第27話 エポワス副団長(2)

【3】

「なんとも、モン・ドール中隊長のバカ者は厄介な事をしてくれたものだ。つまらん圧力を掛けて、大変な化け物を目覚めさせくれたものだ」

「それは失礼では御座いませんか、私は只の平民の小娘ですわ」

「ほう、そう申すならモン・ドールの言う条件で卸して頂けるのかな」


「見返り次第では、一度だけならば考えてもよろしゅうございますよ」

「と言う事は、少なくとも今の時点で鹿革三百ギースの在庫は確保していると言う事だな」

 エポワス副団長の目がギラリと光る。


「まあ、今回の鹿革製品の製造・縫製に関わっているのもシュナイダー商店ですし、条件も伺っておりましたから。それに備える為にオズマちゃんの在庫を引き取ったのですし」

「ほう、それならば…と申したいところだが、モン・ドールを喜ばせてやる義理も無い。その方どんな条件を出すつもりだったのだ」

「別に何のてらいも御座いませんわ。前回オズマちゃんが出した条件と同じ。相手の手札も読めずにレートを上げる気も御座いませんし」


「今回は軍事物資の供出命令だ。ワシの気持ち一つでその方の持つ在庫を全て買い叩く事も不可能ではないぞ」

「副団長閣下はそうはなさいませんでしょう。モン・ドール中隊長がご同席されているならパウロが提示した条件で全額前金から一歩も動かすつもりは御座いませんでした」

「ほおう、それはワシを買ってくれてと言う事か? 礼を言っておこう」

「モン・ドール中隊長の様な俗物ならば、オズマちゃんだけでも御せたのでしょうがね。副団長閣下となるとさすがに一筋縄ではまいりませんから。何より鹿革に限ってと言うのは牽強付会過ぎるのでは御座いませんか」


「まあな、チャップスや新しいモカシン? 靴とか申す物については注目をしている中隊も有るので強ち間違いでも無いのだぞ。チャップスだけに限れば第七中隊のゴリ押しでも通る可能性は有るのだぞ」

「それでも供出命令と仰られてもまだ発効されたわけでは御座いませんでしょう。何より決定もしていないのでは、今月中には間に合わないのでは御座いませんか」


「当然だ。鹿革に限っての特例も出んだろうな。それでもモン・ドールに提示した量の鹿革は供出して貰う。悪いがこれは後付けでも決定事項としてゴリ押しさせて貰う」

「本当に強引なのですね」

「一回限りだ。今回は泣いておいてくれ。価格も相場の八掛けだ」

「まあ、酷い。それでは足が出てしまいますわ。本当に泣かせるお心算ですの」

「まあワシはその気はなくとも教導騎士団はその心算のようだぞ」

「ほほぅ、近衛では無く教導騎士団がで御座いますか。モン・ドール中隊長は兄上のモン・ドール教導騎士団長の意向で動いていらっしゃると」

「さあな、ワシは知らんし聞いてはおらん。あ奴に泣きつかれたから手を貸しておるだけだ」


「泣いている中年男を宥める為に、若い娘を泣かせるなんて。見返りは有るのでしょうか」

「それも確約できんな。口添えはしてやるが、あとはそちらで儲けが出るように差配する事だな。彼奴から頼まれておるのは相場以下の値段でその方らの確保している七十五ギースの鹿革を今月中に手に入れてくれという事だけだ。その条件さえ守られれば、後は知った事では無いわ」


「もし…近衛騎士団でモカシン靴を採用することが有れば是非シュナイダー商店にお願い致したいものですわ」

「そういう事は、ライトスミス商会と懇意にしている団長にでもいう事だな。其の方らの家宰がどうとでも動くのだろう」

「左様でございますか。仕方御座いませんね。ですが今回限りでお願い致します。まあ今回以降は、教導騎士団関係者には直接かかわりは致しませんが」


「ああその方が良いだろうな。何かあればワシの娘にでも託ければ動いてやらんでもない。なにせ今時の娘たちの服装にはとんと疎いものでなあ。冬至祭に鹿革のドレスはどうかと言ったらえらくむくれられたのでな」

「ならば鹿革のモカシン靴を見立てさせましょう」


「ふむ、今回近衛騎士団では鹿革の乗馬靴やチャップスなどを使用するために特例で供出を命じたのだ。鹿革など高級品を使うのは将官クラスしかおらん。だから近衛での鹿革購入は今回限りだ。物が良ければ牛革か豚革で強度を上げたものを騎士団員に装備させる。どうせ自腹だ、金があるなら鹿革でも何でも好きにすればよいが、近衛騎士団の指定は今後牛革か豚革になるだろう。教導騎士団は知らんがな」


「副団長閣下は北部ではございませんでしたか?」

「領地の利益があるならモン・ドール侯爵家の話は聞くが、近衛騎士団は国中から来るのだ。ワシの部下は北部だけではないぞ。ストロガノフは東部貴族だが、北部貴族であったとしても関係ない。下らん俗物だから気に入らぬだけだ。そこを履き違えるな」


「肝に銘じておきます。それで閣下、三百ギースの四分の一、七十五ギースを月末三十日に納品すればよろしいのですね」

「ああ、七十五ギースで構わん。モカシン靴というものを一度試したいと思っておったのでな。娘と揃いの…」

「それは…お止めになった方が宜しいかと」

「むむ、そうか。ならば仕方ない。前金であったな。金貨六十枚だ、用意して渡してやれ! それとこちらの十枚はワシの娘の靴代だ」


「…宜しいのですか? モン・ドール中隊長は」

「この国の騎士団で最高峰は近衛騎士団だ。そして王都騎士団と各州の領都騎士団と続く。教導騎士団も聖堂騎士団もその下だよく覚えておけ。そしてワシは近衛騎士団の副団長だ。騎士としてワシの上に立っておるのは俗物のストロガノフしかおらんのだ!」

「私思い違いをしておりました。よく理解出来ましたわ」

「それは重畳。それが理解できたなら、帰るが良い」


「その前にエポワス副団長閣下、ご提案が御座います。靴について、新しい特許をお取りになるつもりは御座いませんか? 私どもと近衛騎士団との共同で」

「そのモカシン靴とか言う物か? それはもう王都の靴屋が一部真似を始めているではないか」

「ええ、聖女ジャンヌちゃんが一生懸命考えた靴ですのに特許の対象になりませんでしたわ。意匠に対する権利が主張できないのはおかしいとジャンヌちゃんが憤っておりましたが、それでは御座いませんの」


「聖女ジャンヌでも憤る事が有るのか。それが特許の事となると少々俗っぽいな。聖女と申すからもっと高雅な娘かと思っておったが」

「大人びて慈悲深い娘ですけれど普通の女の子ですわ。そのジャンヌちゃんとセイラちゃんの二人の聖女が考えた靴の特許が有るのですよ‥‥‥」


 エマがエポワス副団長の耳元で何やら囁いた。

「それは面白いな。もし良い物なら近衛騎士団の専属商人として全ての納品を委ねても良いぞ。先ずは試作を持ってこい…。いや、モン・ドールやペスカトーレに知れるのも業腹だ。娘の靴の試作に紛れ込ませろ。金貨を後五枚追加してやる」

「お任せください。これはグリンダにも漏らしませんわ」

「フフフ、判っておるではないか。今後も期待しておるぞ」


 オズマには二人の交渉の五割程度しか理解できなかったが、とてもうまく行ったようだ。

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