第120話 フランの冒険(2)

【2】

「レーネ様、やはりアレックス・ライオル様でした。馬車や宿帳は偽名を使われておられましたが、同行されている二人の方がその名を申して居りましたので間違いないかと」

 アイーダがレーネにそう告げた。


「何故フランで無く私に?」

「フランお嬢様にもご報告は致しますが、事前にお耳にお入れした方が良いと判断致しました。もし伝手がお有りでしたらカマンベール子爵家やカンボゾーラ子爵家にもお伝えした方が良いと思いましたので」

 小声でそう告げると歩み去って行った。さすがはセイラカフェが用意した行儀指導員も兼ねたメイドだけある。


 フランは船着き場でリナとエレンを見送っていた。

 エダはアレックスの件をしたためた手紙を、カンボゾーラ子爵家宛に発送する為ライトスミス商会の事務所に行っている。

 アイーダには今日、宿泊する宿を取りに行ってもらっている。昨夜の宿もカマンベール子爵家が融通してくれたようで、二日続けて厄介になる訳には行かない。

 レーネと二人でメイド付きで泊まれる宿の確保を頼んでいるのだ。


 見送りが終わって、待ち合わせ場所のセイラカフェに向かいながら考える。

 二年はBクラスに上がりたいなあ、マリオンと一緒に。そうすればロレインやリナやエレンとも同じクラスになれるから。

 そんな事を考えながら宿に戻りかけて、ふと男の姿が目に付いた。


 今朝、アレックスと一緒に居た男だ。ワインの瓶やライ麦パン、ソーセージなどを袋に詰めて歩いている。

 多分昼食の買い出しにでも行った帰りなのだろう。周りを伺いながら足早に人混みを抜けて行く。


 特に意識もせずにフランの足は男の後は追いかけていた。些細な事でも気になると確かめずにはいられないのは性格だろうか。

 それにフランの勘は、あの男が良からぬことを企んでいると告げている。彼女の勘は何故か当たるのだ。


 ついて行くと通りから少し離れた小さな小屋に向かってゆく。

 男は小屋のドアを開いて中に入って行った。

 忙しそうに行き交う人たちは誰もその小屋にも、入って行った男にも関心を示さない。


「ねえ、おじさん。あの小屋何なの? 新しいお店なのかなあ」

 近くの倉庫でに入れ作業をしている作業員に声をかけて聞いてみる。

「あーっ? さあな? 鍛冶屋じゃねえのか? この間炭を大量に運び込んでいたぞ」

「ああ、鋳掛屋のようだぞ。鍛冶屋のように大した物じゃ無さそうだぞ。小型のふいごを持ち込んでいたようだからな」

「そう言えば今朝がた台車で重そうな箱を運び込んでいたがなあ」


「おい! 手前ら! 何サボってやがる」

「いやね、親方。このお嬢さん何か気になる事が有るらしくてよう。親方も人に親切にしろって言ってるじゃねえか」

「お前らはそれに託けてサボってるだけだろうが!」

 この領の人たちは人懐っこいお人好しが多い。フランは親方と作業員の間に割って入った。


「そうだおじさん達、のどが乾かないかい? レモン水だよ、分けてあげる」

 フランは水筒代わりに腰につるしていたビンを持って作業員に見せた。

「そいつは有り難え。そろそろのどが渇いてよう」

 親方も肩を竦めて諦めたように首を振って腰を下ろした。

「分かったよ、休憩だ! お嬢さんにちゃんとお礼を言えよ」

 差し出されたコップに少しずつレモン水を注いで回る。


「何かよう、偉そうな男が二人先週くらいにあの小屋に入って行ってコソコソと荷物を運び始めたんだ」

「ああ、俺が何か始めるのかいって聞いたら平民が来やすく話しかけるなだとさ。何様だと思ってやがるんだろうな」

「そりゃあ絶対北の奴らだな。ライオル領かもっと北か」

「バカ野郎、ライオル領はルーシー様の領地になって悪い貴族は追い払われたじゃねえか。フィリップ様とセイラ様があの伯爵家を叩き出しただろうが」


「それじゃあ、もっと北の野郎だな。シェブリ伯爵家から運河工事に来てるやつらの関係者じゃねえか?」

「そういやあ冬に一悶着あったからなあ」

「それ、聞きたい!」

 作業員が冬の山奥であったという事件を話してくれた。被害に遭った行動堀の作業員たちがシェブリ伯爵家の悪行をア・オーの街で吹聴していったらしい。


「それでよ。その坑道の事故の時にカンボゾーラのお嬢様が駆け付けて、作業員を助けたんだが、顔を潰されたシェブリ伯爵家の役人が山に立てこもっているとか聞いたぜ」

「セイラったら、又大活躍じゃないの。やっぱりすごいわあの娘。シェブリ家ザマア見ろだわ」

「あんた、セイラお嬢様を呼び捨てって…。えらく気安そうだな」

「そう言えば、あんた昨日クロエ様の話しをしていたよなあ」


「うん、王立学校で一番初めに出来た友達がセイラ・カンボゾーラなんだ」

「あんた、王立学校の。セイラ様と友達かい」

「うん、昨日の朝迄一緒にいたんだよ。王立学校出の事も教えてあげるから、もっと情報ちょうだいよ」

 もともと商家の娘であるフランは、口八丁で人の懐に飛び込んで行くすべは長けている。


 作業員たちは勇んで話し出した。

「それじゃあ、その関係者が此処にやってきたあって事かなあ?」

「さあな。でもあのう二人の男は商人じゃあねえぞ。下級貴族か役人って感じだし、北部のくそ野郎の匂いがプンプンするからなあ」

「もう一人若い男の子が来てなかった?」

「ああ見たぜ。今朝デカい荷物を持ってやって来たな」

「そう言えば大事そうに鞄を抱えていたなあ」

「…鞄の中身は判んないわよねえ」

「でもよう。ビンが割れるとか怒鳴っていたから高級なワインでも入っていたんじゃねえか」

「何かビンに入れる液体を後生大事に抱えてきたって事よねえ」


「そう言えばよう。あの北の男も小屋に来た時に同じように鉄の容器に入ったものを大事そうに抱えて持って行ってたなあ」

「今度は鉄なの?」

「鉄の容器だったな。重そうにしてたがタッポンタッポン音がしてたから液体だろうな」

「何だろうねえ。でもなんでこの街でそんな事やってんだろう」

「分かんねえが、あの小屋の持ち主に聞いておいてやろうか?」

「ホント! 親方お願い」

「応よ! 任せな、お前たちも気合入れて情報聞き出しな」

「おい、誰かひとりあの小屋に付けて話してる事を聞き出してこい。見つかって文句でも言われそうなら俺たちが乗り込んでやるからな、別に都合の悪い事をやって無ければな」


 早速、若い作業員が紙束と木炭ペンを持って走って行った。

「ありがとう、おっちゃん達。二の鐘が鳴る頃にはまたここに来るよ。何かあったら私の宿かセイラカフェに連絡して」

 いつの間にか作業員たちが情報を集めて、夕刻にはフランに報告する流れが出来ている。

 夕方に来る時はセイラカフェでお菓子をいっぱい買って持って来よう、などと考えてフランとエダと待ち合わせ予定のセイラカフェに向かう。

 その姿を陰からじっと見ている視線に気づく事は無かった。

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