閑話14 ア・オーの後始末(2)
★★☆☆
ナデタがア・オーに戻ったのは夜更けに近づいた頃となってしまった。
街に入って馬を預け領主館に帰りかけるが、まだ表通りは人で溢れて賑やかに酒盛りをしている。
どうも領主家の奢りで酒盛りが始まってその余韻が残っているようだ。
話を聞くと何故かクロエの誘拐未遂騒動の顛末で領民が盛り上がっているようなのだ。
聞けば王立学校の生徒がやってきて街中で吹聴して回ったらしい。平民寮の学生かと思って聞けば、貴族のご令嬢らしき女子学生が三人だったという。
誰だろうと思っていると、人垣の中にルシオ夫妻を見つけた。
話を聞くとフラン・ド・モンブリゾン男爵令嬢が来ているらしい。なぜ東部の男爵令嬢がとも思ったが、気詰まりな東部貴族と一緒に帰領するのが嫌だったのだろう。
とりあえず報告と休息の為領主館に帰る事にした。
翌朝、日の出前に街の停車場に行き、街に入ってくる荷馬車を待つ。
やはり夜半に村を出たのだろう、午前の三の鐘が鳴ってしばらくすると
疲れた表情のアレックスと商会員が降りてきた。そして荷馬車に駆け寄った男が一人いた。
痩せた陰気な顔の男だ。
商会員と二人で馬車から荷物を降ろし始めた。もしかすると彼が逃亡した管理官ではないだろうか。
当たりを付けて様子を窺うと最後に不機嫌そうな文官が杖を突きながら降りてくる。
アレックスに向かって手を貸せと怒鳴っている。その文官に向かってアレックスも何やら言い返しているがさすがに声までは聞こえない。
アレックスは結局俯き加減に文官を無視して商会員たちを追いかけて歩き出してしまった。
文官は怒りに顔を歪めながらヨロヨロと杖を突きつつ後を追いかけ行く。
商会員たちは通りから少し離れた小屋に荷物を運び入れている。
アレックスたちが追い付いてくるのを確認していると背中に気配を感じた。
「ナデタお姉様。こちらに帰っていらしたのですね」
振り返るとセイラカフェのメイドが一人立っていた。
事情を聴くとフラン付きのメイドのエダから連絡が有り、アレックスらしき少年を見たので確かめて欲しいと連絡が有ったと聞かされた。
しばらく監視を頼み、エダのもとに駆け付け、昨日からの事情を聴いた。
アイーダからフランが首を突っ込むつもりのようだと告げられが、さほど心配している様子はない。
野次馬な性格とは裏腹にフランは割りと慎重で、危険に対する警戒感も強いそうだ。
ナデタは小屋の監視はライトスミス商会の商会員たちに委ねて、フランたちの警護に当たる事にした。
★☆☆☆
アイーダはレーネとフランに報告に向かい、ナデタはフランたち四人の動向を監視する。
レーネはカマンベール子爵家の領館に挨拶に向かい、他の三人は船着き場に向かう。エダはライトスミス商会商会の事務所に行っているが、フランがアイーダに宿屋の手配を命じていた。
アイーダはそれに応じて表通りに向かい、通りすがりにナデタに目配せして人混みに消えた。
リナとエレンを見送ったフランはアレックスを探しに行くのかと思いきや真っ直ぐにセイラカフェに向かい始めた。
アイーダの言う通りセイラの様に火中の栗を拾いに行く性格では無いようだ。
それでも偶然は起こる。
フランの直ぐ目の先を例の管理官らしき男が食料を抱えて通り過ぎて行ったのだ。
フランはしばらく歩みを止めてそちらを見ていたが意を決したように後を付け始めた。
一人で例の小屋に突っ込むような事になれば止めなければいけないと考えて急いで後を追う。
ところがフランは小屋の手前までついて行くと、管理官らしき男が小屋に入るのを見届けると踵を返し通りの反対側の、ライトスミス商会の商会員が作業員に扮して荷入れをしながら監視をしている倉庫に向かう。
そして作業員に声を掛けて何やら話し出した。
一瞬気付かれているのかと疑ったがそうでは無いようだ。
勘が良いのだろうか、小屋の監視に一番向いている場所に検討を付けたのだろう。
言葉巧みに作業員たちの中に入って行き、情報を集め出した。
