第97話 アルハズ州炎上(2)

【3】

「勘違いなさらないでくださいまし。今回の騒動は、州都騎士団の反乱が根源にあるのです。モン・ドール侯爵家への恨みを抱く者たちが、各地の州都騎士団に潜んでおります。我が領には、無理を言って近衛の北大隊から騎士団長を派遣していただいたのですが。」


 ユリシア・マンスール伯爵令嬢は、アントワネット・シェブリへの不信感を募らせていた。

 当初はアントワネット派と呼ばれる村をターゲットに、課税と徴用を行い、近隣の村々を焚き付けて村同士の監視体制を敷いた。

 彼女の策は当初、見事に功を奏した。アントワネット派の村を標的に課税や徴用を行い、近隣の村同士を争わせ、領主の支配を確固たるものにできたのだ。

 しかしそれが、思わぬ方向に動き出してしまったのだ。


 他州から流入してきた異端者たちが、聖女ジョアンナの顕彰を叫び、州内に混乱をもたらした。

 一時は、州内の勢力が消耗し、領主への反抗勢力が弱まったかに思われた。だが、ペスカトーレ教皇がジョアンナを枢機卿に追贈するという、予期せぬ事態が発生した。

 アントワネットの言う通り、ジョバンニと教皇猊下が勝手に画策した事なのだろうがあまりにも早急すぎる。

 アントワネット自身も、教皇のこの決定が事態を悪化させるとは予想していなかった。


「私も迂闊でした。まさか教皇猊下が、孫娘への愛情ゆえに、このような大胆なことをなさるとは。私も驚きを隠せませんでしたが、一介の伯爵令嬢に過ぎない私が、教皇猊下の威光に逆らうことはできませんでした。」


 アントワネットも、教皇を焚きつけてみたものの、ここまで事態が深刻になるとは考えていなかった。

 北部領地には、彼女たち教導派はもちろん、清貧派のセイラ・カンボゾーラですら知らない、謎の集団が暗躍しているらしい。


 アントワネットは、この集団を操れば、事態を自分の思い通りに動かせると思っていた。

 奴らなら、取り込めないまでも上手く御せる自信はあったのだ。

 あの顕彰デモを率いていたのがこの集団ならば、州都の城門前で全て晒し首にしてしまえばよかった。

 それが、首謀者たちが自ら首を差し出して解散を進言するなど、アントワネットも予想すらしていなかった。


「州兵どもは、卑しい農民上がりが多いのです。あの背教者たちに、何か情が移ったのでございましょう。州都騎士団には、その日の担当騎士を処罰するよう命じたが、越権行為だとはねつけられてしまいました。たかだか子爵の分際で、伯爵家の私に逆らうとは、言語道断な行為でございますよ!」

 マンスール伯爵令嬢は憤り、怨嗟の言葉を吐いた。


 モン・ドール中隊長の事件が、州都騎士団との間に深い溝を作ってしまったようだ。今回の騒動も、州都騎士団が意図的に介入し、事態を複雑にしている。州兵たちは、暴動農民をダッレーヴォ州やオーブラック州へと追放している。これは、モン・ドール侯爵家への不信感を煽り、勢力を削ぐための策略に違いない。


「今回のことは、モン・ドール中隊長殿の不祥事のつけが回ってきたのですわ。モン・ドール侯爵家と対立している旧近衛将校の元上司であるエポワス伯爵家には、苦情を申し立てておこうと思っております」


「そんなことで事態は収束しませんわ! アントワネット様は実害を被っていないから、そのような悠長な事が言えるのです! 我が領では、教導騎士団にも領主の私兵団にも死者が出ているのです! あの農民風情が、聖教会に牙をむいたのですよ!」


 ユリシアは、アントワネットにこう訴えた。そして、こう続けた。

「あの農民たちは、領主の私兵を殺し、聖教会の騎士団を殺したのです! これならば、言い訳も立つでしょう。大規模な粛清に乗り出せるはずです。そして、この機会に、私たちの手駒となる者たち以外を始末することもできます。」


 アントワネットは、ユリシアの言葉に耳を傾けた。

「ユリシア様、ご愁傷様でございます。このような暴挙は許せません。もう、彼らは私たちの庇護からは外れた、ただの罪人です。聖教会が庇護する必要はございません。徹底的に討伐いたして下さいませ。私も後押しをして、声明を出しましょう。騎士団の一部もお貸しいたしましょう。」


「それはありがたいお言葉ですが、この広い領地で全てを網羅するには、州兵の動員力がなければ…」


「州兵や州都騎士団は敵です。一切介入を許してはなりません。それに、領や州の全てを網羅しなくても良いのです。州都騎士団がやったように、総力を持って一つ一つ追い払ったように、私どもは奴らを皆殺しにすれば良いのです。人数が勝っていればまだしも、そうでなければ、農民の下郎ごときに教導騎士団が負けるはずがありません。どうせこのまま帰っても、土地も家も全て失った農民共です。根絶やしにしたところで、今と変わりませんよ。麦を喰う口が減るだけ、間引いた方が良いかも知れませんね。」


【4】

 ユリシア・マンスール伯爵令嬢はアントワネットに対して不信も不満もあったが、教導騎士団の派遣をお願いできるなら今回の事は呑み込んでも良いかと思いアントワネットの提案に同意した。

 数日後、ダッレーヴォ州から百騎の教導騎士が派遣されてきた。この数は、破格と言えるほど多かった。


 この日からまずマンスール伯爵領内において教導騎士団による離散農民への残虐な虐殺が始まった。

 州内を巡回する州兵団の目を逃れながら、聖教会の私有地を回り略奪を繰り返していた農民たちの前に教導騎士団が現れた。

 州兵団のいる地域とは離れた村にいきなり大量の教導騎士団が出現したのだ。

 幾らか戦闘には慣れて来たと言ってもそこは元農民の素人集団である。

 殺した教導騎士や私兵団から剥ぎ取った武器で見栄えだけは繕っている者もいるが、統制も取れずただ闇雲に暴れ込むだけの素人集団である。


 抵抗などする暇も無くあっと言う間に全員が蹂躙され屠られてしまった。

 州兵との戦闘の際は逃走経路が残され、致命傷になるような攻撃も殆んど無かった。

 しかしこの教導騎士団は違う。

 初めから殺戮を目的として逃走経路を全て囲って一人残らず殲滅してしまったのだ。


 脱走者のいない殺戮は中々人の口に登り難い。

 離散農民がその惨状に気づいた時はマンスール伯爵領内に残っている離散農民は一割ほどになって、残りは積み上げられた死体と化してしまっていた。

 その農民たちが州兵団の下に逃げ込んで庇護を求めた頃には、教導騎士団は領境を越えて次の領の殲滅を半分ほどん済ませていた。

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