第121話 フランの冒険(3)

【3】

「一体何をしようとしているのでしょうね」

 セイラカフェでフランと落ち合ったレーネはアレックスの話を聞かされて思案している。


「なにか錬金術的なことなのかな? アレックス・ライオルって錬金術師だったかな」

「違うわ、宮廷魔道士の見習いよ。錬金術に造詣があるとは聞いていないけれど…有っても不思議ではないわね」

「入学時のクラス分けのときは天文だったと思うんだよ。試験場でジャンヌさんに食って掛かってた話を聞いたから」

「うーん、天文なら地理や地学にも造形があるのかしら? よくわからないわ」


「あのね、レーネ。午後の二の鐘がなる頃に作業場のおじさんたちがあの小屋を調べてくれているからその報告を聞きにゆくの。一緒に行って聞いてほしい。それからカマンベール子爵家とセイラ宛に手紙を出すわ。あなたの乗る船は明日の朝の船だったよね」

「あなたらしい賢明な判断ね。セイラさんなら自分から乗り込んでゆきそうだけれどその点あなたはしっかりしていると思うわ」

「まあ、私は成り上がりものだしセイラみたいに頭も良くないから。使える人はだれでも使うよ」


 フランは大きなバスケットに一杯のデニッシュを入れて作業場に向かった。レーネもエダたちメイドも後に続いている。

「おーい、おっちゃんたち! 来たよー」

「オー、今朝の姉ちゃんか…って後ろのお嬢様は何だ?」

「なんだよー、私は姉ちゃんで、レーネはお嬢様って。私の同級生でセイラのクラスメイトだよ」


「皆様、こんばんわ。サレール子爵家のレーネと申します」

 微笑んで頭を下げるレーネに、作業員たちは慌てて帽子を取り深々と頭を下げて礼を返す。

「しっ子爵令嬢様とは露しらず…ごぶっぶさっ無作法致しやした」

 親方が慌てて挨拶の言葉を述べる。


「おっちゃんたち、私とえらく扱いが違うじゃない。まあ良いわ。お土産持って来たんだけど持って帰ろうかしら」

「ハハハ、待ちなよ、嬢ちゃん。謝るからさあ。その代わり頼まれてた情報はしっかり聞いてきたからよぅ。さあ野郎ども、今日の仕事は上がりだ。嬢ちゃん達に情報を話してやれ」

 そう言って板切れやら反故紙やら麻袋やらに木炭で雑に書き連ねられた走り書きを持ってきてくれた。

 フランは感心しながら板切れを見た。不細工な拙い字であるが、作業員や職人が字をかけるような領地は東部には無いだろう。


「なになに、石が固い…? 水を掛けると崩れた? 粉にする? これは一体」

「おいおい、良くこいつの汚い字が読めたな」

「そんな事無いよ。私の領地では字を書ける人なんて街には殆んどいないよ」


「お嬢様はサレール子爵家の方だと言ってたねえ。荷下ろしで二度ほど行ったことが有るけれど古い綺麗な町だね。それに薬草を付け込んだワインも旨かったぜ」

「えー! アニスやリコリスを漬け込んだあんな変なお酒が!」

「始めはそうだが、慣れると癖になるんだ」


 そんな話を聞きながら作業員のメモを手紙に書き写していたフランが顔を上げて言った。

「レーネ、そのお酒売れるかも知れないよ。生の意見は価値が有るんだよ。この街は商売のネタが沢山あるからもう一日滞在を伸ばしても良いわね」

「それならば私も付き合いますわ。その代わり私の領地の参考になる事も教えて下さいな」

「そっちの嬢ちゃんは商人の出なのかい? えらく熱心だが本業は何なんだい」

「ウーン、本業は東部の男爵家の令嬢…」

「本業が男爵家って…ご令嬢様かよ、それも東部の。こっこれは失礼いたしやした」

「そんなこと言って、心にも思ってないでしょう。うちは商人からの成り上がりなんだ。ご令嬢様ってがらじゃないよ」

 当たりは陽気な笑い声に包まれて、作業員たちの口も軽くなる。シェブリ伯爵家の絡んだ鉱山事故の噂も次々と集まってくる。

 レーネはその様子を感心しながら見ていた。


 フランが書きまとめた手紙は直ぐにセイラ宛に発送された。カマンベール子爵家にはアイーダが直に報告に向かった。


 翌日は朝からフランは街中をあちこち覗いて歩いている。街は一昨日の夜にフランたちが吹聴した、クロエの事件の話題で持ちきりだった。

 フランは行く先々でその話題に口を挟んで、街の人たちから噂話を集めて行く。東部や北部の商人の悪口や南部や西部からの商品の評価、そして他州の領主貴族の噂まで。


 レーネに気を使ってサレール子爵領の産物の評価も色々と聞いてくれる。サレール領のワインは評判も良く、意外にもアニスとリコリスの薬酒も好みが分かれるが好きだという人が割と居たのには驚いた。

