第56話 開店

【1】

 メリージャのセイラカフェが開店した。

 今日は招待客ばかりで、飛び込みの客は居ない。

 今日ここに集った面子が、明日からも来るであろう事を想像すると、明日からも飛び込みの客はほとんど来ないだろう。

 提供するメニューはゴッダードよりも豪華な物を揃え、料金設定も高めの設定である。


 オープンカフェスペースでは軽いサンドウィッチやオープンサンドも提供するが、室内のテーブルは商談が可能な重厚な造りで、クリームや卵や砂糖をふんだんに使った高級メニューに加え常連客に限定ではあるがワインも出す。

 基本的には昼食とアフタヌーンティ―が中心で、夕方には閉店する。日中の商談客をターゲットにしているのだ。

 ゴッダードと違って一般客には敷居の高い店だ。


 朝から来賓が続々と詰め掛けてきた。

 第一城郭からの馬車も次々にやって来る。そして昼前には伯爵家の紋章を施した市長のダルモン氏の馬車が車寄せに停まった。

 真っ赤なシュールコーをはためかせて馬車を降り立った三十代の男性がダルモン市長なのだろう。


 ここは店主自らお出迎えだ。

 私は白いボンネットに革のコルセット、ワンピースに革のブーツと言う格好だ。

「本日は私どものセイラカフェにようこそいらっしゃいました。お忙しい中のご来店誠にありがとうございます。店主のセイラ・ライトスミスと申します」

「ムッ、まだガキではないか。その方が店主か、酔狂な事だ」

 市長は名乗りもせずにずかずかと店内に入って行く。

 眉根に皺を寄せ怒りの表情を見せたリオニーをそっと目で制すと、グリンダに合図を送る。


「ようこそいらっしゃいました。席はご用意しております。どうぞご歓談くださいませ」

「お前は何だ?」

 市長は腰を下ろすとグリンダを見上げた。

「この店のメイド長を致しますグリンダと申します」

 市長はにやりと笑うと訳知り顔で頷いて続ける。

「ああ、そういう事か。まあ良い、茶と癇癪持ちの大司祭に供した物と同じものを持ってこい」


 アドルフィーナとナデテがポットのお茶と焼きたてのフレンチトーストで生クリームとフルーツを挟んだサンドウィッチを持ってきて給仕をする。

「ほお、これは豪華で美味いなあ」

「大司祭様には焼きたてを供する事が出来ませんでした。卵シロップのトーストは焼きたてが一番美味しいのです」

 グリンダの説明に市長は相好を崩して笑う。

「獣人属嫌いの大司祭の事だ、この店に来る事はあるまい。聖職者に有るまじき女だ。あの女より美味い物が食えるのならこの店を贔屓にしてやろう」


 市長の発言の中に気になる一言が有った。

「市長様。ありがとうございます。私どもセイラカフェはラスカル王国では清貧派の聖教会とつながりの深い店です。ラスカル王国内の獣人属を雇い入れる為にこの店を興しました。それがメリージャの大司祭様が教導派のようなお人ではこの店は立ち行きません」

「その方、店主のセイラとか申したな。帰ったら親によく申しておけ。ここの女大司祭は福音派とは名ばかり、ラスカル王国の教導派と繋がりを持とうと画策しておるとな」

「…なぜ? ハウザー王国でそのようなことを…」

「簡単な事よ。バトリー子爵家は元々ハウザーの貴族ではない。先の南部戦争の折に負けて併合されてたアイシス大公国の大公家だ。臣籍降下させられて子爵待遇でどうにか存続が許され領地も削られた。だからハウザー王国への恨みからだろうよ」


「南部戦争…そのような事が有ったのですね。せめてこの国境沿いではそんな事が起こらぬ様に願います」

「それはラスカル王国次第だろう。南部戦争もアイシスの王族に迫害された獣人属を救うために起こした戦争だ。ラスカル王国においても同じ事。ラスカル王国の獣人属の権利が侵害されるのならばハウザーは兵を出すであろうよ」

