第26話 エポワス副団長(1)

【1】

 オズマは前回の四人にエマを加えた四人で近衛騎士団の門をくぐった。

 今回は将官付きの武官が案内に立ち、オズマ達を先導して行く。

 管理棟迄招き入れてくれて玄関のドアまで開けてくれた。


 通された副団長の執務室は大きいが、第七中隊長の居た執務室ほど豪華ではなかった。モン・ドール中隊長の部屋が無駄に豪華だったのだろう。

 中央に大きな執務机が有り、厳ついカイゼル髭の男が机の向こうからこちらを見ている。

 エポワス副団長であろう。

 執務机の向かって右側にも副官の執務机が二つ並んでおり、その席で二人の事務官が忙しく書類の処理をしている。

 向かって左側はパーテーションで仕切られた、簡易の応接になっているようだ。


 そして副団長の執務机の正面位置から三歩ばかり下がった位置に、応接テーブルとソファーが置かれている。

「初めまして、オーブラック商会商店主代理のオズマ・ランドックと申します。横に控えるのは副支配人のパウロで御座います」

 そう言って頭を下げると続いてエマの商会に移る。

「それで、こちらが…」


「随員の紹介は良いから掛けたまえ。立ったままでは話しにくいだろう」

 副団長が着席を促す。

 エマは自分の紹介はいらないと言う様に首を振ってそれ以上の発言を押し留めた。

 言われるままにオズマとパウロがソファーに腰を下ろす。

 メイドの二人はソファーの両脇に控えている。エマはリオニーの横に並んで立っている。


「おい!」

 団長が呼ぶと、厳つい巨漢の武官がお茶の入ったカップを盆にのせて入ってきた。

 ギロリとオズマ達に一瞥をくべるとテーブルの上にカップを二つ並べて盆を持ったまま、副団長の執務机の左端に待機する。


「御足労願って済まなかった。緊張せずにお茶でも飲みたまえ」

 そう執務机の向こうから言葉を発するエポワス副団長の目線がオズマをかなり上から見下ろしてくる。

「この席は私たちを威圧する為の配置になっているようですね。こうして見降ろされるだけでも、威圧感が半端ではありませんね」

 アドルフィーネがオズマの耳元でコソリと告げる。

「だから、エマ様は腰を掛けなかった…」

「それは無いですね。リオニーからの情報をすぐに聞ける位置だから、でしょうね」


「こうしてご足労願ったのは諸君らにお願せねばいけない事が出来たのでな。まあユルリとして聞いて欲しい」

 ユルリとなどと言われては、逆に緊張してしまう。当然気が休まる状況でない事態に陥る事は間違いない。

 モン・ドール中隊長の様に初めから横柄な態度に出られるよりもずっと恐ろしい。「文官も有能そうだし、一人しかいないが武官は相当の手練れでしょうね。さすがに副団長は違います」

 パウロも緊張しているのが分かる。


【2】

「聞くところによると、君は我が娘の同級生だそうだね。娘がエヴェレット王女殿下から最新の乗馬スカートをプレゼントして頂いた様で、非常に喜んでおった。あの鹿革も君の所を通して調達したのではないかね」

「ええ、それはエヴェレット王女殿下のお求めによって融通させて頂きました」

「おお、やはりそうかね。エヴェレット王女殿下の覚えもめでたい様で重畳であるな。これからも娘と仲良くしてくれたまえ」

「恐れ多いお言葉で御座います」


「そこでだ。エヴェレット王女殿下に取りなした様に、近衛騎士団にもその取りなしをお願い戴きたいのだよ」

 話が本題に入ってきたようだ。

 一体どんな理由付け、どんな条件で鹿革を要求してくるのか聞かねばならない。


「王立学校で最近人気だと言うチャップスを近衛騎士団でも採用しようと考えている。それでだ、材料となる鹿革を供出していただきたいのだよ」

「鹿革を…ですか? チャップスならば他の革でもよろしいのでは?」

「そう言う訳にもゆかんのだよ。今回近衛騎士団で採用する事になるであろうチャップスは鹿革で作られる事になると思うのでな」


「しかしそれは…」

「いやいや、民生品としての取引は有ると思うのだが、これは軍務に使う物だ。最優先にしてもらわねばならぬ。一般人には悪いがそこは他の革で泣いて貰わねばな。悪いが官費なので価格も抑えて貰わねばならん。その代わりこれから近衛騎士団での物品取引を御用商人として登録して優先させよう。とりあえずは今有る在庫を明示いただきたいのだが」

