第186話 護衛教導騎士
【1】
「保守的で原理主義の福音派は変化を嫌う。三年あんな神学校で学べば帰国して王立学校に入るときに学力に大幅な遅れが出ますよ」
開口一番にコルデー氏からダメ出しが出た。
私とファナがゴーダー子爵邸に到着するとほぼ時を同じくしてチャールズ・コルデー氏が到着した。
「セイラ・カンボゾーラ、この男は誰なのだわ」
「ライトスミス商会の法律顧問です。元ハウザー王国の法務官僚で貴族や内政の状況に詳しい方です」
「さすがはライトスミス商会なのだわ。しっかりと人材を押さえているのだわ。それなら早速状況を説明するのだわ」
ゴーダー子爵家の応接に通されて椅子に着くや否や、子爵の挨拶もそこそこに現状説明が始まった。
そして出た言葉が最初のコルデー氏の苦言である。
学業の習得と言う意味でこの留学を根本から否定する苦言であった。
「福音派の神学をいくら研鑽したところで、教導派や清貧派とは解釈が違い過ぎます。役に立つのは古典と古代言語と古典音楽、それに魔導理論は優れた物が有るが、それ以外は。特に三学四科は古すぎて話にならない」
チョット、役に立つ学問に全て”古”って文字が入ってるんですけれど。それって魔導理論以外は使えないって事だよね。
「それはもうメイドの指導させるほかないのだわ」
「基礎学力についてはそれで大丈夫でしょうが、神学や上級学術についてはどうでしょう? 特に第四王女は王立学校編入時にAクラスを狙わねばなりませんからな」
「カンボゾーラ子爵領の高等学問所と治癒院から教育係を呼びましょう。あそこなら獣人属の方で優秀な指導員がいらっしゃいます」
「聖職者の方ならそれは止めた方が良いですよ。福音派女子神学校では獣人属の聖職者は歓迎されない。かといって教導派の聖職者を入れると大きな火種になりそうですね」
「それならグレンフォードの治癒学校でどなたか紹介して頂きましょうか?」
「ボードレール枢機卿のお膝元は止めた方が良いのだわ。さすがに国王陛下も良い顔はしないのだわ。モン・ドール侯爵家やペスカトーレ侯爵家が噛んでいるなら、貴女の所でも苦情が出そうなのだわ」
「そう言えば教導騎士も一人ついてくるのですよね。男性のそれも教導騎士が福音派の女子神学校に入れるのですか?」
「ハウザーの王都の聖堂や修道院でも修道女の警備として騎士がつく事は普通に有るのですが、教導騎士を受け入れるかどうかとなると判りませんな」
「…それはハウザー王国の清貧派聖導女の場合でもですか?」
「詳しくは知りませんが、修道院の聖職者は修道女や聖導女が殆どですから、清貧派もかなりいると思いますよ。聖堂騎士団が警備についているところをよく見かけますからな」
「ファナ様、ヨアンナ様に連絡を入れてテレーズ聖導女に指導役をお願いできないでしょうか。出来ればケイン・シェーブル様に聖堂騎士として警護について頂ければ子供たちの指導は可能だと思うのですが」
「それは良い案なのだわ。ヨアンナに連絡して、二人をロックフォール侯爵家の聖堂に籍を移して、ファナタウンに派遣して貰うのだわ」
「なぜ? ロックフォール侯爵家に籍を移す必要が?」
「ゴルゴンゾーラ公爵家はジョンの身内と見られているのだわ。多分この計画は王妃殿下には極秘に進められているのだわ。あの王妃殿下がハウザー王国との関係修復など望むわけが無いのだわ。だからロックフォール侯爵家の関係者として、留学生の一行に紛れ込ませるのだわ」
王妃殿下に極秘…。
ペスカトーレ枢機卿たちが福音派と関係を持とうと画策している事を、ジャンヌは知っているのだろうか?
