第119話 フランの冒険(1)

【1】

 その夜は通りの喧騒がいつまでも続き、四人が宿に帰った後も話を聞いていた人たちが代わるがわる話を繰り返していた。

 どうも外での食べ物も酒や飲み物も領主家からの奢りになったようで、四人はメイドたちにも仕事を終わらせて一緒に話に興じた。

 メイド達はリオニーやウルヴァやナデテの武勇伝に加えてアドルフィーネやナデタの裏話も加えて語り出し、そこに仕事終わりのセイラカフェのメイドも加わり遅くまで話していたようだ。


 遅くまで騒いでいた割には心地よくぐっすり眠れたフランは、すっきりした気持ちで宿の窓を開いた。相部屋なので他の三人はまだ眠っている。

 相部屋とは言う物の商人が事務所代わりのも使う大部屋なので四人の寝室とは別にメイドの部屋や応接もも付いている立派な部屋だ。


 フランが起きた事に気付いたメイドのエダがドアを開けて顔をのぞかせる。

「お嬢様、お召し替えを致しましょうか?」

「まだみんな眠っているし、もう少し…もう少し、こうやって外を見て居たいの」

「それでは、もう少ししたら洗面具をお持ち致します」

 あくびをしながら窓際外を見ている。エダが居たらはしたないと叱られるところだった。


 北の村からの乗合馬車や荷馬車が入ってきた。

 夜を徹して走る乗り合い便は他領でも有名だ。治安もよく真っ直ぐな道が拓かれたこの領ならではの馬車便なのだ。


「あら、フラン。もう起きていらしたの。何を見ていらっしゃるのかしら?」

 振り向くとレーネが別途から立ち上がってこちらに歩いてきている。

「こんなに早くから馬車便が来るのはこの州くらいだよ。私の領もここみたいに成れば良いんだけれどなあ。東部は難しいや」

「昨日のあれよね。私も羨ましいと思ったもの。春は無理だけど夏至祭の時には私も同じようなことをやってみようかしら」


 そんな話をしているうちに荷馬車から人が降りてきて積み荷が降ろされ始めた。

「あれ? あのコート王立学校生のものだよ。在校生かな? 卒業生かな?」

「どうでしょう。貴族寮はクロエ様だけだけれど、平民寮には何人もこの領出身者がいますもの。…あら! でもあの姿見たような気がしますわ」


 レーネが指差す先には二人の痩せた男とともに荷台の荷物を受け取っている少年の姿が見て取れた。

 少し猫背の後ろ姿はフランも見覚えが有った。

「あっ! あれはアレックス・ライオルじゃあないかしら?」

 フランの言葉にレーネもハッとして目を凝らした。

 振り向いて隣の男と話すその横顔は、言われてみればアレックス・ライオルに見える。


「そうみたいですけどなぜこんな所に?」

「カマンベール子爵領の一部は元ライオル領だったそうだから…。でも併合された部分はもっと西の方だったような」

 そこにエダが手水鉢と水差しとタオルを持って現れた。

「レーネ様も起きられましたか。直ぐにアイーダが皆様の手水鉢も運んでまいります。他のメイドは朝食の準備にかかっておりますので、お顔を洗われたらお召し替えのお手伝いをいたしますわ」


「それよりもエダ、あそこで荷下ろしをしている王立学校性を探ってくれないかしら。あれはアレックス・ライオルのようよ。前のカンボゾーラ子爵領の領主だったあのマルカム・ライオルの弟だよ」

 エダの眼がキラリと光った。

「まあそれは気になりますわね。でも淑女は洗顔とお召し替えを先に済ませておくものですわ。さあいつまでもその様なお格好ははしたないですわよ」


 流石はフランの行儀指導係も兼ねたメイドである。

 押さえるところは押さえて、それでもメモを外の誰かに手渡して何やら指示を出したようだが令嬢たちの朝の身支度の手を止める様子はまったくなかった。

「多分アレックス・ライオルだと思うんだけれど、レーネはどう思う。貴女の方が良く知ってるでしょう」

「まあ、クラスメイトですから。でもあまり目立たない方ですし、それに私たちとは距離を取っているので」

「ああ、セイラの一件が有るものね。それにクロエ様の件でも良くは思われていないわね」

「あの一件はあの方には関係無いってセイラ様は仰っていますけれど、アレックス様は根に持っているようで」


「レーネもフランも二人とも、朝から何の話? 何かあったの?」

「ああリナ、それがね…」

「ええ、この領ではライオル家は嫌われてるなあと、アレックス様が後を継いでいたら大変な事になっていたなあって」

「そうね。マルカム・ライオルが討たれるところなんて拍手喝采だったものね」

「きっとお芝居になるわよ。昨日吟遊詩人も来て一生懸命書き留めていたもの」

 リナ・マリボー男爵令嬢とエレン・サムソー子爵令嬢が話に加わって来る。


「お嬢さま方、早くお召し替えをお済まし下さいませ。朝食が冷えてしまいますよ」

 エダの声にリナとエレンが慌てて洗顔に向かった。

「あの二人に話しちゃ駄目なの?」

「いえ、余り憶測で話す事では無いと思ったの。貴女もこの件には深入りし過ぎていると思うから気を付けて」

 レーネは自分たち他の三人をシェブリ伯爵家との抗争に巻き込みたくないのだろう。そう考えてフランは二人には話さない事にした。


「リナはここから直接ブリー州まで船で行くのよね。エレンとレーネはクオーネで乗り換えるのよね」

 朝食の席でフランが三人に今日の予定を尋ねる。

「そう言うフランはどうするの? クオーネに寄り道するの?」

「ううん、私はここから馬車で東部に向かうわ。だからア・オーにもう一泊するつもり」


「残念…それじゃあ今日でお別れだね」

「あっ…二人とも、私もこちらでもう一泊いたしますわ。昨日、こちらの御領主様にはお世話になりましたし、やはり私だけでもご挨拶に伺った方が良いかと」

「えっ、ご領主様にお世話になったって?」

「昨日の夜のお食事もお酒もみんな出して下さったのですよ。昨日はあそこにいらしてたのよ」

「それじゃあ、レーネは一緒の船に乗らないの? それに私たちもご挨拶に伺わなくても良いのかしら」


「それならば、クロエ様のお父様があなた達には秘密にってね。でもそう言う訳に行かないでしょう」

 そうだ、そう言う訳には行かない。ここでレーネが黙っていればフランたち三人が後で恥をかく可能性がある。

 かと言ってカマンベール卿の意図も汲まなければいけない。そうなれば挨拶に赴くのはレーネ一人が一番よいと言う事になる。

「ごめんね、レーネ。いつも気遣いばかりさせて」

 エレンが頭を下げた。フランとリナも慌てて頭を下げる。

「もう、改まって変な事をしないで頂戴。恥ずかしいじゃないですか」


「変な事じゃないわ。本当に私みたいなものに優しくしてくれて有難う」

 まさか平民育ちの成り上がり男爵令嬢の自分に貴族令嬢が気さくに暖かく接してくれるとは、東部にいる頃には思いもしなかった。

 みんなで来た旅もここで解散か。いつかみんなと南部まで一緒に行ってみたいなと思いつつフランは食事をつづけた。

「もう、フランは何を言っているのかしら。おだてたって駄目な時はダメって言いますからね」

 レーネが顔を赤くして手を振った。

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