第187話 留学生
【1】
「そんな勝手なことを…、俺は教導騎士として…」
「そのブヨブヨの腹で、今でも汗だくで、王女殿下の護衛の癖に直立して警護する事もままならない今の姿で、何が騎士なの? 今誰かに襲われても戦えないじゃないの」
「黙れ! 命を懸ける覚悟は出来ている!」
「バカじゃないの。死ぬのは勝手だけれど、護衛のあなたが死んで王女殿下は誰が守るの? 死んだあなたは名誉の戦死でも王女殿下は辛い目に遭うかもしれないのよ。よく死ぬなんて身勝手な言葉が口に出来たものね」
私の言葉に王女殿下たち四人は顔色を無くし、体を寄せ合って震え出した。
「ファナ・ロックフォール。この者の申した事は本当なのですか? 私は一体どうすれば良いのですか?」
「ええ、概ね事実でなのだわ。人質として送られるのだもの、もしラスカル王国とハウザー王国の関係が悪化すれば命の危険も考えられるのだわ」
事実だけれどこういう時ファナは容赦が無いなあ。
「私は…私は王女なのですよ!」
「私たちはあちらの神学校にお勉強に行くのです。人質などでは…」
「ええ、そうなのだわ。あなた達が平民なら誰も気にもかけないただの留学生だけれど、王女だから、高位貴族の子女だから、その身分だけでも人質として価値が有るからハウザー王国に送られるのだわ」
ファナの容赦ない言葉に四人は抱き合って泣き出してしまった。
マルケル・マリナーラも蒼い顔で膝を折ってへたり込んでしまった。マルケルの方は体力的に限界だったのだろうが。
「ファナ様、もう少し柔らかく仰っても良かったのでは」
「どう言い繕うが、事実は変わらないのだわ。それなら初めに現実を知らせた方が良いのだわ」
それはそうだろうが、まだ十二になったばかりの少女にその言い方は無いだろう。
「王女殿下、私はセイラ・カンボゾーラと申します。この度はロックフォール侯爵令嬢のご依頼で殿下と随員の皆さんのお世話を仰せつかっております」
そう挨拶すると四人は涙をためた目で私を見た。
「ファナ様の仰る通り、皆さまは人質として王都を送り出されたことは間違いないと思います。けれど王族と高位貴族の子女で留学生という身分も偽りではありません。間違いがない限り、その身分は保証されます」
「間違いとは、一体どういうことなのでしょう?」
「先ず、あちらで愚かな行動をとらない事。教導派の教義を振りかざせばいらぬ軋轢を生みます。ハウザー王国は獣人属の国、獣人属に無体な行為はなさらない様に」
「もちろん、それは心得ています。私はそこまで愚かではありません」
教導派の心得ているがどの程度かは判らないが、今は触れないで話を進める。
「それに、あちらでは人属は平民か下級貴族です。身分を嵩に横暴な言動をすると人属から恨まれる事になります。ただ福音派の教義に染まる必要も有りません。そんな事をすると今度は帰国が難しくなります」
「難しいです。いったいどうすれば良いのでしょうか?」
「簡単な事です。下の者には種族の分け隔てなく優しく、上の者には毅然とした態度をお取りなさい。皆様を補佐してくれるハウザー王国の宮廷作法を弁えた獣人属のメイドを人選しております。一人ずつお付けいたします」
「もしかして、それはセイラカフェのメイドすっか?」
随員の令嬢の一人が顔を上げて聞いてきた。
「ええ、ゴッダードとメリージャで厳選したセイラカフェのトップメイドを一人づつお付けいたします」
困惑気味の王女と二人の随員の少女とは別に、質問してきた少女が顔を輝かせた。
「トップメイドなんすか? 嬉しい! 西部では隣の州にはセイラカフェが有るのにジェノベーゼ伯爵領には無いんすよ。従姉が予科に上がるときにセイラカフェのメイドを連れて自慢に来たのが悔しくて。私はゴッダードの本店のトップメイドを付けて貰えるのね。セイラカフェのお菓子も作ってもらえるんすか?」
この状況で、こんなポジティブな子、私は好きだよ。
「もちろんよ。それだけではないのよ、ここゴッダードはハバリー亭の本店もあるし、このゴーダー子爵邸でファナ様のトップシェフが修行をされていたの。それをたった八歳のファナ様が技量を見抜いて引き抜いて、お抱えのシェフにしたのよ。ここのメイドはその技も引き継いでいるの」
