第110話 アジアーゴ封鎖(1)
【1】
シャピに早馬を走らせてグレース船長たちの船団に出港準備を整えるように伝令を出した。
悪いがベラミー船長もたたき起こして河船を準備させ、船員全員を連れてシャピに戻る事になった。
もちろん私も同伴する。
北の初夏の日の出は早い。河船に乗る頃には空が白み始めていた。
カロリーヌたちの対応はアドルフィーネにお願いして、カロライナに滞在する役人たちを使って事に当たる様伝言を言づけておいた。
詳しい話は出来ないが全ては私とアヴァロン商事の一存で行ったと言う態をとる事でポワトー伯爵家や王妃殿下に火の粉がかからぬ様にする旨伝言を残して置いた。
アヴァロン商事にも今後の対応を周知させなければならない為ウルヴァには悪いがその根回しとフォローにはアドルフィーネと一緒に回って貰う。
鐘二つ分の船旅。河船がシャピに着いた頃には海事事務所に船長たちが集まっていた。
集まった船長たちはかなり興奮しているようだが、その原因は向こう気の強いグレース船長にある様だ。
「おい! 嬢ちゃん。なんでグレース船長の青シャチ号の船団だけ出航許可が出て、俺達に許可が出てねえんだ。こいつぁ片手落ちじゃねえのかい」
「応よ、なんでこんな若造の船長が出港できておれたちが足止めを食らってんだ! 先陣を切るのは俺達古参が筋ってもんだろう!」
船長たちはしばらく船を出せなかったフラストレーションがたまっている様だ。まるで遊びに出れない小学生のようだ。
「ヘン、こんだけ雁首並べてもセイラ様の頼りになるのはこのアタイしか居ねえって事だろうがよぅ。脳無し野郎めが、それくらい分れってんだよバカが」
そしてそれを煽りまくって悦に入っている大バカ者がここにいる。
「皆さん、落ち着いて私の話を聞いて下さい。あなた達を蔑ろにしているわけでは無いのです」
グレース船長の頭を一発叩いてから演台に上がって集まった船長たちに告げた。
「グレース船長の青シャチ号船団とベラミー船長の黒シャチ号船団を主軸に船団を再編し今日中にアジアーゴに向かって出港して貰いたのよ」
「「「おう、任せろ!」」」
威勢の良い声が部屋中に御響き渡る。
「勘違いすんじゃねえよ! 船団長はセイラ様の信任篤いアタイなんだからね」
「若造が何をぬかしやがる」
「てめえは道案内だけやってればいいんだよ」
「何だとてめえ!」
「グレース船長! 煽らないで。そんな事しなくてもあなたの実力なら問題ないから落ち着いて」
グレース船長が皆を煽るのも経験不足を侮られない為のブラフでもある。まあもともと口は悪く向こうっ気も強い性格だったのではあるが。
「費用はアヴァロン商事が出しますが、商品を仕込む暇も売り込む暇も有りません。食料と水と武器弾薬だけを積み込む時間だけしか有りません。黒シャチ船団と青シャチ船団は各艦がパイロットとなって大型帆船二隻を率いて三隻づつの護衛艦隊を組んで貰いアジアーゴに向かって貰います」
「「「ウォー!」」」
船長たちから歓声が上がる。
「よし! どの船が出るか決めようぜ!」
「ジンの樽とグラスを持ってこい!」
「飲み比べだ!」
「バカヤロー! いい加減にして頂戴! これから任務に出るんだから一杯でも酒を入れた奴は任務から外しますからね!」
「仕方ねぇ、腕相撲だ! 樽を持ってこい」
こいつ等は樽が無ければ生きていけないのか?
