第188話 騎士の修業

【1】

 神学校への留学と言っても王国の王女の一行である。

 それがわずか三人の随員代わりの少女が三人と護衛騎士が一人だけ。

 どう考えても捨てられたも同然の扱いである。

 幼いとは言え不満が無い筈はない。


「王女殿下、セイラカフェメイドは護衛としての能力も優れております。出来れば常にだれか一人は近くに連れていてください」

「メイド…なのですよね。それにエポワス教導騎士様が、王女殿下の護衛として任じられておりますが」

 ルクレッツア・ペスカトーレ伯爵令嬢が不思議そうに尋ねてきた。


「マルケル・マリナーラ教導騎士様、どちらかのメイドと腕試しを致しませんか?」

「勘弁してくれ。お前のメイドの話は知っている。近衛騎士より強いと評判じゃないか」

「そうっすよ。セイラカフェのトップメイドは一人で騎士三人分の実力って聞いてるっす」

「アドルフィーネお姉様やリオニーお姉様たちならともかく私達はそこまでは。傭兵や冒険者ならいざしらず、さすがに騎士様三人となるとお嬢様を逃がすだけで精一杯です」

 私についていたウルヴァが恥ずかしそうに答えた。


「…傭兵相手なら可能ということですか。ウルスラとベルナルダと申しましたね。私はエレノア・ラップランドと申します。この国の第四王女です。これから三年宜しく頼みます」

 ウルスラとベルナルダがひざまずき、臣下の礼を取る。

「エレノア様、そのような素性も知れぬ者を臣下に迎えるのは早計かと」

 ルクレッツアが嗜めるように口を挟むのを、エレノア王女は手で制して答える。


「所作を見ればメイドの技量はわかります。ここまでの道中、身の回りの事も儘なりませんでした。これで国境を超えても恥をかかなくてすみます。ルクレッツア、あなたもメイドの真似事をしなくても済むのですよ」

 王女の言葉に合点がいったのか、ルクレッツアも口を閉じた。


「さあ、皆様お疲れでしょう。ベルナルダ、あなたは王女殿下たち三人をお部屋にご案内して夕食まで休んで貰って。シモネッタさん、あなたには礼儀作法や所作をウルスラにしっかりと指導してもらいますよ。鐘半分お勉強が済めば、王女殿下と合流してお茶になさいませ」

 四人は二人のメイドに先導されて二階の客室に上っていった。


「マルケル・マリナーラ。そこに座るのだわ」

 ファナがマルケルをソファーに座らせる。

「あの四人についてあなたの意見が聞きたいわ。それからあなたの今後の身の振り方に対しても」


「…卒業式の少し前に急に決まったことらしい。実際に王女殿下に告げられたのは卒業式の翌週、成年式の一週間前だったそうだ。俺に話が来たのは卒業式の二日後で教導派の大司祭と枢機卿の家系だけに内密に話が来た。家格を揃える必要があったって聞いている」

 教導派の考えそうなことだ。家格さえ高ければどうにかなるとでも思っているのだろうか。


「教導騎士団の庶子で誰かという話だったが、俺が手を上げた。曲がりなりにもマリナーラ伯爵家の正妻の三男だ、すぐに決まったよ。どうせ爺さんが没落して父上は大司祭を継げる器じゃない。俺だって来年からは多分Cクラス落ちだ。このままじゃあジリ貧だと思ったんだ。まさかここまで酷い待遇だとは思っていなかったけれどな」


「あなたがそう思うということは、あの四人もそう感じているということなのかしら」

「自分から名乗りを上げたシモネッタ・ジェノベーゼはともかく、他の三人もかなり不満に思っているだろうな。特に王女殿下は国王夫妻に捨てられたと感じているんじゃないか」


「あとの二人はどうなの」

「ルクレッツア・ペスカトーレは相当溜め込んでいるようだな。後を継ぐ兄貴がジョバンニだろう。これまでもかなり嫌な目にあってきているようで実家に怒りを募らせている。アマトリーチェ・アラビアータは…、いまいち腹の底が見えない。口数も少なくて感情も表に出さない。ルクレッツアとは対象的だな。ただ親に対しては同じように不信感を持っているようだ」


 この留学生、うまく使えば清貧派の助けになるかもしれない。

 メリージャの街ではサンペドロ辺境伯家とダリア・バトリー大司祭との対立は続いている。

 バトリー大司祭はペスカトーレ枢機卿と繋がっている事を、私もジャンヌの伯父のボードレール枢機卿も掴んでいる。


 今回の留学生の中に諜報要員と思しき者が入っていない事からも、ハウザー王国への関心の無さが伺われる。

 ただペスカトーレ枢機卿一派がなんの目的で王女を送り出したのか釈然としない。

 これでは捨て駒すぎるだろう。リチャード王子殿下の即位のための後ろ盾としてもかなり弱いと思う。

 ハスラー聖公国への牽制にはなっても、ハッスル神聖国がハウザー王国と和解するとは思えないからだ。

 こればかりは成り行きを見なければわからない。


「ここからはマルケル、あなたの話になるのだわ。あなたこれから一体どうするつもり?」

「どうと言っても、予定通り騎士として王女殿下に付き従うまでだ」

「騎士経験もないあなたが教導騎士として職務を遂行できるとは思えないのだわ。よくそんな事でこの任務に手を上げたものなのだわ」

「小隊長格でと言われたから部下がいると思ったんだ。一人で行くなんて当日になるまで知らなかった」


 そんな事だろうと思ったが、教導騎士など入国させてもらえないだろう。

 ゴリ押しで入国できても国境を超えた途端、福音騎士団に拘束されることは目に見えている。

 ハウザー王国との正式なパイプを持たない教皇派閥の思いつきに踊らされたのだろう。


「教導騎士では国境は通過できないわ。あなたは聖堂騎士としてハウザー王国に入ってもらう。あちらでも聖堂騎士として行動して頂戴。教導騎士だとバレたら拘束されて三年間牢暮らしだと覚悟しておいて」

 その言葉を聞いてマルケルは真っ青になった。


「解った。俺は今から聖堂騎士だ」

「それならこれから一週間付け焼き刃でも修行してもらうわよ」

 そう言って私がテーブルのハンドベルを振ると、屈強な騎士が入ってきた。


「こちらの騎士はゴッダード騎士団のボウマン副隊長よ。あのウィキンズ・ヴァクーラ先輩を指導していた方よ」

「お嬢さん、こいつですか、鍛えて欲しいと言う奴は」

「アワワワ…」

「貴様! 騎士でありながら挨拶の一つも出来んのか! 修正してやる!」

「まあ、この男は先週騎士になったばかりなので大目に見て下さい。この一週間で騎士のイロハだけでも叩き込んで頂ければ」


「応よ。こいつを死なねえ程度に鍛え上げりゃあ良いんだろう。俺に任せな、三日で人生終わらせてやるぜ」

 扉の向こうからもう一人顔を出した者が居る。

「エリン隊長…。いえ、隊長に出向いていただくまでも有りませんわ。それに人生終わらせるのはちょっと違うのでは…」

「そう言うなよ。俺、こう見えても近衛騎士団では大隊長まで務めたんだぜ。上級貴族連中には色々と怨みが有んだよ」

「隊長、それは私怨ですよ。セイラお嬢さん、一週間で出来ることは知れていますが、精神だけは叩き込んでやりますよ」


 そう言って二人はほぼ失神寸前のマルケルを連れて騎士団に帰って行った。

 これからモラハラてんこ盛りの海兵隊式ブートキャンプが始まるんだろうなあ。こっちには人権団体なんて無いから。

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