第185話 逃亡の果てに
【1】
私はゴッダードに戻ってからも、今度はセイラ・ライトスミスとして忙しい日々を送っていた。
私の知らないうちに、北部諸州でライトスミス商会の系列組合が異様に増えているのだ。
そもそもL&E投資顧問事務所ってなんだよ。
ライトスミス商会の100%子会社扱いになっているけれど商会主の私が全然知らないんだけれど。
夏至祭以降顔を見ていないなあとは思ってたんだ。
思ってたんだけれど、忙しかったし、バレたらヤバいと思ってこれ幸いと放って置いたらこんな事になっていたなんて。
最近はリオニーが全然ブレーキになって無いし。
それにクオーネのサロン・ド・ヨアンナの下に開設した男性用の社交クラブが、いつの間にか法人化されてているし。
おまけにシャピにまでL&E相場社交クラブって言う支店を作っているし。
その上ファナタウンに建設中のデカい建物の看板『
アンのシゴキから逃げ出して
「ヨアンナからエミリーメイド長のシゴキに耐えかねて、クオーネから脱走したと聞いたのだわ。こんな所にいたのだわ」
「どっ…どうしてこんな所に!」
「ロックフォール侯爵領のファナタウンに私が建てている建物なのだわ。ここに私、ファナ・ロックフォールがいて何がおかしいと言うのだわ。ちょうど良かったのだわ。貴女はゴーダー子爵家にもライトスミス家にも顔が利くのだわ。サッサと手伝うのだわ」
「いったい何を…」
「四の五の言わずにさっさと来るのだわ」
かくして私はファナに連行されてしまったのだった。
【2】
「明日の昼に王族の馬車がゴーダー子爵邸に来るのだわ。ゴーダー子爵邸に一週間滞在してハスラー王国に行くために必要な物をここで準備するのだわ。貴女はその調達と準備を手伝うんだわ」
無理やり押し込まれた馬車の中で、ファナが一方的に用件だけを告げる。
一体何を言われているのか私の理解が追い付かない。
「いきなりそう言われても、説明が無ければわからないわ」
「ついたら説明するのだわ。先ずセイラ・ライトスミスに使いを出して協力を取り付けるよう説得するのだわ。資金は王室からも十分出るし、足りなければ我が家が立て替えるのだわ。王族の体面を保てる準備が必要なのだわ」
「フェデス、私はファナ様とゴーダー子爵邸に行くのでライトスミス家に知らせて頂戴。それからコルデーにゴーダー子爵邸に直ぐに来るようにと、その時に連れて来るハウザー王国の作法を知っているメイドを集めておくようにとセイラ・ライトスミス様にお願いしてちょうだい」
「はい、セイラお嬢様」
「さすがはセイラ・カンボゾーラなのだわ。動きが速いのだわ。それでは馬車を出すのだわ」
動き出した馬車の中でファナが簡単に説明を始める。
国王陛下の第六子、ジャン殿下の異母妹に当たるエレノア第四王女がハウザー王国の福音派聖教会の神学校に留学する事が急遽決まったと言うのだ。
護衛の教導騎士が一人と随員として同い年の少女たちが三人だそうだ。
教導騎士はともかく随員も第四王女も聖年式を終えたばかりの十二歳の少女だと言う。
「一体なぜ急に福音派の神学校に王女が…」
「リチャード王子殿下を擁立する為にハウザー王国に取り入るつもりなのだわ。王妃殿下がハスラー聖公国の大公家を後ろ盾にしているから…」
困惑気味の私にファナが事もなげに言う。
私の頭にメリージャ大聖堂のダリア・バトリー大司祭の顔が浮かぶ。
なら企んだのはモン・ドール侯爵家とペスカトーレ侯爵家だろう。
リチャード王子殿下の擁立を企むモン・ドール侯爵家に、福音派に伝手が有るペスカトーレ侯爵家が協力しているという事か。
その政治的意図に十二歳の四女が生贄として使われたという事なのだろう。
