第103話 騎士団の暗躍

【1】

「それはエポワス伯爵が噛んでいると言う事なのでしょうか。あの方は教導派でも獣人属には偏見のない方だと思っていたのですが」

「ジャンヌ様のそのお考えに間違いはないですが、私がお会いした印象では全てにおいて近衛騎士団が第一とお考えの方でした。私としてはなんの躊躇いも無く近衛騎士団の副団長の座を引かれた事の方が意外でした」

 エポワス伯爵が近衛副団長時代に面識がありエマ姉との契約交渉にも立ち会っているアドルフィーネがその見解を述べた。


「そういえば…。そういえば軍務卿がそんな事を匂わせていたわ。ペルラン州の州都騎士団に賛同者がいるとか」

「軍務卿もグルなのかしら。エポワス伯爵は黒ね。ならストロガノフ近衛騎士団長も一枚かんでると考えていいのかしら」


「でも解りません。なぜ騎士団がこんな事を…」

 困惑気に口を開くジャンヌに私は言った。

「騎士団の再編ね。近衛騎士団と州都騎士団そして州兵を王家直属の陸軍として再編するつもりなんでしょう。戴く国王を誰にするかも口を挟めるくらい強力な」


「なっ! なんと申した! 国王の擁立に口を挟もうというのか!」

「実際に王妃殿下は海軍を握っておられるのも同然ではありませんか。ジョン王子殿下の後ろ盾として、一族や寄り子を束ねる大貴族の代わりに軍が台頭しようとしているのでしょう」


「それならば軍を再編成せずとも一族の貴族に働きかけて取り纏めれば済む事では無いですか?」

「カロリーヌ様が今、国内で力を持っているのは何も政治力の為では無いでしょう。経済力も有りますが逆らえば商船団の荒くれ者が黙っていない事も有るでしょう」


「…フム、解らぬではないがそれで何に意味を持つのだ。結局統帥権を持つのは俺たち王族や国王であろう」

「それでも睨みは利きますよ。何より既存の貴族の配下の中で造反する者も出てくる。地縁や血縁以外の新しい派閥が生まれつつあるのですよ」

「『父さん』そう上手く事が運ぶかしら。州都騎士団の目的は反乱農民を使ってやりたい事が有るからでしょう。多分…農民に教導騎士団を殺させようと思ってるのよ」


「それならばこの陸軍派閥はジョン王子殿下に組するつもりに違いないのだわ。これは私たちに有利な…」

「少し黙るかしら! そんな話は聞きたくないかしら。その為に屍を積み上げる様なものの支援なんて欲しくないかしら!」


「綺麗ごとじゃな。まあ其方の想いも解らぬではないが、この座にすわるならそれも呑み込む度量を磨く事じゃな」

「私は…そんな事で納得できないかしら!」

「さすればこの座にすわりその理を終わらせるのじゃな。だから今は呑み込め」

 王妃殿下はヨアンナの事を後継と認めたようだ。

 言っている事もあながち間違いではない。ただ私もヨアンナと同じでこのやり方は納得できない。

 やるにしても方法が有るはずだ。


「そうよ。アルハズ州は農民同士の軋轢が有ったかも知れないけれど周辺州は違うわ。それならば王妃殿下の指揮権でエポワス伯爵に要請して各州の州兵に難民の送り出しを、そしてエポワス伯爵の牛耳るヨンヌ州を通してカンボゾーラ領に…そうヨンヌ州の州都フェルミエからなら船でフィリポに直送できます」

「しかしそれをエポワスやストロガノフが吞むであろうか?」


「騎士団や州兵も農民の支持を基盤に発言力を得られるので拒否はしないでしょう。州都騎士団の権限を強くして州兵を増員すれば自ずと教導騎士団の権限は下がる」

「州兵を増やす? 其の方は何か考えが有るのだろう。いつもいつも含みを持った話し方をしおって」

 ジョン王子が少し眉をひそめて愚痴る。


「造反農民を州兵に組み込んでしまいましょう。元々余剰農民として追われた身ですし、アルハズ州での事件から考えれば州兵に好意的です。集めるのは簡単ですよ。輜重隊の予算を増やして糧食を供給すれば良い。州兵になれば飢えずに済むなら人は集まります。兵糧の援助ならアヴァロン商事が…きっとライトスミス商会もオーブラック商会も援助に手を挙げるでしょう」