「こういう好みが分かれる商品は根強い人気商品になる可能性があるんだよ」

 そう言いながら例の小屋に向かう。


「おーいねえちゃんたち、あの小屋で午後から何か始める心算のようだぞ」

「ああ、嬢ちゃん。例の小屋に職人らしい男が三人雇われてきたぜ。あの偉そうな男が怒鳴り散らしながら連れてきた」

「さっきまで槌の音と怒鳴り声が聞こえていたけれど、今はふいごの音だけだなあ」


「私何か嫌な予感がする。ちょっと近くまで行ってみるか…」

「行ってみるかって、フラン! 何を仰っているの! 危険ですわよ」

「安心しなお嬢様。俺たちがついて行ってやるからよう。あんなヒョロヒョロ役人に指一本触れさせねえさ」

「あなた方もフランを煽らないで下さいまし!」


 レーネの制止を誰も聞いていない。

 フランを筆頭に作業員たちがこっそり小屋に近づいて行く。

「おい、何だこの臭い」

「何か腐ったような臭いがする」

「おっちゃんたち! ドアをたたき壊して! 何かヤバいよ」

 フランの叫び声と同時に中からドンという何かぶつかるような音が響いた。


 親方がドアを蹴破ると、ムッとする嫌な臭いが熱気と一緒に一気に流れ出してきた。

「なんだこの臭い! 頭が痛ぇ」

「おっちゃんたち! 息を止めて! 吸い込むとヤバイ! 壁も窓も壊して!」

 作業員たちが割り木やバールを持って壁を叩き壊し始める。

「そこを退け―!」

 二人の作業員が荷車を押して突っ込んで来る。ドアの有った壁の側面が完全に破壊され小屋の中に光と風が一気に流れ込んだ。


 職人らしい男が三人転がり出てくる。部屋の真ん中にふいごに連なって小さな炉が燃えており、その上の小さな坩堝るつぼから何か湯気の様な物が立ち上がっている。

 坩堝の前で男が一人倒れている。その横で少年がぐったりとへたり込んでいた。


「あっ! アレックス・ライオル!」

「水魔法!」

 レーネが坩堝るつぼの上に大量の水を降らす。炉が轟音を立てて大量の蒸気が立ち込めた。


「危険だ! お前たちは下がれ!」

 どこからともなく叫び声が聞こえ、武官らしい男が突っ込んで来る。

「アレックスを! 彼を助けだして!」

 フランの叫び声に応えて、その武官はアレックス・ライオルを抱え上げるとこちらに走り出てくる。

「この子を風通しの良いところに運んでくれ」

 武官はそう言って小屋の中を見る。


 小屋の端で大きな荷物を二つ持った男が悲鳴を上げて壊れた小屋の壁の穴ににじり寄る。

「ちっ」

 武官は舌打ちすると穴を潜る男を無視して中に入り、倒れている男を引きずり引っ張り出した。

 穴から逃げた男は大きな荷物を抱えてながらフラフラと逃げ去って行く。


「お嬢さん方、少々お転婆が過ぎるようだな。これが風上じゃ無ければあんた達も毒の風にあたってやられていたかもしれんぞ」

 その武官はシェブリ伯爵家のマイルズと名乗った。なんでも鉱山から逃げ出して悪巧みをしていた二人の文官を探してこの街迄追って来たらしい。


 倒れていた男とアレックスはすぐにカマンベール子爵家の治癒院に運ばれて行った。雇われていた三人の作業員も大丈夫だと言っていたが、一緒に連れて行かれた。

 フランたちと作業員たちは、その場で治癒修道女たちの診療を受けた。


【4】

「そこで私が言ったのよ! 危ない、アレックス・ライオル! って、そうしたらレーネが全魔力を込めて水魔法を放って…」

 休暇明け、下級貴族寮の食堂では椅子の上に立って武勇伝を語るフランが居る。

 それこそマイルズ武官やカマンベール家の衛士に聞いた話をさも自分たちが行ったように。


「ねえ、レーネ。怖くは無かったの? すごい冒険じゃないの」

「そうね。でもフランもメイド達も一緒だったしね」

 そう、ずっと一緒だったのだメイドが一人カマンベール子爵と会った夜から。

 ナデタが報告の為にア・オーの街に帰っていたのだ。


「凄いわね。その騎士と作業員たちを指揮して職人を救助したんでしょう」

「そうね。みんなで協力してね」

 レーネも否定しなかった。

 少しぐらい、尾ひれがついても笑ってすませばいい。夏に領地に帰るときはフランの真似をして街で住民を集めて冒険譚を語っても良いかな。

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