 副団長はオズマ達に話させることも無く、一方的に畳みかけてきた。


「お待ちください。仰ることは理解いたしましたが、今オーブラック商会には鹿革の持ち合わせが御座いません」

「待て、待て、待て。出荷先が決まっていると申したいのだろう。そこの交渉は近衛騎士団が一筆書いてやる。何よりこれは軍務による優先項目なのだから…」

「いえ、そうでは御座いません。もう手放してしまったのです、鹿革は全て」


「一体どういうことだ!?」

 オズマの予想外の言葉にエポワス副団長が驚いた顔で椅子から立ち上がった。

「ですから、モン・ドール中隊長から依頼が有った後、これ以上私どもで取り扱うには手に余ると判断して、すべて処分してしまいました。幸い皮革の取り扱いは始めたばかりでしたので、取扱量も少なかったのが幸いして直ぐに引き取り手が見つかったので、お願い致しました」


「バッバカな事を…」

「お嬢様の鹿革のスカートならご安心ください。すでに確保していた鹿革を仕立て屋に出してこれから裁断ですから」

「いや、そういう事では…。まあそれは有り難い娘も待ちわびておるのでな。…コホン! しかしそれは早まった事をしたな。絶好の商機を逃してしまったのではないかね。今からでも買い戻す事は可能では無いのか」


「それは少々難しいかと…」

「ならば、伝手を使って買い集めるとか方法は…」

「ですので、引き取って頂いた商会の方をご同伴させていただきました」


「おお、それならそうと早く言ってくれれば良かったのに」

「すみません。若輩な者で気が付かづに」

「良い良い、それでそちらの御令嬢が引き取ってくれた商会の方なのか?」


 その言葉でエマが一歩前に出ると、満面の笑みを浮かべて恭しく副団長に頭を下げた。

「エポワス伯爵様にはお初にお目にかかります。この度オーブラック商会より鹿革を買い取らせていただきましたシュナイダー商店の代理人を務めておりますエマ・シュナイダーと申します」

「そうか。代理人の…エマ? エマ・シュナイダー?! その方がエマ・シュナイダーか。我が娘とはその方も同級生という事で聞いておるよ。やれやれ、面倒な相手に…」


「あの、モン・ドール中隊長様にはシュナイダー商店をご紹介すると申し上げております。ですのでこうしてお連れした次第でして」

「ああ、もう良い。エマ・シュナイダー殿。其の方も座れ、メイド達もその方の協力者なのだろう。椅子を持ってこさせるので全員座れ。見下ろされるのは気分が悪い」


 エポワス副団長は武官をに椅子を持ってこさせると手で払い、席を外すように促した。

「娘の同級生相手にバカな脅しをかけるつもりは無いが、話は通させてもらおう。どうせライトスミス商会に投げたのなら甘い事は言わん。この話はその方の家宰のメイドは噛んでおるのか?」


「いえ、グリンダには話していませんわ。どこかで耳には入っているでしょうけれど」

「ならば、あのストロガノフ子爵の耳にも入っておらぬという事で良いのかな?」

「詳細は、ただイヴァン様がオズマちゃんとは親しいので、そこからの情報は入っているかと」

「それならば大丈夫だ。彼奴めは先週から王都におらん。帰ってくるのは明日だ。それまでに話を進めてしまうほかないようだな」

 エポワス副団長は諦めたように肩を竦めて椅子の背もたれに体を預けた。

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