもそも攻略対象の好感度を上げるつもりもサラサラ無いし…ヘイトはエマ姉のおかげでしっかり溜まってそうだけれど。


 明日は試験休みと言うか採点とクラス分けの為休みとなり、授業が始まるのは明後日の朝からだ。

 明日の午後にはクラス発表が行われるが、聞く話によると上級貴族は結果に下駄をはかせるそうで権力者の子弟はAクラスになる。

 平民寮でも得点上位なら有力聖職者や上級貴族の妾腹の子弟はAクラス確定なのだが、一般平民や権力の無い下級貴族がAクラスに入るのは非常に難しいと言われている。


 ゲームでは主人公は実力でAクラスに入るのだが現実はどうだろう?

 初級三学は元より幾何でも満点を取る自信はあるが、ケアレスミスも考えられる。その上第二王子と敵対してしまったのでどういう評価がなされるか。


 翌日の昼食後、学校の大ホール前に張り出されたクラス分け表を見に行った。

 各クラスごとに生徒の名前とその下に試験成績が書き出されている。

 そのお陰で下駄をはかされてAクラスに振り分けられた生徒はバレバレになるのだけれど…。

 攻略対象五人と悪役令嬢三人は全員Aクラスに振り分けられていた。イヴァンだけは音楽に大量の加点をされているので忖度付きAクラスのようだけれど。


 その中でエマ姉が実力でAクラスに入っている。算術の点数が98点、二位のイアン・フラミンゴが92点なので6点差で算術一位のようだ。

 何やらイアンとエマ姉が揉めている様だったが、イアンのサーヴァントがリオニーに何やら渡して不機嫌な顔で帰って行った。


「セイラ様、一体どう言う事でしょう。セイラ様がBクラスなんて」

「まあ権力も無い下級貴族だから仕方ないわ。王族や上級貴族と関わらなくてその方が嬉しいもの」

「それでもセイラ様の成績がエマ様より下とは考えられません。幾何の選択の時点で算術選択よりも難易度が高いので一問でも正解するとBクラス確定です。本来幾何選択でBクラスより下は無いのですから」


 アドルフィーネにそう言われてクラス表をもう一度見た。

 私の幾何の点数は黒く塗りつぶされている。それだけでは無く幾何選択で私と一緒にいた平民男子の数人の成績も黒く塗りつぶされていたのだ。

「多分あれよ、忖度って言うやつよアドルフィーネ。ニワンゴ司祭の理論を知っている平民の成績が良すぎて上級貴族の面子を潰したんでしょう。だからあんな黒塗りを…」


「いったいどう言う事だ! 試験の審査官を呼べ! 何故Bクラスの幾何の生徒の成績を公表しない!」

 ジョン・ラップランドの怒鳴り声が響き渡った。

「Bクラスの幾何選択生徒で初級三学がほぼ満点の者が何人かいるではないか! 幾何の試験でも正答かどうかはともかく、俺の見ている限り皆全問解いていた事は間違いないぞ。奴らの点数を示せ!」

「殿下、落ち着いて下さい。たかが平民のクラス分けでは無いですか」

 職員らしき男がジョン・ラップランドを宥めにかかる。


「その平民を連れた子爵家の女に挑発されたのだ! こと幾何においては数字が結果だとな。あの女には点数でその差を示してやらねばならん。さっさと点数を表示させろ! 勝ち負けではない! 権力で隠したなどと揶揄されるような事は願い下げだ」