「ベラミー船長。疲れている所すまないけど、人選を任せられないかしら。このままじゃあ船団がムチャクチャになっちゃうわ」
「まあこいつらも溜まってるだけで、海に出ればすぐに落ち着くだろうぜ。おい! この猫
ベラミー船長を筆頭に黒シャチ号の船団の船長たちとは帰りの船の中で計画は打ち合わせ済みだ。
ベラミー船長たち護衛艦隊に参加させる船長たちと面談を行っている内に、青シャチ号船団の三隻の船長と航海士、水先人、水夫長を全員別室に招集し任務の詳細を告げる。
敵対しており目的は港の封鎖であっても、これから向かう場所は同じ国内の侯爵領である。
あからさまに威力行為や武力行使など出来る訳でもない。相手の港に出向きながらも武力攻撃に対しても最悪の場合は反撃する事もままならない。
そういう任務である。
目的はアジアーゴの帆船団をギリアの私掠船軍団と合流参加さえさせなければ良いのだ。
宰相閣下よりガレ王国支援の布告案の写しと、王妃殿下よりガレ王国への信書の素案は受け取っている。
これを拡大解釈してアヴァロン商事がその意向を汲んで独自に動くと言う筋書きで進めさせる。
もう直ぐベラミー船長が人選を終えて選定した船長や幹部船員を連れて戻って来るだろう。
そこから後はグレース船長たちに準備を任せてベラミー船長たちにも休んで貰おう。黒シャチ号船団の三隻は帰港したばかりなので、補給さえ終われば出向できる。
居残りの船員に任せれば事足りるだろう。
選定から外れた船長たちはシャピの守りに徹して貰う事を強調して自覚を促しておくように通達した。ハスラー聖公国とガレ王国の所属商船は希望するなら、今回の船団のどれかについて出向して貰っても良い。
事が落ち着けばそのまま希望する港に送り届ける為と第三国の関係者として事態を見て貰う事にもなる。
さすがにそこまで済ませるともう気力が続かない。
私も職員やメイド達に後を任せて出港迄仮眠をとらせて貰う。
【2】
結局昼食も取らずに鐘二つ分眠っていた。あと半刻で午後の二の鐘だ。
遅めの昼食を食べながら状況の説明を聞く。
シャピの船団は六船団十八隻、それにハスラー商船三隻とガレ商船二隻が参加して二十三隻の大船団になる。
計画では午後の三の鐘を合図に全艦出港する。
そうなると出港迄あと鐘一つと少し、実際の準備時間は鐘一つ分在るか無いかだろう。入浴や洗濯など出来ないが大量に衣類を持ち込むわけにも行かない。
それはそれで仕方ない郷に入れば郷に従えという事だ。
鞄には下着は多めに、後は新型キュロット乗馬服とエヴェレット王女を真似て作った騎士服にズボン、新型の乗馬ブーツとモカシン靴と言う所か。
かさばる荷物は乗船に迷惑がかかる。せいぜい一週間程度の荷物量にしておこう。
後は大量の紙と鉛筆。
そして自衛用の武器として小型の投げナイフをホルスターに付けて太ももに巻く。腰に巻いた革バンドに大型のダガーを。
そして騎士服に着替えてブーツを履く。ブーツの内側にもナイフは忍ばせておこう。
革の鞄を引っ張って青シャチ号に向かうと船着き場は大量の人でごった返していた。
三の鐘で出港とは言うものの二十三隻が一斉に出て行く訳には行かない。
幸い初夏のこの頃なら日没まで鐘二つ分近い時間がある。
全隻出港して外洋に出てから日が暮れる事になる。今夜は夜間航行で明日の早朝にはアジアーゴの沖合に全艦姿を現す事になるだろう。
先頭で出港し夜間航行を先導するのは当然青シャチ号のグレース船長だ。
なんと言っても夜間航行の専門家である。
私は人混みを掻き分けて青シャチ号のタラップを登る。
「グレース船長、お世話になるわね。私の事は気を使わないで。素人が航海に口を挟むつもりは無いわ。その代わり役人や貴族との交渉ならば任せて頂戴」
「……」
「ああ、部屋も寝れるのならハンモックでも構わないわよ。向こうに着く迄はリンゴ樽だと思ってくれればいいから」
「セイラ様、バカな事をやっていないでとっとと降りますよ。ウルヴァ、荷物はお願するわ」
「アッ…アドルフィーネどうしてここに!?」
「カロライナからシャピまで鐘二つ分です。あの程度の仕事なら朝食の頃には片付きます。ここには昼過ぎについておりました」
「アドルフィーネお姉様がセイラ様は絶対船に乗ろうとすると仰って…」
なにそれ、ウチのメイド有能過ぎるんですけど。
折角この二人を言い包めてカロライナに残してきたのに!
「いやー! 私も行くんだ! 船でアジアーゴに行くんだー!」
「本当にもう。何を仰っているのです、子どもみたいに。聖教会教室の子供でももっと聞き訳がありますよ!」
アドルフィーネに引きずり降ろされた私は出港して行く船団を波止場で見送る事になってしまった。
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