第23話 攻略対象者

【1】

 私が答案用紙を提出して席を立つと、計ったように全員が席を立って私に続いた。

 私を先頭に…まるで私が全員を引き連れて歩いているかのように連れ立って試験室を出る。

 そして私の頭の上から声がした。

「其の方中々やるようだな。女の分際で身の程知らずと思ったが、少しは認めてやっても良いぞ。子爵の娘だけ有ってその辺りの平民の凡愚とはいくらかは違うようだな」


 また電化だ! ソーラパネル野郎だ! この男の一言一言にイラッと来る。

 電力会社の勧誘なら怒鳴りも出来るが、電化…殿下相手にさすがにそれは無理だ。

「平民であろうが貴族であろうがその閃きに身分差も性別も無いと思います」

「たいそうな自信だな。お前の言い分、認めてやらんわけでも無い。少なくとも全問回答しているようだからな」

「全問正答を書いた自信も御座います」

「面白い女だ。名前を聞いてやる。申せ」

「自ら名乗らぬお方にお教えするつもりは御座いません。殿


 私の最後の言葉に取り巻きの貴族たちが色めき立った。

「貴様! 殿下に対し無礼であろう!」

「殿下と言う限りはどなたか存じ上げているであろう! 不敬だぞ!」

 私を取り巻く平民の少年たちも慌ててオロオロし始めた。

「セイラ様。その言い方は」

「俺たちの為ならば俺達はなんと言われようと構いませから」

「殿下、セイラ様は我々の為に仰ったので他意は…他意は…」


「他意は無いと言うか? そんな訳は無かろう。なかなか気概のある面白い奴だなあ。その物言いも眼をつぶってやる。俺はジョン・ラップランド、第二王子だ。…さあ名乗ったぞ、其の方も名乗れ」

 ジョン・ラップランド。現国王の次男ではあるが、正妻の子である為継承順位は一番。但し長男は現国王の寵妃の息子であり継承権は微妙だが。

「王太子殿下、初に御目見え致します。カンボゾーラ子爵家長女セイラ・カンボゾーラと申します」

 そう言ってカーテシーする。


「まだ王太子に決まったわけでは無いわ。こびかイヤミか? 其の方ならイヤミであろうな。其の方がセイラ・カンボゾーラか、その名と顔憶えて置くぞ」

 王子はそれだけ言って取り巻きを引き連れて去って行った。

 さすがに第二王子だけあって、私の名前を知っていた様だ。多分事件のあらましも把握しているのだろう。

 後に残ったのは私と平民男子、それに下級貴族と思しき数人の少年だった。


「セイラ様、肝が冷えてしまいましたよ」

「少なくとも幾何や数学に関しては私は譲るつもりは有りません」

「さすがにニワンゴ師に師事されただけありますね」

 ニワンゴ司祭を通じて集まった少年たちと話始めると、残っていた他の少年たちがオズオズと寄って来る。


「セイラ・カンボゾーラ令嬢、先ほど試験室で話していたことを我らにもお聞かせ願えないだろうか」

「カンボゾーラ子爵令嬢様、もし新しい幾何理論なら俺も知りたいのです。田舎の平民風情には最新の情報を得る事が出来ません。お願で御座います」

「お察し頂きたい。この試験を受けると言う事は幾何に関心が有るからだ。先程から話題に上がっているニワンゴ師を我らにも紹介して頂けぬものだろうか」

 残った貴族子弟たちや他の平民たちも話に加わって来た。

 この試験場でも十数人の解析幾何学派閥を作れそうである。


【2】

 算術の試験が終わったようで、試験室のドアから一斉に生徒が吐き出されてきた。

 すると廊下で罵り声が響いた。

「貴様! 謀ったな! 最後まで残って検算か!」

 目を吊り上げて怒鳴っているのは宰相の息子イアン・フラミンゴだ。

 そしてその相手は…エマ姉とヨアンナ!

 何をしたかはなんとなく想像がつく。二人して賭けを持ちかかけて又大金を巻き上げたのだろう。


「嫌だわ。貴女が先に出て行くから諦めて部屋に残っただけだわ」

「そうそう、貴方は全問正解すると言っていたかしら。なら多分貴方の勝ちかしら」

「結果が分かるのが怖いわ。私の答案に間違いが有るかもしれないわ。きっと負けてしまうのね」

「貴様らーー…いけしゃあしゃあと。よくも、後で吠え面をかくなよ!」

 私はエマ姉たちを囲んで立っているフランとケイとソニカに手招きして呼び寄せた。

「いったい何が有ったの?」

「それがセイラ様‥‥」

 ケイとソニカの語る話は私の想像通りのものだった。イアン・フラミンゴの場合はエマ姉に関わった時点でもう負けているのだ。


「おい! 貴様ら! 貴様らもこの女の仲間か!」

 ヤバイ、イアンと目が合ってしまった。

「いえ、私たちは…「アッ、セイラちゃん試験はどうだったの?」」

 …エマ姉、巻き込まないでよ。

「あれは私の従姉妹のセイラ・カンボゾーラかしら」

 ヨアンナも私の素性をばらすな!

