一年 後期

第122話 アレックスのルームメート(1)

【1】

「おい、くぉらぁー…ルゥウィスゥゥゥー! はけぇー!」

 王都のライトスミス商事事務所にルイスは監禁されていた。

「ちっ違うんだお嬢。これには訳が…ふっっかい訳があるんだ。なあ、聞いて、言い訳聞いて…。ねえ、お願い」

 椅子に座るルイスの両肩をナデタががっしりと押さえている。そして私の後ろに冷たい目をしたアドルフィーネが控え、私の頭越しにルイスを見下ろしている。


【2】

 ア・オーからフランの手紙が届いたのは、帰省して三日目だった。

 アレックス・ライオルをア・オーの街で見つけた事、何やら怪しい男たちと小屋に籠って画策していると言う事が書かれていた。


 それと一緒にナデタからアレックスがシェブリ伯爵家の例の文官と一緒に行動している事や、彼らをライトスミス商会が監視下に置いている事の報告も添えられていた。

 当面はナデタとカマンベール子爵領のメンバーに任そうと思っていると、四日目の朝に異臭騒ぎが起こり、アレックスと文官が治癒院で治療を受けている旨の連絡が入った。


 そしてその日の午後にはアレックスのからの聞き取りの結果とナデタたちでは手に負えないので聞き取りを手伝ってほしい旨の要請が来た。

 四日目の朝にフィリポの街を発つと午後にはア・オーに到着する。

 その日はナデタやライトスミス商会の商会員や治癒修道士たちの話を聞いて五日目からアレックスの病室の隣の部屋でナデタの尋問を聞く事になった。

 質問内容は事前に打ち合わせおいた。


 まず逃げた管理官と意識不明の文官が何を企んでいたかだ。

 用意していたのは炉と坩堝るつぼふいご、それに大量の炭だ。そして最後に鉄の容器に入った液体と言うのは多分水銀だろう。

 残念な事にその鉄容器は管理官が持って逃げたので確認は出来ないが、絶対間違いない。


 あいつらはあの小屋で鉱石から金を製錬するつもりだったのだ。剥き出しの坩堝を使って。

 アレックスに求められたのは文官が持ち込んだ鉱山の金鉱石(…と文官たちが信じている)物を砕いて細かくする事だ。

 アレックスが彼らに告げられたのは細かく砕いた鉱石を坩堝るつぼに入れて、管理官が持ってきた液体と混ぜて溶かすことだと言われた。

 アレックスは管理官が持ってきた物は水銀だろうとナデタに言った。


 私もそう思う鉄の容器に入れた重そうな液体で、金の製錬に使用するものと言えば他にはないだろう。

 …ならアレックスが持ってきた荷物は何なんだろう?


 アレックスの話は続く、山から持ってきた鉱石はとても硬くハンマーで叩くと火花が散ったそうだ。

 水に濡れると脆くなったとので、濡らして砕いたとも言っている。

 間違いなく彼らが持ってきたのは黄鉄鉱だ。


 金山に執着していたアレックスは製錬方法を王立学校の図書館で学んでいたそうで、彼のルームメートも色々と教えてくれていたそうだ。

 そのため大まかな製錬方法は知っているので、この後砕いた鉱石に水を加えて、水銀に溶解し、溶けた水銀液を炉にかけて水銀を飛ばす。

 中途半端な知識と硫酸化合物である黄鉄鉱を金鉱石と間違えた結果、亜硫酸ガスを発生させてしまったのだ。


 もしこれが金鉱石であっても金を溶かした水銀アマルガムを、あんな密閉した部屋で蒸発させれば全員水銀中毒で悲惨なことに成っていただろう。

 シェブリ伯爵家の文官は気の毒に、もう長く持たないだろう。ナデタを通してアレックスにこの事を告げると顔色を変えて震えていたという。


 文官の件は自業自得だと思っている。でもアレックスがなぜ巻き込まれているのかが謎だ。

 ナデタの尋問ではアレックスの後ろ盾にはオーブラック商会が入り込んでいたらしい。

 わずかながらも毎月仕送りが来て、その代わりに王立学校のクラスメイトの情報を要求されていたという。

 特にヨアンナと私の情報を中心にファナやジャンヌの動向も聞かれたので話したといっている。

 それにルームメイトが情報通でカマンベール子爵領の鉱山のの件や鉱石の情報も知っていてその話もしたという。


 火山の有るところは金が出やすいとか温泉が出る山には金鉱が出るとかという事を教えてくれたと言っていた。

 その上カマンベール子爵家が金の存在を隠すため、事故後鉱山を閉鎖し箝口令を引いたと、オーブラック商会に告げさせたのもそのルームメイトだそうだ。


 その上でルームメートには口止めされていたが、アレックスは四角い石はパイライトという鉱石だとも告げられている。

 この怪しいルームメートは、金が出ないことを知っていてオーブラック商会にミスリードを誘ったようだ。


 文官たちが持ってきた鉱石はア・オーの鍛冶工房に持ち込まれ製錬してもらうことに成っている。

 その旨をアレックスに告げ、望めば立ち会えるように段取りを付けたと伝えてもらった。

 ルームメートに教えてもらったパイライトの特徴と今回の鉱石の特徴が似ていることから、アレックスはすでに気づいていたようで首を横に振ったそうだ。

 知った所で意味がないと。

 もうすでに熱した鉱石粉から亜硫酸ガスが発生しているのだから金ではないことは明白だと。


 しかしそのおかげでオーブラック商会からアレックスに誘いがかかったと思われる。

 シェブリ伯爵家へ金のサンプルを提出すると言って、かなりの報酬を約束されてオーブラック商会がアレックスに手伝いを頼んできたのだ。

 アレックスは生まれ故郷の状況も気になったが、何よりその金のサンプル作成の邪魔をすべく承諾してここにやってきたという。


 オーブラック商会はその情報から隠れて金の製錬をしてシェブリ伯爵に渡すようだと考えて、先に製錬した金を奪うつもりでやってきたという。

 そのルームメートに金を溶かす方法を教わった。その材料がアレックスが持ってきた荷物なのだと。

 袋に入れた粉と瓶の液体だそうだ。


 王水! 多分瓶の中身は王水だ。粉は個体王水か?

 しかし硫酸はともかく塩酸が存在することは聞いたことがない。

 一体どうやって塩酸を手に入れたんだろう?

 その上個体王水など、どこに存在してたんだ?

 それも一介の学生が…。


 そのルームメートって誰だ? なにやらすべての黒幕のようだけれども。

 結局アレックスはその瓶の中身も粉の正体も話さなかった。

 ただルームメートの名前はあっさりと話した。

 エドウィン・エドガー、今まで一度も講義室に顔を出した事の無い私達のAクラスのクラスメイトの名だった。

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