第101話 マンステールへの対策(2)
【3】
「ああ、ウルヴァちゃんは無事なのかしら」
カロリーヌや迎えに行ったアドルフィーネより先に現れたヨアンナは開口一番にそういってウルヴァの頭を撫でている。
アドルフィーネが持ってきたドライフルーツ入りのスコーンをウルヴァと分けて食べながら機嫌よくお茶を飲んでいる。
…叱られなくてよかった。
そして程なくしてジャンヌが蒼い顔でナデテと一緒にやってきた。
「セイラさん、ナデテさん…ナデテから来る途中で聞きました。北部で…アルハズ州でたくさんの人が死んでいるって…殺されているって」
「少し落ち着くのだわジャンヌ。今あなたが焦っても何も変わらないのだわ」
「ええ、ジャンヌさん。今は冷静になって下さいまし。状況を確認する事が大切なのでは無いですか」
「そんな! 落ち着いてなんて…そうですね。焦っても今私一人で何かできる訳でも無いですよね」
「いったいなのが起こったのかしら? ちゃんと説明して欲しいものかしら」
私たち四人の会話に驚いた風にヨアンナが顔をあげた。
何も聞かずに飛び出してきたのだから当然と言えば当然の質問だ。
「三人ともまずこれに目を通して下さいな」
私はリオニーの書写が終わっている一通をテーブルの上に置いた。
覗き込んで読み始めた三人の顔色がどんど悪くなってゆく。
この手紙には避難農民から聞き取った農村部の状況が記載されていた。
「ひどい! 農村どうしに殺し合いをさせているという事なのですか」
「どう考えてもアントワネットとユリシアが農村を煽り合っているとしか思えないかしら。あの二人が反目しているとは思えない。ユリシア・マンスールは自分の考えなんて持たない愚か者。どう考えてもアントワネットに踊らされているとしか思えないかしら」
「ああ、もしも私の領地もヨアンナ様に救われていなければ標的の一つにされていたのでしょうね」
「わたしもそう思いますよ。東部国境沿いのショーム伯爵領はエマ姉に皮革工房を取り上げられて借金まみれですし。アントワネットとしては貿易で潤うシャピの港は絶対欲しいでしょうから。それでこちらも目を通して頂きたいの」
続いてリオニーが写し終えた二通目を広げる。
こちらは市民開放要求書と聖女ジョアンナ顕彰
「これは裏に何かいる気がするのだわ。顕彰
「それを言えば顕彰
「州兵と聖教会の行動に何か齟齬が有る様な。なにやら教皇の枢機卿追贈発言も顕彰
「セイラさんはアントワネット様とユリシア様以外にも誰か別に動いていると言いたのね。やはり北部で活動している清貧派の過激組織でしょうか?」
「あんな奴らに敬称なんてつける必要はないわ! それにあの過激派なら清貧派の看板を上げるでしょう。今まで清貧派を名乗って農民を脱走させているのだもの」
「ならばほかにも教導派の仮面をつけた組織が動いていると言うのかしら?」
「そこ迄は断定できないけれど…」
「セイラさん、もしかすると州兵たちにそう言った組織が有るのでは?」
「ジャンヌ、それはどういう事なのかしら?」
「州兵や州都騎士団は農村や市民から徴用されたものが殆んどですから。反乱市民や反乱農民に同情的な…知り合いがいる可能性だってあるのですから」
「下の者はそうかも知れないけれど、幹部クラスがそれで納得するとは思えなにのだわ。極秘に逃がすならともかく十数人の首で事態を収束させるなら州都騎士団の幹部が関わっていなければ出来ないのだわ」
「アハ、ならそれが答えよ! 州都騎士団の幹部が領主家や聖教会と袂を分かっているのよ」
「その様ね。それが正解かしら。でも、どんな理由で」
