第55話 セイラカフェ(メリージャ3)

【5】

 娘のシャルが勤め先から手紙を貰って来た。

 何かと思えば開店前に俺たち家族を店に招待してくれるという招待状だった。

 シャルでも読めるように簡単な単語を選んで大きな字で書いてあるが、綺麗な筆跡で文章も整っている。何より木札じゃなくて紙の手紙だ。

 こんな貧民街の子供の家族宛になぜここ迄するのか意図が図りかねる。


 シャルの話しでは商会主は十二の少女だそうで、その娘の発案だそうだ。

 この間はその両親がやってきて聖教会に挨拶に行ったそうなので、実際の経営はその両親だろう。

 多分娘の拍付けの為に店舗を開いて、聖教会に慈悲深いところをアピールするつもりなのだろう。寄付金代わりの店ならば貧民でも気兼ねなく行けるかもしれない。


 そんな事を考えているとマリーとアンヌの家族も俺の家にやってきた。

「コルデーさん。娘がとか言うものを貰って来たんだ。どうすればいいかなあ」

「ああ、うちのシャルロットも貰ってきましたよ。わたしたちは家族で行こうと思っています」

「大丈夫なんだろうかねえ。私みたいな下町の人間がそんな所に行って」

 アンヌの母親が心配そうに言う。


「都合が悪いなら招待なんかしないでしょう。まして下町に住んでいる子供を、字が少し読めるから程度で雇ってくれているんですからそんなことは承知の上でしょうよ」

「そんなもんかねえ。俺たちはあんたみたいに学が無いから難しい事は分らんよ」


「でもよう。同居の家族はみんなって言ってもうちみたいに沢山で押しかけて良いのかなあ」

「マリーは家族は何人って言ったんだ?」

「爺ちゃんと婆ちゃんと父ちゃん母ちゃん、エルザにダフネにフランク兄ちゃんでしょう、あとエティンヌおじさんとコリーヌおばさん、それから…」

「みんな、お店のお嬢さんは分かって招待状を書いた様だよ。気兼ねなく伺おう」

「この間来た経営者の夫妻も聖教会の大司祭に挨拶に行ったそうですから慈悲深い方なのでしょう。みんな揃って伺いましょう」

「あんたがそう言うなら大丈夫なんだろうねぇ。コルデーさん明日は宜しくお願いします」

 マリーの母親もそう言って頭を下げた。


「それじゃあ、明日はみんな一緒に行きましょう。何かあれば俺が対処しますから」

「そうして貰えると助かるよ」

「明日は何を着て行こうかねえ。そうは言っても大した服が有るわけでもないんだけどね」

 みんな嬉しそうに帰って行った。

 そうさ、どうせ金持ちの道楽代わりの偽善さ。それならば気兼ねなく楽しませてもらうさ。

 そんな風に思っていた。


 ◇◇◇◇


「恐れ入ります。入店前にしばしご容赦をお願い申し上げます」

 狼族だろうか、成年式を終えたばかりのような獣人属の少女が居住まいを正して一礼をした。

 仕立ての良いメイド服で寸分の隙も無い立ち姿は一人前の良家のメイドのようだ。


 普通は十二歳でメイドの見習い修行に出て礼儀作法を仕込まれる。

 それがもうその年でメイドとしての作法が出来ているという事なのか。シャルはメイド店員の三人は十二才だと言っていたが実は年齢を偽っているのか。


「ほんの少し息を止めて目をつぶって下さいまし」

 そんな事を考えながら立っていると突然そう言われて熱風が全身を包んだ。

 直ぐに熱風は収まったが、ポタポタと足元に南京虫共が落ちて行く。

「温度や風の調節が必要ですのでくれぐれも真似なさらぬように」

 何故その年齢で、それもメイドがそこまで高度な魔法を使えるのだ。


 気付くとシャルも他の二人ももう店内に入っている。

 俺も続いて店内に入った。

 店内には十代後半のメイド頭と思しき女性と二人の若いメイドが俺たちを迎えてくれた。俺たちごとき下層民に対して最大の礼をもって。


 混乱したまま席に着くとシャルたちメイド見習いが来てメニューを読み上げてオーダーを取る。

 驚いた事にシャル達三人の見習いたちにも、キッチリした仕立てのメイド服が与えられているのだ。

 又その所作も躾が行き届いている事が解る。

 シャルたち見習いがオーダーの皿を持ってテーブルを回る間に、奥からワゴンを押したメイド店員が現れた。


 我々にお茶を入れて回るのだが、その所作は貴族のメイドとしてでも通用するくらいに洗礼されていた。元伯爵令息であるこの俺が、この目で見てそう思うのだから間違いは無い。


