第23話 第七中隊(2)

「おい小僧! どうやらお前たちは俺の言っている事が分からないようだな」

 モン・ドール中隊長の言葉にドアの左右に待機していた二人の武官がツカツカと歩み寄って来る。

 それに気付いたリオニ―とアドルフィーネがソファーの左右に移動する。

 二人の武官は驚いたように足を止めて立ち止まった。そして二人のメイドと睨み合いが続く。

 そしてパウロが腰から金貨を図る為の小さな天秤ばかりを取り出して、手の中で弄び始めた。


 ひりつく様な空気に何か感じた様でモン・ドール中隊長は、続けて言葉を発した。

「来月では無理だ。在庫が有るなら今月中に用意しろ。今回限りだ!」

「解りました。その内容で契約書を作成…」

「待って、パウロ。モン・ドール中隊長様、前金でお願い致します。私どもも仕入れにお金が必要です。今回無理を通す事になるなら前金で頂かないと契約できません」


「きっ貴様! ここまで譲歩してその不遜な態度は何だ! これで済むと思っているのか!」

 怒り狂うモン・ドール中隊長を横目にパウロは満足そうにオズマを見ながら言った。

「そう申されても、オーブラック商会は春にモン・ドール侯爵様から理不尽に契約を切られたのです。おまけに州内の取引も禁じられました。ですから確証の無い契約は致しかねるのですよ」


「それならば勝手にしろ! 後で吠え面をかくなよ。サッサと書類を持って帰れ!」

 その言葉で書類を手に取ろうとしたパウロを今度はオズマが押し留めた。

「それは不要です、パウロ。契約をしない書類など持ち帰る必要はありません。モン・ドール中隊長様、もしチャップスがご入用ならシュナイダー商店をご紹介いたしますよ。服飾と今年からは革製品も扱い始めましたから」


 モン・ドール中隊長は怒りで真っ赤だった顔が、更なる怒りで血の気が引き蒼くなり始めた。

 オズマを睨みつけると、まだメイド二人と向き合っている武官に目配せを送る。

 しかし二人の武官はリオニーとアドルフィーネの前で身構えたまま、モン・ドール中隊長に向かって首を振った。


 モン・ドール中隊長は口を半開きで何か言いかけたが、踵を返して執務机の方に歩いて行くと、そして壁に掛けたサーベルを鞘ごと掴みツカツカとソファーの側迄歩いてきた。

「貴様ら! みんなして俺を虚仮にしおって! 俺を誰だと思っている!」

 そう言うといきなり柄に手を掛けた。

 パウロは立ち上がると天秤ばかりを右手に構えた。

 ゴトン! 音がすると秤の分銅が外れて足元まで落ちている。長い鎖がジャラリと音を立てた。


「中隊長殿! 落ち着いて下さい」

 慌てた武官がモン・ドール中隊長の方に駆けて行くと後ろから羽交い絞めにする。

「離せ! ふざけるな!」

 モン・ドール中隊長は二人の武官に押さえられ柄を握った右手も、武官の手で上から握りしめられている。

 はばきは外れ刀身が三分の一ほど出ているのを、武官によって無理やり押し込まれた。


「そういう事で、この度お話は無かったと言う事で、これで失礼いたします」

 パウロはそう言って一礼すると、分銅の鎖を手繰り寄せて腰のベルトに天秤ばかりをさして、オズマの手を取った。

 右手を引いてオズマを立ち上がらせると、猛り狂うモン・ドール中隊長に対しての挨拶を促した。

 オズマは振るえる足で立ち上がると、モン・ドール中隊長に向かって頭を下げる。

「これで失礼致します」


 武官はモン・ドール中隊長を押さえながら顎で早く行けと合図を送っている。

 席を立ったオズマをリオニーとアドルフィーネが支える様に両手を取ってドアに向かった。

 その後ろからパウロがベルトの天秤ばかりに右手を添えたまま、後ろを警戒しながら着いて行く。

 前の三人が退出したのを確認すると、振り返り恭しく一礼してドアを閉めた。


「貴様ら! これで終わったと思うなよ! 俺を虚仮にした報いは受けさせてやるからな!」

 ドアの向こうから廊下に響き渡るような怒声が帰って来た。


【3】

 今までドアの外で待機していたのだろう、来た時に案内についた見習い兵が蒼ざめた顔で立っていた。

「こっこちらへ…出口はあちらです」

 そう言って玄関を示した。帰りはもうついてこないようだ。


 第七中隊兵営から外に出ると訝し気な顔をした近衛騎士が数人集まっていた。それを掻き分けてイヴァン達三人がオズマ達の側にやって来た。

「おい、大丈夫だったのか? あの中隊長は切れたら何をするか分からないからな」

 ヨセフ・エンゲルスが気遣わしげにオズマに問いかけた。


「大丈夫です。アドルフィーネやリオニーがいてくれましたし、何よりパウロが矢面に立って守ってくれましたから」

「まあ、脅しにかかってきても地位を失うようなことまでは出来んだろうし、周りも止めるだろうけれど、もしもの事が有るからな。兵卒には容赦のない奴だからな」

 ウラジミール・ランソンも心配そうにそう言った後、微笑んでパウロの肩を叩いた。


 三人の先導で四人が近衛騎士団の門に向かいながらイヴァンが問いかけてきた。

「しかし何が有ったんだ? モン・ドール中隊長の怒鳴り声だけが響き渡って表まで聞こえて来ていたからな。パウロ、お前モン・ドール中隊長を煽りまくったんじゃないのか?」

「そんな事は御座いませんよ。冷静に状況をお話しただけです」

「おい、みんなこいつの慇懃な態度に騙されるなよ。本当はすごく口が悪いんだぞ。救貧院の廃止案の打ち合わせで良く知っているからな。どうせあいつらの癇に障る事を言ったんだろう。オズマも気の毒だったな」


 それ迄イヴァン達とパウロの話を聞いていたリオニーが溜まらずに笑い出した。

「イヴァン様、最後はオズマお嬢様が決めて下さったのですよ。あれは痛快でしたわ。ねえ、アドルフィーネ」

「ええ、契約する事の無い書類など持ち帰る必要など有りません! って啖呵を切られましたもの。胸がスッとしましたわ」

「それよりもチャップスが入用ならシュナイダー商店をご紹介しますって、私あのままシュナイダー商店の営業を始めようかと思いましたもの」


「そんな、でも本当に怖かったんですから」

「それでもあそこまで啖呵を切れたと言う事は、もうオズマお嬢様はオーブラック商店の正当な商店主様ですよ。自信をお持ちください」

 オズマははにかみつつも少し微笑んでパウロを見た。

 二つも年下のこの少年にまだまだ守って貰っている。同い年のアドルフィーネやリオニーには到底及ばない。

 今も同級生のイヴァン達三人に助けて貰っているのだ。

 それでも少しみんなに追いつけただろうかと思いつつ帰路についた。

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