第112話 夏至祭の準備
【1】
あの後ギリア王国は国王が退位する事でどうにか事態は収拾する方向で交渉が進んでいる。
今後ガレ王国とダプラ王国に多額の賠償金を支払う事になるだろうギリア王国は、国力を大きく削がれて国力を落とす事になるだろう。
ガレとダプラからはこれからも警戒されて国内外の影響力も無くなるだろう。
そしてギリア王国海軍を呼称していた船団の乗組員の大半は敗戦兵として帰国したが、以外にも幹部クラスの将官がガレ王国への亡命を希望した事だ。
後ろめたい事実に対してガレ王国が証言と引き換えにその命の保証を申し出たからだ。当然知り過ぎている船団の幹部は帰国すれば粛清の対象になりかねない。
今回の事件の裏には教導派聖教会の暗躍があり、ガレ王国にしても王家は清貧派では有る物の国内に教導派の貴族や聖教会も多く抱えている。
それらを黙らせる手段として彼らの証言を利用したのだ。
そしてハッスル神聖国はいまだに沈黙を守っている。
ダプラを襲った海賊船の乗組員はその国籍が殆んどハッスル神聖国の者であった。船籍がギリア王国であっても、乗組員は間違いなくハッスル神聖国で集められたものだ。
なにより海賊船二隻の船長は元ではあるがハッスル神聖国の貴族に名を連ねる者であった。
ただその件については乗組員は全て海賊として処刑され(…という事になっている)ているので、証言者は誰もいないし海賊は名前の公表だけで国籍は公にされていない。
ガレ王国からハッスル神聖国への脅しという事なのだろう、ハッスル神聖国は今回の事に対して全面的に口を閉ざしている。
そして取り敢えずシャピは日常を取り戻した私たちは学校へと戻って来たのだった。
【2】
しばらく居ないうちに校内は夏至祭の準備で浮かれまくっていた。
去年よりも学生の参画意識が高まっている様で、特に二学年を中心に色々な成果発表の企画が出ている。
アイザックやゴッドフリートたちも独自の企画を出したがっていた上、いつの間にかできていたニワンゴ学派!? の数学派閥学生たちが色々と独自研究を始めていた。
アレックス・ライオルは昨年から更に研究を進めて王水から金の抽出を実現したようだ。
それに触発されて昨年からの発表を見に来ていた学生たちも化学系の研究を始めている。
今年も上級貴族たちの独自の発表会や展示会で講義室は抑えられている。
礼拝堂は昨年からのカロリーヌとジャンヌの聖霊歌隊の合唱と訓話に加えて、聖霊歌や楽器を学んだ学生たちが歌や音楽の喜捨と言う名目で参加を申し出ている。
私は夏至祭の三日間を通して誰も使用申請が出ていない校舎の二階のある部分と備品倉庫を借り受けた。
そして聖教会工房から足つきの黒板を大量購入し備品倉庫に放り込んだ。
今は久しぶりに授業終了後の講義室で幾何系の学生を集めた集会を催している。
指導者が女性でリーダーも女性である私なのにメンバーは清々しいばかりに男ばかりの集まりである。
「皆さん、私から提案が有るの。この夏至祭で色々と研究会には参加する人もあるだろうけど独自研究も発表したくない?」
「それはもちろんやってみたいけれど、成果も纏まっていませんし大した研究でも無いですし…」
「それは僕も同じで、殿下の研究会にも参加していて、自分でも閃いた事は有るのですが…」
「でも講義室を借りてまで発表できるほどの研究では有りませんし…」
「でもそれであきらめたらそこで試合終了ですよ・・・!」
「とっいう事はセイラ様に何かアイディアがあるという事ですね」
「どう言う案なのですか?」
私の一言に全員が一斉に期待に満ちた視線を送って来た。
「いや、あなた達私に頼り過ぎてない? 少しは何かアイディアを出しなさいよ」
「でもセイラ様がそういう事を仰るときはもう既に何か思いついている時で…」
「僕たちが何か考えても単なる時間の無駄ですからサクサクと進めましょう」
ああ嫌だ。理系バカは効率論を最優先して情緒と言うものが足りない。
「ああ、仕方ないわねえ。あなた達にチャンスを提供するわ。ただ結果を出せるか出せないかはあなた達の努力と情熱次第という事だからね」
「それは当然です」
「規模は小さくても理論には自信がありますよ」
「私の理論は誰にも負けません」
…そうだよね。自己主張だけは皆強いんだよね。
「今回、私は校舎の二階の廊下を三日間借り切りました。発表したい者は廊下の壁に黒板を並べておきます。そこに自分の研究内容を解りやすく書き出して廊下を通るお客に説明と解説をして頂戴。注目を集められるかどうかはあなた達の説明と内容次第だからね」
「いったいどう云う…」
「まあ、あなた達は数学研究の露天商ね。研究に興味が有る人も無い人もどれだけ引き付ける事が出来るか。それに素直に話を聞いてくれる人ばかりじゃないわよ。反論や理論の穴を突かれた時に普通に対応できるかどうかも試されるのよ。上手く対応してあなた達の常連客になって貰えるようにね」
そう、要するにポスターセッションを提案してみたのだ。方法を提示した後は各自が手探りで頑張ってくれたまえ。
「なんとなくやる事は分かリました」
「何より僕たちがどれだけうまく成果をまとめて発表できるか全員で比べようという事ですよね」
「でも黒板にチョークではインパクトが…」
「今回は私が紙と鉛筆をプレゼントするわ。鉛筆ならパン屑で擦れば消す事も出来るしインクより安く簡単に使えるから工夫して頂戴。その紙を黒板に張って説明をするのよ」
「よし! お前たちには負けない発表をしてやる」
「通行人を全部取られて吠え面かくな!」
「いや、みんな仲良く協力し合って…ねっ」
「「「「イヤです!」」」」
「「「「こいつ等に負けたくありません」」」」
こいつらは本当に…。
…まあ数学者は性格の曲がってる奴も多いし…フェルマーとかピタゴラスとか。
どうにか参加者全員にクラスの他の生徒にも声をかけて参加を募るように呼びかけをして貰うようにお願いをしたけれどどこまでやってくれるか。
あまり期待はしていなかったけれど、翌日から放課後の講義室を借りて資料作成が始まった。
それに興味を示した他の生徒から噂が広まり、参加希望者はどんどん増え始めたのだ。
そうなると黒板の設置場所の占有を謀る者や複数の黒板を得ようと企む者も出て来て収拾がつかなくなったが、敢えて私は口を出さなかった。
お互いに牽制しあいつつも自主的に委員会が出来て、一人黒板一枚、発表場所はクジ引き、日替わりで尚且つ午前と午後に分かれて発表を行う事になったようだ。
発表者も数学関係者以外でも化学系の錬金術研究や魔導研究などの分野での学生たちも参加を表明して多彩なポスターセッションになりそうだ。
私は初日に校舎の階段の踊り場を借りて派手にポスターセッションをぶち上げてやった。
黒板に張り付けた六割近くが完成した対数表を前に、デモンストレーション用に作った巨大計算尺と三角関数尺を並べてのプレゼンテーションである。
当然ニワンゴ師の研究に対する出資を募るためだ。
まだまだ精度の低い対数表と計算尺ではあるが三桁程度の計算ならほぼ正確な精度を出せている。
そしてこのプレゼンが呼び水になって二階のポスターセッションに興味を持った外部参加者たちが次々に二階に誘導されて行った。
理解したかね学生諸君、これがプロのプレゼンと言うものなのだよ。
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