第29話 牽強付会(2)

【2】

「貴様の頼みを聞いて供出契約を取ってきてやったぞ。金貨六十枚で鹿革七十五ギースを月末までの納品だ」

「もう少し量を増やす事は出来なかったのでしょうか。自分は少しでも多くと申し上げたはずで」

 エポワス副団長に結果を聞きに来たモン・ドール中隊長が不満げに口を開いたが、副団長の横に立つ武官に一睨みされて口を噤んだ。


「期日は月末と言う事ですが何日になるのでしょう?」

「それぐらい相手に確認できんのか? どうせ月末と言うのだから三十日であろうよ」

「それは…ギリギリでは無いですか! もう少し余裕は取れなかったのですか」

「ならば直接申し入れろ。貴様は月末納期と言ったのだ。一般に商取引では末日ととらえる者も多いぞ。まあ交渉によれば二十五日あたりまでなら早められるのではないのか」

「…まあ良いでしょう。鹿革調達の時間も必要かもしれませんから」


「そもそも用立てられる在庫が限られているのではなかったのかね。今ある在庫を出すだけのはずではなかったか」

「それはそうですが、奴は商人です。その様な言葉信じられませんよ。それに価格だって、近衛の権威を示せばもう少し」

「もう少しどうなんだ! 構わんぞこの契約書を持って貴様が再交渉に行けばよい。なに、最低ラインはこの契約で保障されているのだ。貴様の力量でここから更に良い条件を引き出してきても」


「あっ、いえ、それは…。自分の領地は長兄がオーブラックの商会との取引を禁じたもので、これ以上自分が動くわけには」

「ああそれならば気に病む必要はない。オーブラック商会は鹿革から一切手を引いたそうで、交渉相手は変わっている。シュナイダー商店になった。なーに、相手はオズマ・ランドックと同級生の小娘だ。貴様なら良い結果を出せるのではないか」


「副団長殿! それは一体どう言う意味でありますか? シュナイダー商店と言えば南部の連中の息のかかった服飾商会ではないのですか。なぜそんな事に」

「貴様がそれを言うのか! オズマ・ランドックは貴様にシュナイダー商店を紹介すると既に告げていたと言うではないか! ワシの手を煩わしおって、愚かものが」

「いえ、それは。まさか本当にシュナイダー商店が出てくるとは思わず」


「まあ良い。ワシは其の方の希望通りの条件で契約を締結してやったのだ。これ以上は貴様の責任で片付けろ。一つ忠告しておいてやろう。エマ・シュナイダーとはしっかりと契約内容について話を付けておく事だな。相手は王立学校の学生だ、上手くやれば更に好条件も望めるかも知れんぞ。ああ、貴様の技量には期待しておるのでな」