作業員たちに手持ちのレモン水を振舞いながら、味方につけたようだ。
まあ、作業員たちも実はライトスミス商会の監視員であったことも有り、フランの事も事前に通告されていたので警戒感も無かったと言う事だろうが。
情報の収集が終わると、自分からは現場に乗り込まずそのままセイラカフェに向かって戻って行った。
おまけに作業員が語った話は、手紙にまとめられてカマンベール子爵家にすぐに報告としている。
ナデタもこれまでの報告を行う為に一度領館に戻って来ると、マイルズ次席武官が来ていた。
管理官の後を追ってア・オーに入ったという情報を得たと言って領館にやって来たのだ。
ナデタから経緯を知らされてマイルズ次席武官も同行する事になった。
午後になるとフランとレーネがメイドを従えて監視場所の倉庫に向かった。
途中行く先々で色々と噂話を集めている。さすがに叩き上げの商人の娘である。
倉庫についた頃には夕刻内なっていた。単身で乗り込まないところも好感が持てる。
すこしは暴走癖の有るセイラにフランを見習ってほしいと思う。
ナデタは倉庫前でみんなが集まって差し入れのデニッシュを食べながら情報確認を始めているのを離れた場所からマイルズと監視している。
「拙いぞナデタ殿。あの娘が動き出した」
フランが監視員と一緒に小屋に向かった。
「むっ! この臭いは!」
薄っすらと何か腐ったような異臭が風に乗っての流れてきた。
作業員たちが小屋の壁を壊し始めている。
それを見たマイルズ次席武官が小屋に向かって駆けだす。
「ナデタ殿! 治癒術士を手配してくれ、今すぐに」
マイルズの判断は的確だ。ナデタはすぐに聖教会の治癒院に向かって走った。
☆☆☆☆
オーブラック商会の商会員は、朝荷物を降ろすとそのままモルビエ子爵領の領境目指して去っていた。
モルビエ子爵領経由でシェブリ伯爵領に抜けるつもりなのだろう。カンボゾーラ子爵領を使わないのは逮捕を避ける為だ。
管理官と思しき男は荷物を持ったまま逃走しまだ捕まっていない。
アレックスと文官は治癒院に運び込まれて療養中である。
アレックスは症状も軽く、救急の処置のおかげで大事に至らずに済んだ。
ただ文官は一命は取り留めたものの、前回の事故での後遺症に加えて今回の事故で意識すら戻っていない。
フランたちが去った後ナデタはアレックスの面会に向かった。
「あっ、お前はジャンヌのメイド!」
「御免なさい。私はその双子の妹で、クロエ様付きのメイドをしているナデタと申します」
「ああ、クロエ・カマンベールの…。兄が迷惑をかけた。ただあれは俺の本意ではない。これまでの事情は理解している。今ではカマンベール子爵家に対しては悪かったと思っている。だが俺は父を殺すことに成った直接の原因である、セイラ・カンボゾーラとシェブリ伯爵家に拭えない恨みがある。理由はどうあれ感情的にどうしても許せないだけだ」
「その件に関しては使用人の私がとやかく言う事では御座いませんので控えさせて頂きます。私がお聞きしたいのは貴方が一体何をなさろうとしていたかです」
「シェブリ伯爵家に一泡吹かせたかった…」
「シェブリ伯爵家の家臣に協力して? 何故?」
「金を…あいつらが見つけた金を消し去ってやりたかった。あんなものの為に俺の一族は狂わされてしまったんだ。それを焚きつけたのがシェブリ伯爵家だ。…だからあいつらが鉱山から切り出した原石から金を製錬すると聞いて手を貸すと言って加わったんだ」
「製錬の仕方をご存じだったのですか!」
「ああ、同室のルームメートに教えて貰った。それ以外にも金を溶かす方法も…」
…ああ、何てこと! 一番の元凶はアレックスの同室のあの男だったのだ。
ナデタには専門的過ぎてアレックスの言っている事の全ては理解できない。
セイラに手紙を出して早急に来てもらって何が行われたか究明して貰う事にした。
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