 その剣幕に恐れをなしたのか職員らしき男は急いで教員等に駆けだして行った。


 ジョン・ラップランドが私を見つけて鋭い視線を向けてつかつかと歩み寄ってくる。

 私の前に出ようとするアドルフィーネを左手で制して、私が一歩前に出てカーテシーをした。

「おい、セイラ・カンボゾーラ。一言言っておくが点数を塗りつぶしたのは俺の指示では無いからな!」

「王太子殿下がその様な事をなさる方だとは思っておりません。それに私はBクラスでも何も含むところは有りません」

「其の方が良くとも俺が他の者からそういう風に見られる事が我慢ならん! 勝ち負けの話しでは無い! 平民や女に膝を屈したと思われるのは我慢ならんのだ」

 ああそうですか。やたらプライドが高いので私を権力でねじ伏せたと思われたくないんだ。見栄っ張りめ。

「昨日も申したが俺は未だ王太子では無い! 殿下でよい! イヤミで申しているなら尚更だ」


 そう言っている内にさっきの職員らしき男が二人の講師を引き連れて戻ってきた。

「王子殿下。この経緯についてご説明致しますので御勘気をお鎮め下さい」

「別に怒っている訳では無い! 道理を通せと言っているだけだ」

 見栄っ張りで意地っ張りだがこういう性格は嫌いじゃない。


 講師らしき肥えた初老の男が一人クラス分け票の前に立つと話し始めた。

「いくつかの問題で本来知られている解法とは違う論理で算出された物が有った。これは由々しき事態である。これまでの数理から外れた物を認めるべきか否か検討しておる。故に公表は…」

「それで答は合っているのですか? 検算は問題なくできたのですか?」

「解法として理屈は有っているのですよね? 考え方の違いだけですよね」

 やはり点数を消された男子たちは納得行かなかったようだ。


 指摘されている問題とは多分、三角形の面積の算出だろう。小さな二等辺三角形の一辺に接した不等辺三角形の面積計算を座標を用いて算出したことが問題になっているのだ。

 定積分の面積計算でよく使っている考え方をそのまま面積計算に応用したのだが、ニワンゴ司祭の理論を知っている者は皆それを応用したのだろう。

 黒塗りされている面々も私も直接・間接的にニワンゴ司祭の理論を齧っている者ばかりだ。


「それは合っておるが、その方法が神の摂理に置いた上で正しいかどうかは別じゃ」

「数学は数式とその結果によってのみ語られるべきだ!」

「数式は検証されたのでしょう! それならばそれが真実ではないですか」

「それは聖教会や学者が判断する事で…」

「何故聖教会が出て来る!」

「数理はその過程と結果こそが真実だ!」

「静まれ! この理論は農奴上りの獣人属のそれも女が説いておるというでは無いか。そんな理論をこの王立学校で認めるわけにはゆかん」


 その一言で私の頭に血が昇る。一歩踏み出した途端にウルヴァとアドルフィーネに両腕を抑えられて、どこからともなく表れたリオニーが私の口を塞ぐ。 

「それじゃあ、後は見ておくから三人はセイラちゃんを連れて撤収しようか~」

 エマ姉の指示で三人が私を引き摺って行こうとした時、その騒ぎを聞きつけた数人の若い講師たちが現れた。


「僕も彼らの言い分を指示します、教職長! その理論が獣人属の理論でも女性の理論でも正しい物は正しい!」

「我々は数理に真摯であるべきだ! そこに種族や性別は入る余地などない」

「なによりそんなくだらない理屈の為に生徒の数学への芽を摘み取ることは許せません」

「君たち! 教職長に対して無礼だぞ!」

「副教職長は引っ込んでろ!」

「教職長の腰巾着め!」


 講師たちの口論のお陰で落ち着いた私は、リオニーたちの手を振り払って彼らに言葉を発した。

「教育方針の口論は別でやって頂きたいわ。その上で申し上げます。学校側は私たちの解法について使用の禁止を事前に通告していたのならともかく、設問だけを提示したのですからどのような方法であっても正答にたどり着いた私たちに咎められる理由も結果を隠されるいわれも無いはずです。…で出過ぎた真似を致しましたかしら」


「いや、其の方の申す通りだ。下らぬ議論は後にして、今は試験結果の開示をどうするかだろう。この女の言う通り貴公らはその数式の使用を禁じていなかったのだから不公正だと謗られても言い訳は出来まい。不正が有ったと思われても良いのか? どうなのだ教職長」

 ジョン・ラップランドが重々しく声を上げる。

 教職長は視線を逸らしながら張りの無い声で答えた。

「本日のクラス分けは再度見直しを行い明日始業前にこの場所に張り出す。このクラス分けは暫定だと心得ておくように」


「おい女! 何点取ったか知らぬが、勝ったと思うなよ。知らぬ理論が有っただけの事だ。同じ土俵なら其の方などに後れを取る事は無い。しっかりと憶えておけ!」

 ジョン・ラップランドが側近を引き連れて引き上げたいった。

 もしこの流れで明日Aクラスに上がっていたら嫌だなあ~。憂鬱な気持ちになりつつ私も寮に引き上げた。

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