「いえ、閣下のご尽力だけで十分であります。この条件ならこれ以上の交渉は必要と感じません。失礼致します」

 敬礼して踵を返し副団長執務室を出て行くモン・ドール中隊長を副団長が皮肉な目つきで見送った。


「本当に、使えん愚か者だな」

「ハッ、自分もそう思います。奴はもう少し副団長の忠告を聞くべきでしょうな」

「まあ、十八の小娘に怖気づいている様な男に未来はないだろうさ」

 エポワス副団長はそう言うと執務に戻ってしまった。


【3】

「ケルペス! お前と言う奴は、買い付けの一つもまともに出来ないのか!」

 モン・ドール教導騎士団長は烈火のごとく怒っていた。

「待ってくれ、兄上。これはエポワス副団長が…」

 モン・ドール中隊長は受け取った積み荷を見ながら蒼ざめた顔で弁明をする。


「エポワス伯爵が何なのだ? お前が大丈夫だと請け負ったのだぞ。契約も一度限りだが条件通りの結果が得られたと息巻いていたのはお前だぞ」

「いえ、しかし。俺は騙されたのだ! あの、あのシュナイダー商店とか言う商会の小娘に!」


「黙れ! 今更文句を言ってももう間に合わんだろうが! 今日が何日か判っておるのか! 明日はもう十二月の一日だ。あちらに引き渡す当日なのだぞ! それをお前は!」

 モン・ドール教導騎士団長は怒りに任せて木箱を引き倒した。

 箱の中の皮革が溢れて地面に広がった。


 大きな鹿の一枚革は中央部の至る所に切り取られた大きな穴が、と言うよりも整形部分を切り抜いた枠だけが箱に入っていると言う事だ。

「こんな…、こんな革で縫製できるほどの革が取れるとでもいうのか! どうやってチャプスを、ズボンをシュールコーを作れと言うのだ! 継ぎ接ぎだらけのシュールコーで神聖国の教皇猊下に謁見せよとでもいうのか」


「待ってくれ兄上。今から…今から俺が…」

「今から俺が? その俺がこれからどうしてくれると言うのだ? あー? 今からオーブラック商会に出も乗り込むのか?」

「いや、オーブラック商会は革取引から一切手を引いていて…」


「どう言う事だ? そんな話始めて聞いたぞ」

「俺が呼び出した事で恐れをなしたんだ。それで全てをシュナイダー商店に丸投げしてしまったんだ。だから交渉相手はシュナイダー商店なんだ。だから、だから」

「お前と言う奴は! ウサギを追い立てて狼を引き摺り出したのだぞ。この大馬鹿者が! それにシュナイダー商店のエマ・シュナイダーというのは王立学校の女子生徒だぞ。お前が今からエマ・シュナイダーのもとに出向くと言うのか? 近衛騎士団の中隊長がか? 栄光あるモン・ドール侯爵家の一族が一介の女学生との交渉の為に王立学校の平民寮に出向くと言うのか! 高位貴族家の者がそんな事をしてみろ、貴族はおろか平民にまでも笑いものにされるのだぞ」


「それじゃあ俺はどうすれば良いんだ」

 モン・ドール中隊長は一瞬安堵した表情を見せるも、直ぐに顔色を変えた。

「そんな事はお前が自分で考えろ! 明日の昼にはハッスル神聖国の教皇庁から神聖教導騎士団の代表が見えられるのだぞ。この私がどうにかお願いしてあちらの騎士団長にお渡しする約束を取り付けたのだぞ」

「それでもきっとシュナイダー商店なら革を確保しているはずだから…」

「ならばお前が呼び出して交渉してみろ。どうせ呼び出しを掛けても今日中にやって来る事など無いぞ。シュナイダー商店の王都支店に乗り込んでも、どうせノラリクラリと逃げられるだろう。そもそも何故末日の納期を了承した! 品質確認をする日数を何故取らなかった!」


「いや、それはエポワス副団長が…」

「さっきからエポワス、エポワスと。お前エポワス副団長に何か依頼したのか? もしかしてあの副団長に全て丸投げしたのではなかろうな」

「…いや、その、それは」

「そういう事か。おい! ケルペス、これからエポワス伯爵に面会に行く、さっさと準備をしろ! 最低でも鹿革一頭分を確保して貰うんだ! 分かったな!」


 その日の夕刻にエポワス伯爵邸にやって来たモン・ドール兄弟が邸内で面会を申し出るとすぐ、エポワス伯爵邸から使いの馬車が王立学校に走った。

 馬車は王立学校の寮で生徒を乗せて、エポワス伯爵邸へと戻って来る。

 その頃には屋敷前にライトスミス商会の屋号を付けた質素な荷馬車が門の外に停まっていた。


 そして夜半には木箱を積んだ荷馬車が邸内に入って行き、暫くするとライトスミス商会の荷馬車から大包みが一つ邸内に持ち込まれた。

 表に居たライトスミス商会の荷馬車はそのまま邸内に入り、その直後に箱を積んで来た馬車が空荷で帰って行く。

 その直後モン・ドール侯爵家の家紋を付けた立派な馬車が走り去り、最後にライトスミス商会の馬車が先程の箱を積んで出て行った。

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