第111話 アジアーゴ封鎖(2)

【3】

 日の出前にアジアーゴの沖合に出現した大船団に港内はパニックになっていた。アジアーゴの港にはギリア王国軍だとかガレ王国の海軍だとか憶測が飛び回っていたが、朝日を背に沖合に現れた船団のシルエットと潮風にはためく船団旗はそれがシャピのものであることを示していた。


 アジアーゴの市民や船乗りたちは同国内の船団であったことで、これからの戦闘の可能性が薄れ安堵の気配が溢れ出した。

 しかし裏腹にアジアーゴの海上警備団や騎士団、何よりペスカトーレ侯爵家は緊張に包まれていた。


 シャピ船団より入港許可の手旗信号が出されているが、いきなりこの数の船団を受け入れることは出来ない。

 アジアーゴの海上警備団は大型艦の入港に危機感を感じて、沖合いでの待機を命じ騎士団にお伺いを立てた。


 騎士団からこの大船団の入港目的を明確にしないうちは許可は出さないとの通達が出されて、慌てた海上警備団はカッターを仕立てて旗艦と思しき船に領主館から来てもらった役人を乗せて入港目的の確認に向かった


「一体何事だ! シャピからの大船団だぞ。予定では明日にでもギリア王国の開戦の布告と初戦の勝利宣言が出されるはずではなかったのか? まさかギリア王国への宣戦布告? いやダプラ王国に対してか?」

「ラスカル王宮はガレ王国の意見を尊重すると表明しております。ガレはダプラ支持のスタンスながら、調停に入っておりますので王宮が宣戦布告するのは時期尚早でしょう。それに王妃殿下は直接介入には消極的ですし」

「それもギリア王国の勝利宣言が出れば変わる! 王妃の言いなりになどさせるものか。この国の主権者は国王陛下だぞ。どうせ国際情勢も見えぬ王妃がシャピに命じて威嚇でもさせるために派遣したのであろうよ」


 そういった議論がなされている間に、シャピ船団に派遣した役人が帰ってきた。

 部屋にはペスカトーレ枢機卿とその弟である大司祭そして執事や書記官、武官が集まっていた。

「報告いたします。シャピからの船団の目的は商船の護衛ということでありました」

「護衛? それがアジアーゴとなんの関係がある? アジアーゴに入港する商戦の護衛にしても数が多すぎるではないか。何一つ明確な説明にはなっておらん」


「いえ、何隻かはガレとハスラーに向かう商船の護衛なのですが、主目的はアジアーゴの商船の護衛ということだそうであります」

「ますます分からんぞ。なぜシャピの商船がアジアーゴの商船の護衛をする」


「いえそれまでは…。ただ船団長のベラミー船長よりグレースとかいう船長が書いたという親書が託されておりますのでご確認いただければわかると」

「親書? 平民の船長ごときがか。まあ良い」


 受け取った親書を読み始めたペスカトーレ枢機卿の顔には、はじめのうちは困惑が、そしてその表情は徐々に怒りに変わってきた。

「ふざけおって! 一体どこの差し金だ!」


「兄上、一体何が書かれておるのだ?」

「忌々しい。王妃か宰相が裏でなにか画策しおったのであろうが」

 そう言って開いた親書を弟の大司祭に押し付けた。


 そこには正式な王宮様式の作法に則って船団の目的が記載されている。

 ノース連合王内での内戦が顕在化し北方海域全般に私掠船が横行し航海の危険度が増している。

 そのためラスカル王国船籍の商船は自衛のため交易国であるガレやハスラーの商船と船団を組んで運行することで成果を上げてきた。


 今回ガリア王国のダプラ王国への宣戦布告で更に北海の危険度はましている。

 そこで国内の商船の安全を高めるためアジアーゴが運行させている商船にも護衛を兼任するシャピの商船を同行させたい。

 特に不必要ということであっても航海先が同じならば邪魔にならないように同行するので気に留める必要はない。


「これは…、アジアーゴの商船を監視するということか。拒否しようがどうしようが勝手についてくるということではないか」

「その上表面上は我々になんのデメリットもない。シャピの好意に託つけてアジアーゴを監視体制に置くと言っている」


「こんなことを仕掛けたのはメギツネの王妃かそれとも宰相なのか」

「いや、王妃や宰相の意向を汲んでとあるがそうでは無いようだ」

「ならばシャピの狼女伯爵カウンテスの仕業か」

「いや、今回はポワトー伯爵家の名前は出していない。商船の船長の親書という形態も不自然なのだが、ラスカル西部航路組合の連名になっている。この組合は一体何だ?」


 問われた書記官は汗を拭きつつしどろもどろで答えた。

「自分もあまり詳しくは…」

「使えん奴め。だれか、知っているものはおるか?」

 オズオズと執事が口を開く。

「昨年、王妃陛下が設立した御用組合かと…。なんでも主に西部方面の航路開発を行うために出資を募り、シャピの所属の商船は全てその組合に再編されたと聞いております」


「やはり裏で糸を引いていたのはあのメギツネではないか。いつのまにこんな手駒を作っておったのか」

「そう言われれば、ポワトー伯爵家の乗っ取りもあまりに手際が良すぎて不思議に思っておりましたが、兄上これは王妃の北部に食い込むための布石であったのでしょうか」

「当然だろう。海洋貿易の利権を教皇家から奪うためにコソコソと動いておったのだろう。考えても見ろ。ジョン王子の許嫁はあのヨアンナ・ゴルゴンゾーラだぞ。カロリーヌ・ポワトーの後見にも名前を連ねておるではないか」


「あの王妃、ここまで強かであったとは。反目するように見せかけてゴルゴンゾーラ公爵家も手駒にしておったとは」


【4】

 アジアーゴの商船団は動くことが出来ず無作為に二日を過ごした。

 その間にアジアーゴに入港していたハスラー船籍の商船がシャピの護衛船団と出港していった。

 その間シャピの商船は六隻づつ交代で入港し若干の補給と交易を済ませては沖合に戻っていった。


 アジアーゴの市内は比較的落ち着いているようだが警備兵や役人は異様にピリピリしている。街の景気もあまり良くないようだ。

 シャピ商船が入港した日の夕刻には王妃殿下の名でギリア王国を非難する声明が出され、続いて宰相閣下の名でダプラ王国への海賊船の襲撃事件の概要が発表された。

 そのためハッスル神聖国のギリア王国支持の表明は正当性を失ってしまったのである。


 そして今日の午後にはガレ王国がギリア王国への非難声明と宣戦布告宣言の撤廃、そしてガレ王国とダプラ王国への損害賠償の要求を突きつけたと情報がもたらされた。

 これと時を前後してハスラー聖大公が中立宣言を撤回しガレ王国支持を表明した旨の情報もアジアーゴに入ってきた。


 ハッスル神聖国は未だ沈黙を守っているがもう教皇に勝ち筋はない。

 明日か明後日にはギリア王国の敗戦声明が発せられるだろう。

 戦後処理においてもいち早くガレ王国支持、ギリア王国非難声明を発したラスカル王国の存在感は大きい。

 その反面ハッスル神聖国は戦後の処理交渉においても口を挟む機会を一切失う羽目になっった。

 シャピ護衛船団はギリアの敗戦声明を以て一部はガレ王国へ、後はシャピへの帰路につくためにその日のうちにアジアーゴを後にした。

 これを以て一連の北海の争乱は決着を見たのである。

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