閑話13 ア・オーの後始末(1)

 ★★★★

 ルカ・カマンベールが王都に戻ってからは、クロエの軟禁状態が続いている。

 とは言っても毎朝ウィキンズが迎えに来て、二人で仲良く近衛騎士団の訓練場に行き、午後にはウィキンズに送られて寮に帰ってくる。

 帰りには時折二人でお茶を飲みに行ったり買い物に行ったりしているのだから苦痛なんて感じるわけも無いだろう。

 こうなるとナデタの出る幕も無いので、春の休みが始まると直ぐにカマンベール子爵家に報告も兼ねてア・オーに戻る事にした。


 早船を使ってフィリポの街に着くと中央街道から乗り継ぎで馬車を降りる人込みに王立学校生のマントを見つけた。

 それとなく近づいて横顔を見るとアレックス・ライオルだった。

 つば広の帽子を被り春だというのにマントの襟を立てて俯いて乗り換えの馬車目指して走り抜けて行く。


 元々は生まれ育った領地である。見知った顔も有るかもしれない。人目を気にして逃げるように馬車に乗るその姿を見て、ナデタも少し同情心が湧いてきた。

 しかし、だからと言って気を抜いた訳では無い。

 彼にはこの領内に帰る当てが有ろうはずも無いのだから、何の目的でここまでやってきたのか探る必要が有る。

 予定していたルーシーとフィリップへの挨拶は取りやめて馬車を追う事にした。


 馬車はア・オー行きの定期馬車だ。ライトスミス商会で馬を仕立てると、アレックスの乗った乗合馬車を追い抜いて先にア・オーに向かう。

 ア・オーの停車場は馬車や荷馬でごった返していた。ナデタは乗ってきた馬に飼葉と水をやって休ませながら、アレックスの動向を伺う。


 ナデタから遅れて到着した乗合馬車から降りてきたアレックスに歩み寄る人影が有った。

 何処かの商会員か何かだろう、身なりの良い平民がアレックスに声を掛けている。

 アレックスは一礼するとその男について行く。眼で追うと停車場の外れに停まっている荷馬車に連れて行かれるようだ。


「ねえ、あの馬車は何処から来たか判るかしら」

「さあ? 西の山脈方に向かう道から来たのは分るがどこの馬車かは分かんねえな」

 ナデタの問いに停車場の職員が答えてくれる。

 仕方がない、荷馬車の向かう方角にあたりを付けてライトスミス商会に向かう。

 カマンベール子爵家に伝言を伝えて、馬を変えると直ぐに荷馬車の後を追った。


 一頭引きの荷馬車で二人も人を乗せている。ナデタははすぐに追いついたが、今度は追い越す事なく少し手前で速度を落とす。

 行き先を見定めないと先回りは出来ない。

 暫く進んで行き先の見当がついた。例の鉱山の方角に向かうのだろう。そう判断すると一気に荷馬車を追い抜き麓の村まで駆け抜けた。


★★★☆

 村はあの事故から三月以上経ちすっかり落ち着いていた。

 入山者の監視のためのカマンベール子爵家の駐在員とカンボゾーラ建設の駐在員が二人いる以外は村人だけだ。

 ナデタは駐在員の事務所に向かい、事故後の事情を聴く事にした。


 シェブリ伯爵家は鉱山に見切りをつけて、山に籠った文官たちに下山を通告したそうだが、文官たちは鉱山に固執してなかなか下山しなかった。

 それでもどうにかマイルズ次席武官の説得で下山してきたらしいのだが、管理官が行方をくらましてしまった。

 歩行に障害が残る文官を村に残してマイルズ次席武官は管理官の後を追ったという。

 そして今日はその文官をオーブラック商会の商会員が迎えに来ると言った。


 アレックスを連れて行ったのはまず間違いなくその商会員だろう。

 オーブラック商会が何を企んでいるのか知らないが、アレックス・ライオルと裏で繋がっていたのだろう。

 いや、アレックスが操られているという方が正解だろう。多分文官も裏でオーブラック商会に誑かされていると考えた方が良い。

 鉱山事故での経緯も聞いているのでナデタにはその文官が、オーブラック商会を操れる様な聡明な人物とは到底思えないのだ。