「ファナ様、すごいっす。さすがは美食の女王っすよ」
「まあ、私の舌にかかればそれくらいすぐ見抜けるのだわ。あなたも今日の食事はせいぜい期待しておくのだわ」
「ねえシモネッタ、そのセイラカフェとはどのようなところなのですか?」
「平民や準貴族の女の子がメイドの修行に行く所っす。しっかり勉強すれば十二迄に予科卒業程度の知識と作法を教えてもらえるっす。特にトップメイドは十二で王立学校卒業程度の技量があると言われてるっす。西部じゃあセイラカフェのメイドを付けて貰えるのは貴族子女の憧れっすよ」
「セイラ・カンボゾーラとやら。シモネッタの申したことは事実なのですか?」
「概ね間違いございません。南部では貴族家のメイドは、多くがセイラカフェ出身者に変わりつつあります。ハウザー王国でも国境のメリージャの街では辺境伯家をはじめ多くの貴族家にセイラカフェのメイドが採用されております」
「そのメイドが私どもにつくのですか? でもケダモノの…」
随員の少女の一人が言いかけた言葉を私が咎める。
「その言葉を口にしてはいけません。もちろんハウザー王国では当然ですが、この南部でもその言葉を発すれば、皆に嫌われて自分を貶めることになりますよ」
「そうですわ、ルクレッツア。言葉には気を使いなさいませ」
王女の言葉にルクレッツアは俯いて小さくハイと返事を返した。
「そう言えばあなた達の名前も聞いていなかったのだわ。まず私からご挨拶するのだわ。ロックフォール侯爵家の次女、ファナ・ロックフォールなのだわ。これからしばらくあなた方の指導に当たるのだわ。そして直接あなた達の指導をするのが、セイラ・カンボゾーラ。カンボゾーラ子爵家の一人娘なのだわ」
…妹ができたので若干違うのだけれど今言うことでもないかな。
「ファナ侯爵令嬢様、ご挨拶が遅れました。エレノア・ラップランドと申します」
第四王女が立ち上がり挨拶する。
「ルクレッツア・ペスカトーレと申します。ペスカトーレ侯爵家の養女でございます」
ペスカトーレという事はジョバンニの異母妹ということだろう。
「アマトリーチェ・アラビアータ、伯爵家の娘で御座います」
アラビアータ伯爵家と言えば東部方面の枢機卿家だ。
「私はシモネッタ。ジェノベーゼ伯爵家の養女っす。母さんは商人の四女で、大司祭に見初められて私を生んで、実家ごと大司祭様に支援して頂てたんすよ。それでこのお話が出た時に私、立候補して養女にして貰ったんす。だってこのままじゃあ成人式迎えたら修道女にされちゃうでしょ」
シモネッタは聞いていないことまでペラペラと喋り出したが、そう言う出自だから礼儀も出来ていないのか。
この娘は教導派の教義に染まっていないようだし、獣人属への偏見もなさそうだ。出自が似ているから親近感を覚えるが、このままでは困る。
王女殿下とは良好な関係を維持している様だが、他の二人との関係はどうなのだろう。
枢機卿の養女と言うのだから教導派の教義は叩き込まれているだろうが、自分を捨て駒にした親たちに対して含むところも有るだろう。この一週間ほどでどれくらい使える様になるか腕の見せ所だろう。
「それではゴッダードの本店から二人メイドを連れてきております。明日にはメリージャから、ハスラー王国の宮廷作法や聖教会の内情に詳しいメイドが派遣されてまいります。二人とも入っていらっしゃい」
狼獣人と熊獣人の二人が入って来た。
「初めまして、ウルスラと申します。経済学には精通しております。財務計算や簿記、帳簿付けなんでもお申し付けください」
「ベルナルダと申します。水魔法と土魔法の二重属性を持っております。魔道については些か長けていると自負しております」
二人の挨拶に王女たちはが驚きの表情を浮かべる。
ゴッダードでは優秀な人材が育っているのだ。
「それでセイラお嬢様、その部屋の隅で黄昏ている肉塊は何のでしょう」
…マルケルの事を忘れてた。
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