第24話 鹿革(1)

【1】

 鹿革を三百ギースを金貨百枚で毎月十五日に納品せよ。

 それがオズマが蹴って来た第七中隊が提示した条件だ。

「鹿革三百ギースって一体、何をどの位作れる量なのかしら」

「そうね。部位によるけれど乗馬スカートで二十着分くらいの量かしら。もっと小さな物や小さなパーツを組み合わせる物ならば大分違うのだけれど。鹿五頭から七頭分くらいの量ね。でも一枚革ならば金貨二百枚でも割に合わないわ。相場で二百五十から三百、上質な物ならば三百五十は貰いたいところね」


 オズマ達の報告を聞きながらエマ姉が皮算用を始める。

「でも毎月十五日にその数を用意できるかと言うと難しいですよ」

「そうでもないわよ。だいたい一回の航海で入荷する鹿革が千ギースくらいでしょう。時期的に狩猟期間は秋から来年の雪融け頃までよね。その期間で入港する船は六隻から七隻。なら全部で六千ギースから多くて一万ギースくらいかしら。第七中隊の要求量が年間で三千六百ギース」

「でも、卸す先は沢山あります。輸入量の半分以上を第七中隊にだけ卸す訳には…」

 エマ姉の答えにオズマが首を振って反論する。


「なあ、一つ聞きたいのだが何故取引量がギースなのだい? ラスカルオ王国では鹿革を重さで取引するのかい? わが国ではだいたい頭数で勘定するので良く解らんのだよ」

「それはこちらでも同じですわ。たまたま第七中隊が重量で記載されていたからですわ」

「解せないですね。なぜ重量記載で毎月なのでしょう?」

「そこのところの調査はこれからだけれど、鹿革は用意できない事は無いのよね。するかしないかは別にしてね」


「エマさんはそう仰いますが、他の取引先に不義理をするような事は出来ません。新生オーブラック商会は今が正念場です。こんな所で信用を失う訳には行かないですよ」

「あら、いやねエオズマちゃん。私も商人なのだからそんな不義理許す訳無いじゃないの。その辺りに付け入るところが有りそうだなあって思っているのよ」


「でも契約は断りましたから、もう関る事は無いのでは…」

「甘いと思うわオズマさん。絶対に何か仕掛けてくると思うわ。話を聞いていると愚か者の上級貴族の典型みたいな人ですもの。エマ姉が言う通り付け入る隙は存分に有りそうだけれど、対策を考えないと」


「僭越で御座いますが、一言宜しいでしょうか?」

 それ迄エヴェレット王女の後ろに控えていたド・ヌール夫人が口を開いた。

「先ほど伺ったパウロの説明では四分の一の条件で相場価格でも購入すると仰っておりましたね。そこまで譲歩できるのに、今月中に納品せよと申されている点が気になります。普通ならば納期を送らせて納品量を増やさせるか価格を下げるように申しそうなもので御座いましょう」


 それを聞いたオズマも首を傾げた。

「何か切羽詰まった理由があると言う事なのでしょうか?」

「それは判らないけれども、何よりもオズマちゃんがシュナイダー商店を紹介してくれたのだからそれに答えなければね」

 エマ姉が笑顔で微笑むが、私には獲物を見つけた猛獣の顔にしか見えなかった。


【2】

 エマ姉の笑顔に不安を憶えつつも、最大の懸念事項を提題する事にした。

「何よりもこの後奴らが何をしてくるかと言う事よ。全然関係のないところに、嫌がらせや八つ当たりをする事も考えられるけど、オーブラック商会に意趣返しをしようとするのが一番有りそうだと思うの」


「そうですね。啖呵を切った身で言うのもおこがましいですが、私でもそう思います。ただオーブラック商会では近衛騎士団とは、それ以外でも騎士団関係との取引は全く御座いませんし、モン・ドール侯爵家の様な近衛騎士団や教導騎士団に関係する教皇派閥の貴族とも取引は無いのですよ」