「随員の三人は多分メイド替わりなのだわ。ペスカトーレ枢機卿とアラビアータ枢機卿、それにジェノベーゼ大司祭の養女が一人づつなのだわ。それも八月に入って突然に庶子を養女にしたのだわ」
「そんな付け焼刃の養女たちがメイドの役に立つのかしら」
「さあ…困るのも恥をかくのも王家と教導派なのだわ」
ファナはあっさりと切り捨ててしまっているが、私はそれを押し付けられている四人の少女たちが哀れだと思う。
「ゴッダードとメリージャのセイラカフェから獣人属のメイドを厳選してつけて貰いましょう。それくらいの費用は王家なら出せるでしょう」
「貴女の嫌いな教導派の娘たちなのだわ。獣人属のメイドなど付けるかどうか」
「三年も福音派の神学校で暮らすなら、だれが頼りになるかなんてすぐに気づくわよ。道具代わりに自分たちを使い捨てる親族より、セイラカフェのメイドの方が、温かくて親身になってくれると直ぐに気づくわ」
「上手く行けばよいけれど…。全員が教導派の大貴族だから、獣人属の国の神学校では異端なのだわ」
「その点は問題ないでしょう。福音派の神学校なら生徒は下級貴族の人属ばかりでしょうから。高位貴族の身分をひけらかして問題を起こす方が危険ですね」
「どういうことなの? ハウザー王国は獣人属の国なのだわ」
ハウザー王国の福音派聖教会は人属が牛耳っている。聖教会のトップは、人属の四子爵家の縁者で、司祭以上の聖職者は人属しかいないのだ。
その神学校なのだからまず人属しかいないと思って妥当だろう。
更にハウザー王国の人属に子爵以上の貴族は居ない。人属と獣人属の軋轢が宮廷と聖教会の対立になっている国なのだ。
「多分神学校では高位貴族は他の生徒から嫌われるでしょうね。校外に出れば獣人属の高位貴族からは侮られる事になりますから、かなり微妙な扱いになるでしょうね。たかだか十二歳の王女殿下たちがどこまで耐えられるかどうか。護衛の教導騎士が補佐できれば良いのですけれど」
「貴女詳しいわね。頼りにしてるのだわ」
「私もニワンゴ司祭様からの受け売りですから、セイラ・ライトスミス様に協力を依頼した訳で…」
「セイラカフェのメイドを通して、その四人を清貧派のシンパとして取り込むのだわ。心が弱っている時は親身になってくれる者がいればありがたいのだわ。どうせあの子たちは家族を恨むことになるのだから、壊れないようにメイドを通してフォローを頼むのだわ」
ファナが陰謀めいたことを口走っている。
後は私に丸投げするつもりだな、このヤロー!
まあそれを差し引いても私のすることは変わらない。
四人の少女たちの心が壊れないように最低限のフォローは必要なのだ。
元貴族のコルデー氏に、この一週間でシッカリあちらの現状と常識を教育して貰う。ハウザー王国の貴族階級を憎む彼なら、福音派に迎合するような指導はしないだろう。
それ以降もしっかり作法やハウザー王国の常識を指導でき、清貧派の考え方を教えられるメイドを主軸にハウザー王国の問題点をしっかり見極める目を養ってもらう。
そう考えるとどんな娘が来るのか少し楽しみになってきた。
「ファナ様、そこまで仰るのならば私の一存で遣らせていただきますよ。後で文句は聞きませんからね」
「それは構わないのだわ。貴女がセイラ・ライトスミスの意向を受けて動くのならば問題ないのだわ。セイラ・ライトスミスは間違わないのだわ」
その信頼はどこから出たの?
「私はどうなのでしょう?」
「貴女はすぐ暴走して危なっかしいのだわ。貴女一人には任せられないのだわ。私は身内や仲間が火傷を負うようなことを見たくないのだから、ライトスミス商会には必ず相談するのだわ」
私の正体がばれたらファナのセイラ・ライトスミスへの評価は駄々下がりするんだろうな。
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