第25話 鹿革(2)

【3】

 新規の国産品が手配できないとなると、手に入る在庫を搔き集めて来なければならない。

 モン・ドール中隊長の伝手でそう言った商会が有るのだろうか?

 騎士団なのだから革細工の工房や武器商等に伝手は有りそうだが、鹿革を大量にとなるとどうだろう?


 ここは他に伝手は無いと踏んでおくべきだろう。

 ならばどうする。

 当然オーブラック商会の在庫を巻き上げに動いて来るだろう。

 意趣返し以前の問題で、何らかの事情でしりに火が点いている。その理由迄分かれば楽なのだが、それは追々調べて行くとしてまず対策を考えよう。


「あいつらがやろうとする事は、オーブラック商会が確保している鹿革を取り上げる事。どんな手を使ってでもね」

 オズマよりも何故かド・ヌール夫人の顔色が変わった。

「でも先程オズマ様があちらとは取引が無いと…」

「ですから、権力を使って何らかのゴリ押しをしてくると思います」


 どんな手が有る?

 搦手ならばオーブラック商会の取引相手に圧力をかける事。

 一番の取引相手はポワトー伯爵家だろう、次にポワチエ領の領主貴族達か。

 そして河船の運行経路に有るマリオンやロレインや私の領地。


 群を抜く取引量の有る拠点のシャピとポワトー伯爵領には圧力など掛けられない、州内の領主貴族なら何人かは圧力に屈しても、大勢に影響するほどのダメージはないだろう。

 河船の経由地も最終集積場の有るのはカンボゾーラ子爵領のフィリポを私が握っている限り影響は出ない。

 シャブリ伯爵家に泣きついても、あのシェブリ伯爵やアントワネットが、こんな勝ち筋の定かでない賭けに乗るとは思えない。


「ポワチエ州でペスカトーレ枢機卿の権威を使って領主貴族に圧力をかけてくるかもしれないわ。契約を切ると言ってきた場合はライトスミス商会やアヴァロン商事の関係する商会を紹介してあげてね。ほとぼりが冷めれば又元の条件で取引しましょうって言って契約破棄は受け入れた方が良いわね」

「それで良いのでしょうか…」

 不安げなオズマの肩を叩く。


「下級貴族領主は色々とシガラミが有って苦しいのよ。向こうも苦渋の選択をしているのだから、いつでも再契約できる下地を作っておきましょう。そうして恩を売るのは損じゃ無いわ」

「そうですね。教導派の上流貴族の身勝手にいつも下級貴族は振り回されて潰されるんです。下級貴族の苦しさは良く分かります」

 ド・ヌール夫人がしみじみと言う。

 多分彼女は下級貴族の出身で辛い目に遭わされてきたのだろう。


「しばらくはエマ姉と行動を共にする方が良いわね。エマ姉なら相手にいらぬ口を挟ませずに、上手く利益が出る方向に誘導してくれるわ。損しているように見えて絶対利益は確保する人だから、オーブラック商会の悪い様には成らないわよ」

「セイラちゃんもカンボゾーラ子爵領やカマンベール子爵領に変な奴が入り込んでこないか目を光らせておいてよね」

 最近ストックエクスチェンジS・Ex・クラブなるものを設置しようとするヤカラが我が領内には入り込んでいますがぁ~。

 まあそれ以外はカンボゾーラ子爵領以南は、今は平穏無事のようだけれど。


【4】

「セイラ様、今度は近衛騎士団の騎士団本部から呼び出しがかかりました」

 王立学校の馬場の横に併設されているオープンスペースのクラブハウスでの情報交換の席でオズマがそう切り出した。

 私とオズマとエマ姉、それにエヴェレット王女とイヴァン達近衛騎士団の三人でのお茶の席だ。

 もちろんメイドとしてアドルフィーネとリオニー、そしてナデタとド・ヌール夫人も参加している。

 騎士も士官になると従卒が付くが、一般学生であるイヴァン達は平騎士なのでメンバーはこの十人だ。


 ルカ中隊長やウィキンズやイヴァン達にお願いして、近衛騎士団内部の動きを探って貰っていたので、副団長のエポワス伯爵のもとにモン・ドール中隊長が通っているとの情報は得ていた。


 中隊長でダメだったから副団長から圧力を掛けようなんて、捻りが無さ過ぎないか?