「その様な事に成らぬために私どもはこうして骨を折っております。清貧派の聖教会では今や種族の分け隔てなく聖教会教室が開かれております。ここで働くメイド店員たちもその教室で学んだ者たちですから」


「貧民の子供に教育など何になる…と思っておったが、このメイド達を見る限りでは成果はある様だな。よし、この中で一人わが屋敷で雇ってやろう」

「有り難い事ですが、今は困ります。この娘達はこの店の立ち上げと見習いの教育をするために連れてきた娘たち。今引き抜かれては店が立ち行かなくなります。本人の意思も有りますし、何よりこの娘達はラスカル国民ですから」

「まあ良いわ。店が落ち着けば一人我が家で面倒を見てやる。この子らと同レベルなら誰でもよい。半年後くらい迄には連れてまいれ」


 又来ると言い残して、市長は機嫌よく帰って行った。

 その後も商工会や商人連合、木工ギルドや鍛冶ギルドといった人たちのトップとの顔つなぎが進んだ。

 近隣の大店や商工会や商人連合の幹部たちが顧客になりそうだ。ラスカルから来るゴッダードの商人達もここを使う事に成るだろう。


 ハウザー王国は農業国だ。メリージャではゴッダードに比べて食品の単価が安い上に新鮮で品質も良い。

 その上この店は高級路線なので顧客単価が高い。非常に利益率の良い条件がそろっている。

 さすがはグリンダ、目の付け所が優れている。私の思い付きを収益力の有るかたちに実現する手腕は秀逸だ。

 店舗としては大成功だ。開店記念の昼食会は大盛況に終わった。


 ◇◇◇◇


 本来の目的である情報収集も、早々に大きな成果が掴めた。ただ見返りに人身御供を差し出さねばならないのは嫌だ。


 リオニーは閉店後もまだ市長に対して怒っていた。

「お嬢様をガキだと、ガキだとぬかしたんですヨ! あのオヤジは!」

「落ち付きなさいよリオニー。あんなおっさん、顔で笑って適当に相手してやればいいのよ。裏で舌を出していてもおだててれば気付きもしないわ」

「お嬢さま。アドルフィーナが黒いですぅ。何か真っ黒で悪いオーラが出てますよぉ~」

「落ち付きなさいナデテ。この娘は昔からこんなじゃないですか。無駄口をたたいてないでこの後夜のお客様が来るんですからさっさと片付けなさい」

「「「はいメイド長様」」」


 夜の客と言っても店を開ける訳ではない。

 ゴッダードでの会議に参加したヴォルフ氏とカルネイロ氏が来るのだ。

 そう言う事で見習いの三人は明日の仕込みを終えた後に家に帰した。


 日暮れ時、そろそろ周辺の店舗も店じまいし始める頃に、玄関ドアを開く音がした。

 振り返るとそこにはシャルロットの父のコルデー氏が立っていた。


「いらっしゃいませ。多分いらっしゃるだろうなあと思っておりました」

「俺が来るのもアンタの思惑通りなのか?」

「昨日のご様子からこの店の事が気になっていらしたのでしょう。シャルロットに今後の打ち合わせのために偉い人が来ると伝えておけば気になって来られるのではないかと思ってました」

「ああ、気になった。だから来た。あんたの考え通りにこの先も事を進ませたいなら市長もいけねえ。大司祭もいけねえ。忠告してやる。役人も聖教会も腐ってやがる。あんたの理想なんて夢のまた夢だよ」


「辛辣ですねえ。でももう市長様からうちのメイドを一人雇い入れると口約束ですがお言葉を頂戴しましたよ」

「子供だと思って舐められてるだけだぞ」

「本当に子供ですもの。舐められて当然ですわ」

「それでメイドを差し出すのか?」

「それはどうでしょう? でもこの娘達なら卒無く仕事をこなしながら、有益な情報も取って来てくれるでしょうね」

「子供だと侮っていればはらわたまで食いちぎられそうだな」

「こんな店主に子供を預けるのは怖いですか?」

「いや、シャルを預ける以上は腹を括った。客が来るまで時間は有るか?」

「鐘一つと半分は有りますね」

「それじゃあ俺の話を聞いてくれ。その客たちが来る前にな」

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