 そして最後の現れた商会主である娘が店内に現れた。


【6】

カウンターの内側で様子を見ていたけれど、完全にリオニー達メイド店員の所作に吞み込まれてしまっている。

頃合いだろう。

カウンターの内より立ち上がるとみんなの前に躍り出た。


「みなさま、私どもの店にようこそ。商会主のセイラ・ライトスミスと申します」

そう告げて深々と一礼する。

「皆様方の娘様は私たちが責任をもってお預かりいたします。こちらに控えている三人のメイド店員は、ゴッダードの私どものセイラカフェで一年間修業を積んでまいりました。何よりも三年前からゴッダードのライトスミス工房で働きながら読み書きと算術を習ってまいりました」


「私どもライトスミス商会は、お預かりいたしましたお子様たちを三年後には、このメイド店員と同じ技量のメイドとして育て上げることをお誓いいたします」

シャルロットのお父さんが慌てて立ち上がった。

「ちょっと待ってくれ。あんたの言っている事が良くわからない。俺たちは字が読める十歳前後の子供って言う事で働きに出しただけだ」


「はい。その条件でお給金も提示させていただきました。ここでは交代で鐘一つ分の時間を読み書きと算術の授業に充てる事にしています。そこで簡単な帳簿付け迄は出来るように指導いたします。読み書きは必須でメイドの修行の手順書を読めるようになれば本格的にメイド修業が始まります。礼儀作法と案内状や挨拶状などの社交用の文書の代筆と給仕と着付けを聖年式までに修得できるように努めます」


「わしらは、店員にメイドの修行をさせて貰えるとは聞いていたけれどそんな事が出来るのかい」

マリーのお爺さんが質問してきた。

「ええ、私たちはゴッダードの街ですでに実績を積んでいます。もちろん此処に居る三人のメイド店員は特に実力の高いものを連れて来ていますが、他の店員が著しく劣っていることは有りません。すでに、地元の子爵家や大店にメイドに採用されたものが五人、ブリー州の侯爵家にも一人採用されています。本人の希望にもよりますが、十二才の秋になれば、希望者にはメイドとしての勤め先の口利きや契約の代行はさせていただきます」


「待ってくれ。俺はあんたの目的が解らない。この店は飲食店だろ。そんな事をして何の得が有るって言うんだ」

シャルロットのお父さんが困惑した表情で聞いて来た。

この人が全員のまとめ役らしいのだが、他の招待家族とは雰囲気が違う。学の有る人なのだろう。なぜこんな下町で暮らしているのかは知らないけど。

セイラカフェの目的を聞いて来た。金儲けでも慈善業でもない特殊な形態に困惑しているのが理解できる。


「優秀な人材の育成と確保です。貧しい子供たちの中から優秀な人材を見出して、上流階級に優秀な人材を供給する事です。人材を育成してもちろん受け入れ先からは口入れ料はいただきますが、就業契約はキッチリと行いますのでご安心ください。」

建前はね。


本音は情報収集とメリージャでのコネ作りだ。行政や貴族、大店などにメイドを供給しコネを作ると共に優秀なメイド達を通して情報の収集も行いたい。

「そんな事が本当にできるのか? 貴族が俺たち貧民の子を本当に雇ってくれるのか? 俺はまだ理解が出来ない」

「当然、この店で働くメイド店員たちの身元はライトスミス商会が保証いたします。先方もそれを承知で雇ってくれるのですから。実はもうすでにこの三人のメイド店員については商人連合や商工会の関係者からお声掛けが有るのです。…まあしかし店も開店していない状態で店員が居なくなると困りますからお断りしておりますが」


「コルデーさん、ありがとう。うちのアンヌに字を教えてくれて。字が読めれば助けになるって言ってくれてたけど半信半疑だった。でもそのお陰でこのお店に雇ってもらえた」

「そうだよ、うちのマリーも同じだ。そうだ、下の娘たちにも字を教えておくれ。なあお嬢さんこれからも見習いは増やすんだろう」

「採用には地縁や血縁は認めませんが、しっかりと学んで誠実に勤めようと思う者にはいつでも門戸を開いています。妹さん方もしっかり頑張ってください」


昼食会は終わり、みんなお土産を持って興奮の内に帰って行った。見習いっ子達も今日は早上がりだ。

シャルロットのお父さんのコルデー氏は何故か肩を落として帰って行った。

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