 あまりにも無為無策すぎるだろう。

 てっきりカロリーヌから情報が入ると思っていたが、ポワチエ州では目立った動きも無いままあれから三日が過ぎている。


 父が教導騎士団団長で、モン・ドール侯爵の甥にあたるこの男。

 もっと奸智の働く男だと思っていたが、何か裏が有るのだろうか。前回と同様の恫喝による鹿革の要求ならば、唯々拒否し続ければ良いだけで造作もない事なのだが。


 ルカ中隊長やウィキンズの評価でも権力と地位が無ければ凡愚と言うレッテルを張られていた。

 それでもバックには教導騎士団も王家の外戚のモン・ドール侯爵家もついている。その権力と地位が侮れない事は確かなのだ。


 更に今回はエポワス伯爵迄同席するようだから、かなりタフな交渉になりそうだ。

 押し負ける事は無いだろうが、オズマだけではかなりきつい交渉になるだろう。

「召喚状の内容は? 何が書かれていました?」

「ええ、前回とほぼ同じ内容で日時と出頭場所とだけですね。封蝋の印はエポワス伯爵家の物でした。メアリー・エポワス様の印章と同じでしたので間違い無いと思います」


「と言う事はメアリー・エポワス嬢の父上がご同席されると言う事だねえ。メアリー嬢から聞いたけれど、冬至祭の宴には鹿革のドレスをプレゼントしよう等と言っていたらしいよ」

「それは剛毅な事ですわね。金貨で三十枚はかかるでしょうに」

「メアリー嬢は娘に革鎧でも着せるつもりかと憤っていたけれどね。父上のセンスを疑うとの事だったよ」

 エヴェレット王女がそれと無くエポワス伯爵令嬢から仕入れてきた情報を教えてくれる。


 エヴェレット王女は最近エポワス伯爵令嬢に懐かれている。

 同じ乗馬女子でも大半が下級貴族か平民なので、気位が高い彼女が話しかけるのはエヴェレット王女くらいしかいない。

 エヴェレット王女が校内の女子に人気の為、側にいるだけで羨望の目で見られるのも嬉しいのだろう。

 私としては鼻持ちならない嫌な奴なのだが。


「おい、セイラ・カンボゾーラ、顔に出ているぞ。まああの伯爵令嬢も父親似のいけ好かない奴だがな。オヤジの副団長の様に地位を振り翳さないだけまだましだ」

「その副団長なのだが、近衛の装備に鹿革のチャップスを正規採用しよう等と吹いて回っているらしいな。うちの中隊では強度の高い牛革ならば構わないが鹿革には反対だけれど」

「まあ値も張るから強度の低い装備に大金は使いたくないのが本心だろうな」

 ウラジミールとヨセフとイヴァンが交互に話始める。


「大金は使いたくない? どういう事?」

「だから安月給の俺たちには牛革装備でも新調するのは負担がデカいんだ。鹿革なんて絶対ムリなんだよ」

「と言う事は装備品は自己負担で賄えって事?」

「ああ、制服一式と革鎧一式、それと両手剣一本が支給装備で、それ以上は自己負担だ」


 エポワス副隊長たちは近衛騎士団内の装備を強引に鹿革に変えて、士官以下の騎士相手にしっかりと稼ぐ事を考えている様だ。

「これは…ウフフ、安心してオズマちゃん。明日の召喚は私も行くから。セイラちゃんまたアドルフィーネを貸してちょうだいな」

 私はエマ姉の舌なめずりに戦慄する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る