 それ迄不安げな表情で話を聞いていたド・ヌール夫人が、ホッとしたように口を開いた。

「それならば良いのですけれど、気を抜かぬ様に致して下さい」


 私は話を続ける。これで終わるとは私は到底思えないのだ。

「そうね、この際少しでも関係が有りそうなものはすべて切ってしまった方が良いですね。ねえ、次の船が入って来るのはいつ頃なのかしら」

「冬至祭と新年に向けて来月の後半を目指して幾つもの船団が一斉に戻って来ると思います」

「ああ、だから今月は船がもう入らないと言う事ね。それじゃあ在庫がひっ迫していると言う事かしら」

「逼迫とは言いませんが、あまり余裕も御座いませんわ」


 ウーン、こういう場合あの中隊長なら何を考えるかな。

 今のあの男の状況と言えば、今月の十五日…遅くとも今月中に鹿革を三百ギース用意しなければいけない。

 少なくとも四分の一の量でも確保したいくらい切羽詰まっている。

 オーブラック商会が拒否するとは思っていなかったので、代替えの商会の目途は立っていないだろう。


「鹿革と言うものは手に入りにくい物なのかしら?」

「ヒツジや牛などの家畜の皮ならばともかく、鹿は野生の動物なので狩りに行かねばならないので、とれる量も限られているとの事です。輸入品なので量も安定しないそうです」

「でも国内産の鹿革を代替えにするとか方法はありそうなのだけれどね」

「それはどうなんでしょう? 私もそこまで専門に扱っている訳では無いので良く解りません」

 まあそうだろう。オズマは流通商社ではあるが、鹿革はこの夏から扱い始めた上すべて輸入品なのだから。


「まず国内でこれから鹿革を調達しようとするならこれから狩りに行かねばなりませんね。狩るなら北部や北西部そして西部の山岳地帯でしょうか」

「南部や東部は居ないのですか?」

「穀倉地帯で平地の多い南部や東部それに西部の大半も、鹿は駆除されて殆んどおりませんね。それに南部や西部の平地の鹿は小さいのですよ」

 ド・ヌール夫人が訥々と説明を始めた。この人かなり博識のようだ。


「南部の鹿は小さいのですか…」

「ええ、大きさでは北部や北西部の山岳地帯の鹿が大きくて立派ですね。でも北西部はゴルゴンゾーラ公爵家の地盤ですしね」

「北部の山岳地帯も半分方は狩猟は無理ね。リール州の山岳地帯はモン・ドール侯爵家とは取引などしないでしょうし」

「そうですねえ。モルビエ子爵様やレ・クリュ男爵様は絶対に了解はしないでしょうしね」


 私とオズマの言葉にド・ヌール夫人が驚いて目を瞠る。

「リール州と言えばシェブリ伯爵家のお膝元では無かったのですか? ライオル伯爵家やサント・モール伯爵家が黙っているとも思えないのですが。あの州でその様な事が可能なのでしょうか」

「ええ、可能なのですよ。私のカンボゾーラ子爵家はリール州に有るのです。ライオル伯爵領が場所に」

「そのお陰で、今話に上がったリール州の山岳部の領主様たちとはオーブラック商会と良い取引をさせて頂いているのですよ」

「ライオル伯爵領が有ったと仰ると言う事は、あの地は領主が変わったと言う事ですか」

「ライオル家は廃嫡になりました。その後にカンボゾーラ子爵家が拝領いたしましたの」


「それならば今から国内での調達は無理でしょうね」

 それを聞いてド・ヌール夫人が言い切った。

「十頭程度ならどうにか北部で調達できるのではないですか?」

「月半ばまでに十頭捕獲したとしても、それで終わりではありませんわ。まさか鹿ごとを渡す訳には行きませんよ。皮を剝いででも終わりません。革にするには皮を鞣さなければなりません。これには一月近い日数がかかりますから」

 ああ、そういう事か。

 契約は革だ。生皮では無い。

 これは絶対間に合わないわね。

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