第28話 牽強付会(1)
【1】
「いったい何がどう成ったのですかエマさん」
オズマは近衛騎士団の門を出たとたんにたまらずに口を開いた。
あの席での話は聞いていたが、額面どうりの内容だったわけではない事は薄々理解できた。
しかし言葉の裏でなにが話されていたのかまるでい理解できなかったのだ。
「エマさん、裏の意図が有るのは判りましたが、あの話し通りなら何一つ儲けも無くエポワス副団長の意図に従っただけのようにしか取れないのです」
「そうよ。エポワス副団長閣下の顔を立ててお願いを聞いたんですよ」
「納得行きませんよ。そんなお話」
「まあまあ、オズマ様。路上でこのような立ち話も如何なものかと思うので場所を変えて」
「私、セイラカフェを予約しておりますのでそちらに向かいましょう」
二人の会話に割って入ってきたパウロがそう言うと、すかさずリオニーがみんなに告げる。
セイラカフェに入り席につくなり、オズマはエマに向かって畳みかける様に話始めた。
「嘘ですよね、さっきのお話。エポワス団長の顔を立てたなんて、裏がある事は勘付きます。ストロガノフ団長とエポワス副団長の仲は良くないのでしょうか? 度々ライトスミス商会の家宰様を名指しされたようですがグリンダさんの事ですよねえ」
「…そうね。グリンダは四年前からがストロガノフ団長と取引をしてるの。エポワス副団長はガチガチの教導派の上位貴族だから下級貴族のストロガノフ子爵の下につく事は我慢ならないのよ。まあストロガノフ団長も金と策略で周りを蹴落として成り上がった方だからどっちもどっちだけれど」
「イヴァン様のお父上ですよね」
「ええそうよ。あいつみたいにバカで一本気では無いのよ」
「エポワス副団長は私たちの事をストロガノフ団長様の協力者だと思っていたと言う事ですか?」
「う~ん、正確には違うわね。団長についているライトスミス商会関係者からあなたのオーブラック商会を引き剥がして取り込もうと考えていた…と言う所かな」
「はー、私は舐められていたのですね」
「それは僕も同じです。あんなモン・ドール中隊長ごときに舐められていたと思うと悔しいですね。あいつはエポワス副団長に投げれば僕たちが言う事を聞くと思っていたんですよね」
「バカねパウロ。そう思ってくれていた方が良いのですよ。今回も相手の意図通りに事が運んだと思わせておけば先々有利に運びますから」
アドルフィーネがパウロに釘をさす。
「でもオーブラック商会が侮られるのは悔しいです」
「そんな一文にもならないプライドはいらないのよ。思い通りに成っていると悦に入っている奴らを腹の中で笑ってやればいいのだから」
リオニー言うがパウロは納得いかないようだ。
「結局、僕の最後に提示した条件から二割引かれた額で供出させられたと思っているんですよね。残りの十五枚はエポワス副団長の温情ですから」
「安心なさいパウロ。このエマ・シュナイダーが損の出る条件で話を進める様な事をすると思っているの? 温情なんて当てにしてないわよ。それにこの条件に合致すれば儲けて良いってエポワス副団長の了承も貰えているから」
「七十五ギースの鹿革を金貨六十枚で売るのですよね。どうやって儲けを出すのですか。品質にも依りますけれど相場では金貨七十五枚以上はしますよ」
「重さが関係するのですか? まさか生皮を…」
「そんな事しないわよ。品質は問題ないわ。ただ重さは正解ね。私たちは契約条件に見合った内容で取引すれば良いのよ。信頼できない相手には尚更ね」
「なんとなくエマさんの意図は見えましたが、それでエポワス副団長の顔を潰す事に成らないのでしょうか。あの方はかなり好意的に接して下さったと思うのでですが」
「ならないわね。どちらかと言えばやれと唆しているのはあの人よ。モン・ドール中隊長の顔を潰すつもりでいる様だわね」
「その様な気は致しましたが、同じ北部貴族の教皇派閥で近衛騎士団でも部下では無いのですかそれを何故?」
「エポワス副団長が言っていたでしょう。あの人の軸足は近衛騎士団に有るのよ。近衛騎士団を蔑ろにして教導騎士団におもねるつもりは無いと言う事ね」
「でもこの件に関して教導騎士団は何の関係が有ると言うのでしょう? 急にエポワス副団長の口から教導騎士団の名前が出て来て、エマさんがそれで納得したように思えたので」
「ええその通り、エポワス副団長はモン・ドール中隊長のバックに居るのが教導騎士団のモン・ドール騎士団長だと言っていたのよ。中隊長は兄の意向を受けてオーブラック商会に近衛騎士団として圧力を掛けようとしたのね。それでうまく行かずに上司のエポワス副団長に泣きついたと言う事ね。ただエポワス副団長は教導騎士団の使い走りをするつもりはサラサラ無いと言う事」
「それならば受けなければ良いのに」
「まあ近衛騎士団としても教導騎士団に恩を売っておく事くらいは考えているのでしょう。どうせあのモン・ドール中隊長の事だから兄や実家の侯爵家の権威を笠に着てバカな態度を取ったのではないかしら。だからモン・ドール中隊長の顔を潰す気満々なのよ。あの副団長」
「人間関係は見えてきましたね。でもエマ様、僕には教導騎士団の企みが見えないのですが」
「そうね。教導騎士団が何を企んでいるか正確には解らないけれど、毎月納めろと言う条件は教導騎士団の意向でしょうね」
「それもおかしいですよね。チャップスなんて一旦行き渡ればそれで終わりじゃないですか。毎月はいらないはずですよ」
「そうよ、それに教導騎士団だって装備を配下の騎士に支給する訳では無いのよね。近衛騎士団でも無料で支給されるのは制服と革鎧と量産の武器だけ。教導騎士団は武器は自腹だったかしら」
「なら末端の騎士は鹿革のチャップスなんて買えないですよね。それならなおさら複数回の購入は必要無いでしょうに」
「まあ、憶測だけれど鹿革の交易ルートを誰か欲しがっているのね。定期的な買い付けからルート全てを手に入れようと考えたのでしょう」
「でも教導騎士団がチャップスを導入したいのならば、近衛騎士団を間に挟む様な迂遠な事をしなくても直接呼びつければいい訳ですし、オーブラック商会がカロリーヌ様の下についている事が分っているのだから、高々中級将校でしかないモン・ドール中隊長よりは将官の肩書が有る教導騎士団長の方が押しが強いはずですし。それこそ私を女子学生と侮っているなら尚更でしょう」
「そこがエポワス副団長の言っていた事よ。近衛騎士団は王家直属の公的機関、王都騎士団や領都騎士団もその地を管轄する領主が支援していると言っても、統帥権を持つのは国王で、公的機関なの。でも教導騎士団や聖堂騎士団は聖教会や聖職者が実権を握る、謂わば聖教会の私兵なのよ。権威がまるで違うから供出のようなゴリ押しは出来ないわ」
「…ああそれで。ならばモン・ドール教導騎士団長はエポワス副団長に協力を要請するつもりだったと言う事ですね」
「そういう事ね。モン・ドール中隊長は身内にも信用が無いようだわね。その無能に、これから泣いて貰いましょう。オズマちゃん、どうすれば良いかわかるかしら?」
「ええ、オーブラック商会を挙げて鹿革の端切れを買い集めてまいります」
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