「その案、採用しよう。さてそれではどこから始めるとするのが良いかな。其方らの考えを述べて見よ」


「ストロガノフ子爵やエポワス伯爵が一番削りたいのは三か所。モン・ドール侯爵のジュラ大聖堂教導騎士団と教皇直属のアジアーゴ大聖堂教導騎士団、そしてシェブリ伯爵家の持つロワール大聖堂教導騎士団だと思います」

 ジャンヌが王妃殿下に進言する。


「なぜそう思う?」

「北部を牛耳って来たこの三大騎士団が教導派の主力。これをを押さえれば教導騎士団は要を失って形骸化します」

「ならば次に軍部が狙うのはアジアーゴかしら」

「そうね。ジュラは王都に近すぎる。顕彰行進デモの発端もジュラなので、表立って教導騎士団に警戒されているのだわ。反対にロワールは州都自体は未だ盤石。それに回りをカンボゾーラ子爵領とカマンベール子爵領に挟まれてゴルゴンゾーラ公爵支持の北西部に隣接しているのだわ」


「アジアーゴは北海貿易の収益が下がっているはず。北海での戦争でかなり損失も出て弱っていると思います。威圧も兼ねるならシャピから船を出して流民の海上輸送も致しましょう」

「フム、陸と海両面で攻めるか。それも一案じゃな」

 カロリーヌの提言に王妃殿下も乗ってきた。


 次のターゲットは多分アジアーゴ。

 ジャンヌが内紛と流血事件そして教導騎士団による蜂起農民の弾圧についてのアントワネットの声明に対する抗議を正式表明した。


『暴力は避けるべきです。私は決してそれを容認するわけではありませんが、抑圧が極限に達したとき、民衆はどのようにして自分たちの権利を守るべきなのでしょうか? 無抵抗で抑圧を受け入れることが創造主の望みなのでしょうか? そうして死にゆくだけの存在ならば創造主はなんの為に農民を作られたのかと問いたい。抑圧された者たちには声を上げる権利があり、時には力を伴わなければならないのは事実です。平和が実現されるまで、権力者に対抗する意志を持たねばならない。民無くして国は立ち行かないと言う事を教導派聖教会は再認識すべきなのです!』

 

 ジャンヌの咆哮ともいうべきその宣言文は王都では大きな反響を呼んだ。

 それに呼応するかのように王妃殿下の難民救済宣言が発令された。

 ヨンヌ州とポワチエ州の州兵に対して流民となった農民の移送指示が出たのである。


【2】

「中々に思うようには行かんものだな。女王殿下は農民が死ぬ事をお厭いのようだ」

「やはりジョン王子殿下の御評判を気になされておるのでしょうか?」

「それも有るが、聖女ジャンヌを陣営に組み込んでいる手前、あのシェブリ伯爵家の小娘の発言は容認できんのであろう」


「それで閣下、如何致します?」

「ああ、当然エポワス伯爵家を中心に輜重隊を編成して人員の輸送を受ける。当初の目論みを外されたのは痛いが、少し予定が伸びるだけだ。王妃殿下には恩を売っておく」

「恩? なのですか」

「まあそう言うな。ジョン王子に軸足を置いている事を明確にせねばいかん。この様な状況で何一つ行動はおろか声明すら出せん今の国王陛下は戴くに値せん。寵妃殿下の実家のモン・ドール侯爵家も今回は醜態をされして身動きも出来ん。もうあそこはマルヌが握っていると考えても良い。この王家のていたらくな有様のままでリチャード王子が即位でもすればシェブリ伯爵家の天下が百年続くぞ」


「ペスカトーレ侯爵家では無く…でありますか?」

「当然だろう。今でもあの小娘は婚約者の大司祭も舅になるはずの枢機卿も掌で弄んでおる。いや教皇さえも手の上かも知れんぞ」

「なら尚の事アジアーゴの攻略が…」

「出来たらさっさとやっておる。まだ近衛騎士団の北大隊はあの男が健在なのだぞ。教導騎士団長と近衛北大隊長の兼任などをそもそも許した国王陛下の無策がこの事態を招いておるのだ」


「しかし王妃殿下は流民を州兵に採用する様にと申しておられるのですが」

「ああダッレーヴォ州でそれをやればペスカトーレ侯爵家の戦力を増やすだけだな。アルハズ州の難民を積極的にダッレーヴォ州にまわせ。輜重部隊に入れてをした後でな。それにあの者たちや籠城反乱農民崩れもだ。アントワネット様が仕切っている州だと言えばしっかりとだろう。我らの指示系統を構築するのは忘れるな!」


 エポワス伯爵とヨンヌ州の州都騎士団の間では新たな動きが出始めていた。

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