ロックフォール侯爵家に協力を求められていると言う事に違和感が有るが、ハウザー王国との太いパイプを持っているのは、ゴルゴンゾーラ公爵家とロックフォール侯爵家の二家だけだ。
違和感は有るが二択ならロックフォール侯爵家となるのが必然かも知れない。
「指導役の清貧派聖導女と聖堂騎士、そしてメイドが四人の計六人をこちらで手配して女子神学校に向かわせます。明日の朝にはメイド候補と引き合わせを行いましょう」
今日はもう遅い。ファナはゴーダー子爵邸に泊まるようなので、私はライトスミス家に帰ってメイドの人選に当たろう。
【2】
翌日人選したメイドを連れてゴーダー子爵家へ向かった。
全員、アンのお墨付きだけあって優秀な娘達だ。
…わたくしが側にいればこの娘達程度にはお嬢様を指導できたものを、口惜しくてたまりませんわ…
そんなアンの嘆きを聞きながら馬車にメイド達を乗せて、朝早くにゴーダー子爵邸に到着した。
メイド達をファナとゴーダー子爵に引き渡して王女殿下が着く迄の間、大奥様とお婆様のところへご挨拶に行ってお茶を頂いているとフットマンが私を呼びに来た。
第四王女一行が到着したようなので応接室に向かった。
「お前は、セイラ・カンボゾーラ! なぜこんなところに居る?」
私が応接室に入るなり、男性の大きな声が響いた。
ソファーに腰掛ける四人の少女たちの後ろで、似合わない革鎧を着て立っている男が声を上げた。
兵装は新品で高価なようだが、体に合っていない。中の人間はこの暑さの中、革鎧と言っても兵装だ。
運動とは縁の無さそうな小太りの弛んだ体形で、赤い顔をして顔じゅうから汗が滴り落ちて、いまにも倒れそうな表情をしている。
「少し落ち着くのだわ、マルケル・マリナーラ教導騎士小隊長」
少女たちと向かい合って優雅にお茶をに飲んでいたファナが冷たく言う。
マルケル・マリナーラ伯爵令息、Aクラスの同級生でマリナーラ元枢機卿の孫。マリナーラ司祭の庶子である。
唯々、怠惰な男で少なくとも騎士職に就くような男ではなかったはずだ。
「私はファナ様にお手伝いを依頼されただけよ。ゴーダー子爵家にもライトスミス商会にも伝手が有るのでね」
「そういう事なのだわ。ヨアンナやゴルゴンゾーラ公爵家には漏らしたくないし、グレンフォードの大聖堂にも知られたくない。頼れるのはゴッダードのゴーダー子爵家とライトスミス商会しかないのだわ」
「それよりもあなたこそ何故、教導騎士になんてなっているのよ」
「俺は教導騎士団の小隊長だ、士官だぞ! この任務を全うすれば中隊長として迎えて貰えるんだ!」
ジョバンニ・ペスカトーレの取り巻きをしていたが、実家の没落でこの役を押し付けられたのだろうと思っていたが、志願していたとは。
そもそも運動も不得手で成績だってあまり良くない、枢機卿の孫という忖度込みのAクラスだ。二年になればBクラスはおろかCクラスに落ちるだろう。
王立学校でこのまま燻ぶるよりはと、浮かび上がれる術を求めたのかもしれない。
私もファナの隣に腰を下ろすとマルケルを見上げる。
ただ立っているだけでこの有様では騎士としての役割なんて果たせない。
「なにより、教導騎士の身分では国境を越えられないわ。特命で許可が出ても、ハウザー王国内では間違いなく、拘束か監禁に近い状態で暮らす事になるでしょうね」
「うっ嘘だ! そっそんな話聞いていないぞ!」
「北部の貴族がどれだけハウザー王国の事を知っているというの? そもそもハウザー王国に繋がりの有る貴族なんてロックフォール侯爵家とゴルゴンゾーラ公爵家くらいのものなのよ」
「私はハウザー王国に行ったことが有るから判るのだわ。ハウザー王国では人属の貴族は下級貴族としか見られないのだわ。それに福音派の聖職者は上級貴族をかなり憎んでいるのだわ」
「私も何度かハウザー王国のメリージャの街には行った事が有りますが、高位貴族と聖教会の対立の大きなところですね。教導派の思想を振りかざせばタダでは済まされないでしょう。王女殿下はともかく随員の教導騎士など、一つ間違うと命にかかわりますよ」
私の脅しにマルケルもだが、王女もお付きの少女たちも顔色を変えて震え出した。
マルケルが絞り出すような声で問うてくる。
「俺は、いったいどうすればいいんだ?」
「国境を抜けてメリージャに着いたら聖堂騎士団と入れ替わりましょう。聖堂騎士はこちらで実力者を手配しましょう。あなたはその間にしっかりと騎士としての修行を積むことね」
今のマルケル・マリナーラでは使い物にならないどころか、係争の火種になりかねない。
ここで排除してしまう事にしよう。
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