「今回軍務卿の肝いりで州都騎士団の構成に大鉈が入ったでしょう。割を食ったのは第七、第八、第九の西大隊。エポワス副騎士団長の大隊。その原因を作ったのはモン・ドール中隊長たち北部中央の教皇派派閥。」
「ペルラン州もアルハズ州も西大隊の出身者?」
「ペルラン州は第九中隊の中隊長でした。多分アルハズ州も関係者だと思いますよ」
「オーブラック州とダッレーヴォ州はどうなのかしら?」
「ダッレーヴォ州は北大隊からの配属と聞いています。オーブラック州は知りませんが、海軍基地が有るのでその軋轢を避ける様な配置だと…清貧派が多い南大隊かしら?」
「セイラ様、最後の書写が終わりました」
リオニーの言葉を聞いて私は最期の手紙をテーブルに並べる。
これはマンステールの聖堂で発せられたアントワネットの声明文だ。
さすがにこれに目を通し始めたみんなの目が怒りに満ちてくる。
しばらくヨアンナが顔を伏せて怒りに肩を震わせていたが、いきなり手紙を引き裂こうとしてアドルフィーネたちに止められた。
「ごめんなさい。取り乱してしまったかしら。…でもこの女は許せないかしら」
怒りに満ちた表情ではあるが口調はいつも以上に冷静で冷徹であったことが怒りの深さを表している様だ。
「人でなし…。抵抗して殺されるか服従して飢え死か選べと言っている様なものでしょう。よくもまあこんな二択を迫ったものですよ」
「慈悲? 慈悲! どの口が慈悲などという言葉を吐いているのかしら? 農民信徒を弄んで殺している事を教導派では慈悲と言うのかしら」
「何よりも許せないのはお母様の名を使って農民を煽ったこと。お母様が慈しみ守ろうとした人達を殺す道具に使った事がどうしても許せない!」
「それだけではないかしら。アジアーゴでのジョバンニの演説で獣人属への憎しみを煽っているのよ。ユリシア・マンスールの実家が州内のアントワネット派の農地を没収して私領にしているのは聞いているかしら」
「それは私の耳のも入っているわ。シェブリ伯爵領は牧羊と小麦の生産とでうまく回しているので農民が麻疹で減っても困っていないのよ。それをダッレーヴォ州でも取り入れて上手くいきつつあるからアルハズ州でもやろうとしていると思うの」
「セイラ・カンボゾーラ。それはどういう事か聞きたいのだわ?」
「アルハズ州で邪魔な農民を間引いて空いた農地を領主直属の農場にして牧羊と燕麦栽培をさせるのよ。アントワネットが企んだのはそれで農民同士の対立を煽り自分は手を汚さない事。同情の言葉さえ口にしていれば憎悪と非難はマンスール伯爵家に向かうはずだった。教導派農民同士の争いに私たちは口を挟めないし。でもそれに予想外の勢力が食い込んできたという事ね」
「ひどい…。人手が余ったから殺してしまうなんて…」
「もうアルハズ州の農民の確執は収まらないのだわ。一度殺し合ってしまえばその憎しみを消す事は難しいのだわ。ジャンヌ・スティルトン。あなたもそれを理解してこれからの対策を考えるのだわ。あなたも聖女として人の上に立つ身ならもう綺麗ごとだけでは済まされないのだわ」
ファナらしい叱咤のやり方だ。
私(俺)は何も言わず自分の見解を続けた。
「農村開放要求や市民開放要求、そして顕彰
「そうですよね。アントワネット…は、州都の城門前で全員殺すつもりだったのでしょうね。それに治安維持に教導騎士団をはじめから使っていれば顕彰
「でもこれで収まりそうにないかしら。ジョンにも王妃殿下にも連絡を入れて対策を立てる必要があるかしら。それも早急に」
ヨアンナがそう言った時には既に三通の書簡の写しはジョン王子と王妃殿下の二人分が書き上がっており、更に予備の写しも四人のメイドによって書き終わりかけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます