第102話 王子の離宮にて

【1】

 王妃殿下の離宮にはナデテが、ジョン王子にはウルヴァが使いに出た。

 王立学校には男女が密室で話し合える場所は建前上は無い。

 女子寮は男子禁制。

 男子寮も監視の目は緩いが原則女子生徒の立ち入りは禁止されているのでお茶会室は使えないのだ。

 男女で会って話し合う場合は男子寮の私室に忍びこむか、ガーデンテラスで会うかしかない。


 そして私たちは王立学校の大礼拝堂に居る。

 大礼拝堂に付属する小礼拝室だ。

 個別礼拝の為に十数人の人間が入れる上、防音もバッチリ。何より王立学校清貧派教徒の拠点でもある。

 お茶やお菓子は無いけれど密談には最適じゃないか。


「なんという…なんという事を、あの女はアルハズ州を実際に回って窮状を見ておるだろう。俺は奴が手ずから困窮農民に燕麦を配ったと聞いたぞ」

「その様ですね。アントワネット派と呼ばれる農村はアントワネット自らが訪れて喜捨をしたのでその信奉度合いが高かったと聞いています」

 ジョン王子の悲鳴に近い問いかけに私が答える。


「セイラ・カンボゾーラ、其の方らしくも無い。いつもの様に激昂せんのだな」

「怒りは通り越しました。私はもう…辛い」

「其の方はやり残したことが有るだろう。ジョバンニに蹴りを入れそびれたのだろう。今こそその時なのではないのか」


「そうなのだわ。もうここにあなたを止める者はいないのだわ」

「そうよ『父さん』。らしくも無い後悔より、あいつらをぶん殴る事を考えましょう」

「ジャンヌさんがセイラさんと入れ替わったようですね。セイラさんが先陣を切ってくれればポアチエ州は全力をあげてその指示に従いますわ」

「そうよね。これから王妃殿下にお会いするのだもの、こんな顔は見せられないわ」


【2】

 王妃殿下の迎えの馬車は驚くほど早くやって来た。馬車の御者席にはナデタが乗っており、迎えに来たナデタは王宮の門を入ってしまえば何故かほぼ顔パスで王妃殿下のもとまでたどり着けるのだ。

「わたしは顔が売れておりますから。ナデテだと押しが弱いので交代して迎えに参上いたしました」

 …一年を立たずに王宮でも幅をきかしているって、一体何をすればそんな事になるのだろう。

 ジョン王子も不信感も無く普通に頷いているし。


 馬車は王妃殿下の離宮では無くジョン王子の離宮に入った。

「母上の離宮では王太后の手下の目につくので母上には俺の離宮に移動して頂いた。まあバレるのは時間の問題ではあるがな」


 私たちはゾロゾロとジョン王子の離宮の談話室に入った。

 もう上座には王妃殿下が鎮座してナデテが給仕をしている。

「書簡はもう読ませて貰った。ナデタより事情や見解は聞いておる。時間が惜しいので直ぐにでも検討を始めよう」

 部屋に入るなり王妃殿下が開口一番にこう言った。


 一気に空気が張り詰め緊迫感がました。

 ジョン王子が代表して礼拝堂で話した内容を搔い摘んで話す。

「後はこのセイラ・カンボゾーラがジョバンニ・ペスカトーレに蹴りを入れる方法を考えるだけです。今回は教皇も枢機卿もアントワネット・シェブリも含めて全員に蹴りを入れさせましょう。止める者はおりませんから」