「お前たちも顔を覚えたからな」

 イアンが肩を怒らせながら去って行った。


【3】

 エマ姉とヨアンナの悪行に頭を抱えていると平民寮の南部の少女たちがワラワラと集まってきた。

「セイラ様、ジャンヌ様が試験室から出てらっしゃらないのです」

「講師の方も出ていらして、試験は終わっておりますのに…」

「ジャンヌ様はお一人でご一緒した方もいませんし」

 天文など女性が受ける事の稀な科目である。もちろん一人で受験したのだろう。

 私たちは揃って天文の試験室に向かった。


 扉の前では数人の少女がオロオロと往復している。

「あっ、セイラ様。ジャンヌ様が…ジャンヌ様が…」

「ジャンヌ様とは闇の聖女様の事でしょか?」

 私の後にゾロゾロついてきた幾何教室の男子生徒の問いに無言で頷く。

「部屋から何か聞こえなかった?」

「何か怒鳴っている男の声とあと数人の男の声が、ジャンヌ様の声もしていましたが…」

「うろたえないで。ここは王立学校です。滅多な事は起こりません」

 そう言って私は試験室のドアに手を掛けて押し開いた。


「聖女様、お迎えに参じました。寮までご一緒致しましょう」

 扉を開いて私たちがゾロゾロと押し入った為、室内の視線が一斉に私たちに向いた。

「何なんだ? お前たちは?」

 振り返った男に見覚えが有る。何処でだったかな? 一度見た事が有るんだけれど。

「ジャンヌ様一緒に帰りましょう。疲れたので部屋に帰ってお茶にしたいわ」

「あっ、お前はゴッダードの守銭奴女!」

 振り返った男はエマ姉を指さしてそう怒鳴った。

 思い出した、以前ゴッダードにヨアンナが連れてきたヨハン・シュトレーゼだ!


「えっと…。セイラちゃん、あれ誰?」

「私が知る訳無いでしょう」

 エマ姉、覚えてない! 私は覚えてるけど、覚えてちゃいけない立場なんだよー。

「えっーと、初めまして。エマ・シュナイダーと申します。そのセンスの無い服の仕立て直しならぜひシュナイダー商店服飾部へご用命くださいまし」

「ふざけるな! 去年はさんざん俺からボッタクった癖に知らんとは言わせんぞ」

「えー、だって知らないもの。金貨を握らせて頂けると思い出すかもしれないわ」

「貴様! 貴様! 貴様! それならあの時の銀貨五十六枚今すぐ返せ!」

 エマ姉もう止めたげて。ヨハンのやつ涙目になってるじゃない。


「銀貨五十六枚? …! 思い出した! ミシェルに瞬殺されて毟り取られた奴だ」

「ダメだよ、エマ姉! そんな本当の事でも瞬殺男なんて言っちゃあ」

「瞬殺って言うな! お前らもこの女の仲間か! 顔を覚えたからな」

「エマ様、こちらのお方は?」

 フランがエマに尋ねる。

「えっとねー、領収書に書いた名前はシュトレーゼ伯爵家様だったね」


「ヨハン・シュトレーゼ様、彼女は私のルームメイトです。彼女に何かあれば私が受けて立ちます」

 ジャンヌが挑戦的にヨハンを睨む。

「シュトレーゼ伯爵令息様、この娘に他意は御座いません。こういう子なんでご寛恕を」

 私はエマ姉とジャンヌのフォローに入り、両手で二人を引っ張ってこの場を退散した。


【4】

 結局ジャンヌの取り巻き…? たちをゾロゾロ引き連れて校舎の出口へ向かうと音楽の試験を終えた生徒たちと合流する事になってしまった。

 平民寮の女子たちが大量にジャンヌの周りに集まって来たので、私は一人離れて校舎を出ようとした。


「久しいな! セイラ・カンボゾーラ。近衛に入る気になったか? 寮まで送ってやるから返事を聞かせろ」

 バカの声が後ろから聞こえた。

「ですから、女は近衛騎士団には入れ無いのです。正式に団員になられたのなら規則も覚えて…」

 振り返りながらイヴァンに返事をしていた言葉を吞み込んでしまった。

 イヴァンの後ろにマンスール伯爵令嬢とショーム伯爵令嬢を侍らせた男が立っていたのだ。


「イヴァンのバカなど相手をせずに、このジョバンニ・ペスカトーレがエスコートして寮まで送ろう。名前を聞かせてくれないかな、可愛いお嬢さん」

 ジョバンニ・ペスカトーレ…最悪の男をなんで連れてくるかな、イヴァン・ストロガノフ!!

「私など卑賎の身、名乗るほどの事は…」

「セイラ・カンボゾーラ! 子爵家の分際で目障りよ」

「下級貴族の分際で調子に乗っているのではなくて、セイラ・カンボゾーラ」

「セイラと言うのかい。気高い良い名じゃないか。是非、寮まで送らせておくれ」

 バカ令嬢ども私の名前までバラすなよ!


「おいジョバンニ。こいつは俺が近衛騎士団に声を掛けてるんだ。教導騎士団には譲らんぞ」

 バカが! 何で騎士団入団が前提なんだ。

「エスコートされるご令嬢がいらっしゃるようなので私はここでお暇致します!」

 そう言い残して下級貴族寮まで全力疾走で逃げ帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る