 二人とも、もしかすると逃げた管理官も含めて三人ともオーブラック商会に踊らされているのではないだろうか。

 ただ、オーブラック商会が何を企んでいるのかが見当もつかない。シェブリ伯爵家が見切りをつけた鉱山にまだ執着しているのだろうか。

 だからと言ってあの愚かしい文官や年若いアレックスに何かできる訳でもあるまい。


 荷馬車が着く迄のわずかな間で、駐在員と打ち合わせを行う。

 ナデタがこの村に来た経緯を話すと駐在員もナデタと同じ結論に達した。

 オーブラック商会が何か企んでいるのなら、足元をすくわれない様に最低限の対策が必要だろう。

「念書を取りましょう。自分が文官と荷物の受け渡しの折に念書を書かせますよ。行き先や途中の行動まで全て書かせて、そこから外れた場合はオーブラック商会の落ち度になると捻じ込んでやりましょう」

「それなら助かります。少なくとも荷馬車の行く先まで分かれば先回りできますから。それで文官様の様子はどうなのでしょうか」


 例の文官は村の入り口にある以前シェブリ伯爵家の土木作業事務所代わりに使われていた小屋に居るという。

 下山の折に色々と荷物を運び降ろしたが、運搬の手伝いに出た村人に横柄な態度を取り続け、本人も村人に背負子で背負われておりてくる間も怒鳴り散らしていたそうだ。

 そんな事で定期的に食事を持っていく以外には小屋には誰も近づかないので何をしているのかも分からない。

 村人もルークに頼まれて面倒を見ているだけで、それが無ければ村から放り出していただろうと駐在員も憤っていた。


 ナデタは軽い食事をとり、四半時ほど仮眠を散りながら待っていると例の荷馬車がやって来たと調査員に起こされた。

 事務者の窓から覗くと村の入り口に荷馬車が停まっている。

 それに合わせるかのように小屋から、杖を突きながら顔色の悪い男が歩き出てきた。

 それに続いて大きな木箱が二つ運び出される。

 箱を運ぶ村人たちに何やら怒鳴り散らしているが、村人は気にする風でも無く荷馬車に箱を放り込んで行く。


 文官は悪態をつきつつ馬車に乗りこんで行く。

 カマンベール子爵家の駐在員が荷馬車の御者台に居るオーブラック商会の商会員に書類を突きつけて何やら話をしながらサインをさせている。

 これはナデタと示し合わせた通り、文官と商会員に荷物の積み込みと行く先や今後の動向について念書を取っているのだ。

 マイルズ次席武官が居ない状態で不都合が生じてシェブリ伯爵家に難癖を付けられる訳には行かないと大きな声で怒鳴る駐在員の声が聞こえる。

 村人たちも二人を取り囲んで圧力を掛けている。


 駐在員は念書にサインを入れた後、休憩をすると言って村人に金を払って食事とビールを持って来させたが、馬車から離れる事は無かった。

 駐在員は事務所に帰って来ると念書をナデタに見せる。

「どうもア・オーに戻るようですね。商会員は文官はア・オーで降ろすと言っています。そこから先は商会員の責任範囲外だとの事です。文官はロワールに帰ると言っていますが…」

「ア・オーで何か企んでいるのでしょう。それで荷馬車の中には誰かいませんでしたか?」

「ナデタさんの仰る通り、少年らしき人影が降りてあの小屋に入るのが見えました。食事をしたあと今日はここで泊まるのか、夜駆をするのか。まあ、休息はするでしょうね。出ないと馬がもたない」


 商会員は村人から飼葉や食料を購入して小屋に運ばせている。彼も休息をとるつもりなのだろう。

 馬に飼葉と水を与えている商会員に向かって、文官は気がくのかさっさと出発しろと怒鳴り散らしている。


 休憩も無しにとんぼ返りで馬車を進めさせようとする文官はつくづく勝手な男だと思いながらも、ナデタも馬の準備にかかる。

 ナデタは疲れた体に鞭打つ思いで、替えの馬にまたがると日暮れのもと来た道をア・オーに向かって走り出していた。

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