 勝手な事を言ってくれる。

 入れたいけれどその方法が思いつかないのだ。

「王妃殿下、私が王都の清貧派聖教会を通して糾弾の為の声明を出します。何よりも農民の殺戮を一刻も早く止めさせられるように」

 ジャンヌが一番に口を開いた。


「初手はそれfで良いかしら。でも教導派同士の、教導派領地内の争いでは大きくは影響しないかしら」

「それでも大義名分は立つ。今の聖女の言葉であるし、何より己が追贈した枢機卿様の娘の声明だ。無視する事も出来ないぞ」

 いつもならジャンヌの言葉に諸手を上げて賛成のジョン王子が、今日は冷静に状況を分析している。


「我が領の商船団を使って海軍軍船を伴なって交易を名目にアジアーゴに乗り込んで圧力を掛けては?」

「それは今は止めた方が良いのだわ。切り札としては有りだけれど、今それをやれば逆に火の手を大きくする可能性が高いのだわ」

 関連する地域が近隣の諸州である事からカロリーヌは危機感を募らせている様だ。

 何よりシェブル伯爵家はポワトー枢機卿の後釜を狙っており、隙を見せれば…いや隙を作らせてでも何か仕掛けてくるだろうから。


「決め手には欠けるが、良い意見が出ておると思うぞ。ただその割にはセイラ・カンボゾーラが大人しいな。何か含むところでもあるのか?」


「そもそもは私が余計な事をしたためだわ。これまでの繊維市場を一気に潰してしまったから…」

 事実早急なマニュファクチュアのせいでそれに乗り切れなかった領地を置き去りにしてきた。

 旧弊な考えを持つ者は篩い落とそうと考えていた結果がこう言った形で出てきたのだ。


「そんな事あなたが気にする必要など無いのだわ。あなたはハスラー聖公国やハウザー王国との争いを避ける為に動いて来て、戦争は回避されているはずなのだわ。ならそれを自慢すれば良いのだわ」

「まあそうじゃな。其方は常に関連する領地や業界に警告は発しておったであろう。少々強気に出たところで気に病む事は無い」


 貴族や王族の理屈ではそれで済むのかもしれないが、今でも大量の農民が死んでいる。このままマニュファクチュアリングを進めて行けば、取りこぼされる北部の農民は更に悲惨な状況になる。


「貴女の思っている事は何となくわかるかしら。でも余剰農民を殺しているのは教導派のあいつ等で、獣人属への憎悪を煽っているのも奴らかしら。貴女は奴らの領地の農民が追い出されれば受け入れられる素地は十分作っている。追放すれば簡単に収まるはずの事に殺すという選択肢を選んだのは奴らなのかしら。貴女は既にもう手を差し伸べているかしら」

 ヨアンナの優しさが心に沁みる。


「カンボゾーラ子爵領への難民の受け入れを表明しましょう。カンボゾーラ子爵領では麻疹疫の影響でまだ農民が足りません。それに紡績工場の稼働や土木工事でも人はまだまだ必要です」

「フフフ、受け皿は有ると表明するのだな。さてそれならばその難民の移送なら王家が口を出しても構うまい。近衛や州兵を動員して移動させる事も可能じゃ。州兵の統帥権はどこにあるか見せる事も肝要じゃからな」


「案外その案には例の清貧派の過激集団も乗って来るかも知れないのだわ。奴らの目的は北部諸州の農民を清貧派領に逃がす事。それならば連携は可能なのだわ」

「でもその為にその集団が首を賭けるのは止めさせなければいけないかしら。彼らを死なせずに受け入れられる方法を考える事も必要かしら」


「王妃殿下。それならば州兵に護衛させる事は…」

「ジャンヌさん。それは無理だわ。いくら王家でも州内の内政に係わる事には口を挟めないわ。先程のファナ様の言葉通りでポワトー伯爵家も…王家でも領内の内政に直接口を挟めば内戦になりかねない」


「ならば…州兵の、州都騎士団のトップに極秘裏に働きかける事は? 先ほどセイラさんの部屋で仰ってましたよね、州都騎士団と領主の間に反目が有ると。それに州兵は農民に同情的だと。それならば州都騎士団を通して…」


「それはどうかしら。貴女はもう少し人の悪意に目を向けるべきかしら。州兵のトップ。州都騎士団の上層部はこの騒乱を輸出しようと企んでいると思うの。逃げ延びた農民がこの先大人しくしていると本当に貴女は思っているのかしら?」


「そうよジャンヌさん。送り出した先がダッレーヴォ州とオーブラック州。南に位置するエポワス伯爵の握るヨンヌ州には農民を逃がしていないのよ」

「アルハズ州の騒乱は世情不安を抱える州に輸出されていると…」

「と言うより南のエポワス伯爵が何か関わっているのでは無いかしら。」

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