第145話 顛末
【1】
結局ロアルドが連れてきた兵士たちは全て領主館に戻て来た。
領境を越えてライオル伯爵領に帰ったのはライオル達三人と御者と一名の騎馬武官の五名だけだった。
戻ってきた兵士たちは事情聴取をした後に帰領を促したが、騎馬武官一人と隊長格の歩兵一人は帰領を拒んだ。
歩兵たちの安全を図るため領主館へ引き返した事を咎められて苛烈な処分が下されるであろう事が想像できるからだと言う。
ライオル伯爵領との境の関所でライオル領の領地役人と引き渡す引き渡さないの押し問答が有ったが、本人の意思が優先されるため残留希望者はカマンベール領内に連れて帰って来た。
残留した二人は今回の計画の大まかな内容を聞かされており、どの道単独行動をとった時点で裏切りとみなされて厳罰は免れないと判断したのだ。
だからと言ってあのまま歩兵を月の無い深夜に明かりも無いまま行軍させれば全滅は免れない。
独り身の騎馬武官と農民出の老齢の歩兵隊長の二人が残留して他の兵を返す事にしたそうだ。
二人は事情聴取にも快く応えてくれて計画を明かしてくれた。
まあ内容は私が予想した通りで、リオニーの説明とほぼ同じである。
オーブラック商会の意図は判らないが、適当に狼を探すフリをして狼の毛や足跡を現場に残す事を指示されていた。
現に狼の足や毛皮も持たされていたものを見せられて、頃合いを見て盗賊の一味を歩兵に加えて関所を抜けて帰る予定であったと知らされた。
連れて来られた盗賊たちの面通しにも参加して貰ったが知った顔は居なかったようだ。
ただライオル領の兵士が参加している事を知って盗賊たちはすぐに自供を始めた。
彼らはライオル領で集められた冒険者崩れや中には現役の冒険者ギルドのメンバーもいた。
ライオル伯爵領から領内での犯罪歴を理由に盗賊団の引き渡しの要請が有ったが、アヴァロン州の州法による裁判を行う為商人と犬使い、それにギルドメンバーはクオーネに送られた。
そして現在捕まっていない盗賊団員は四名でリーダーもその中にいた。
北西の沼沢地に追い詰めたことが功を制し、冬季の寒さに耐えらず投降してきた。
リーダーは面通しの結果ライオル領の中級武官であった。
彼もロアルドに見捨てられたことを察して全て自供した。
オーブラック商会とライオル伯爵家はカマンベール領の現状を相当過小評価している様だ。
今年オーブラック商会が買い付けできなかったのはカマンベール領の収穫が落ちていると判断しているらしい。
冬の間に主要産業の羊を盗めば村々が疲弊し現金収入が無くなる事で、王都のクロエ様やルカ様の体面が保てなくなる。
体面を保つために借金の申し出が有るだろうからその担保として分水嶺の権利を要求するつもりだったらしい。
一冬かけて百頭以上の窃盗を命じられていたのだが、発覚が早すぎてろくな成果も上がらぬままに窃盗団は壊滅したのだ。
かなりの金を賭けて越冬の準備もしていた様だが、雪が降り出した頃には全てが終っていた。
オーブラック商会には他にも何か計画が有るようだが、窃盗団のメンバーには聞かされていなかった。
ただ、ライオル伯爵家の思惑としては借金の援助としてクロエ様を次男のマルカム・ライオルの妻に向かえてその持参金として分水嶺を要求する心算である事は聞かされていたそうだ。
一体この分水嶺に何が有ると言うのだろう。
カマンベール男爵に聞いてみたが心当たりが無いと言う。かつて火山が有ったらしく分水嶺の中腹に小さな火口湖が有るそうだが今は活動も無く、残念ながら温泉も出ていないそうだ。三代前の男爵の祖父の頃に、山師が入った事が有るそうで鉄の鉱脈が有るかもしれないとの報告はされたが、採算の採れるほどの物でも無いとも言われたそうだ。
狼騒動には信憑性を持たせる為にライオル領で捕獲した狼を三匹飼育しているとの証言が有った。
冬の終わりに殺してライオル領派遣の捜査隊の手柄にする為だそうだ。
自棄になったロアルドが狼を放つ可能性は高い。
今回の盗賊団の内罪状の軽いものと全てを供述したリーダー格の中級武官を州境の警備と狼の捕獲を条件にして減刑する事にした。
亡命した騎馬武官と歩兵隊長も監視役と創作の補佐として同行する事を申し出てくれた。
彼ら通しても越境して逃げ帰ったところでロアルドたちに殺される可能性が高いのでバカな考えは起こさないだろう。
街道筋の関所はライオル領の西一か所を残して雪で塞がった。
ただ一つ開いている関所は今までの三倍の衛士が詰めており、ライオル伯爵家とは臨戦態勢である。
警備の応援で冒険者も二チーム五人が格安の値段で留まってくれた。
まあ彼らはこの領の蒸留酒と羊肉やチーズが気に入ったのが大きいのだけれど、この土地が気に入ったようで永住しそうな雰囲気だ。
冒険者ギルドの無いこの領地だがこれから流通も盛んになって人も増えるだろうから支所が出来るように州本部に申請しても良いんじゃないか。
ライオル領からはいまだに盗賊団の引き渡しの要請が来ている。街道関所周辺で越境を試みたものが数人追い返されている。
盗賊団の猟犬使いと商人の三人を奪い返すか暗殺するために送り込まれたようだ。
街道筋が雪で閉ざされているので冬の間は動きが無いと思っているのだろう。
残念ながらその三人は既に船便でクオーネに運ばれている。
この冬の間はライオル領との州境が最前線になり悪さを仕掛けてきそうだ。
現状を案じたゴルゴンゾーラ公爵家から州兵の派遣が成され十六人の兵が州境の村に駐屯している事をライオル伯爵家領の者はは知らない。
雪解けまではこの睨み合いが続くのであろうが、クオーネでは尋問が進みライオル領糾弾の準備が粛々と進められている。
年が明けて春になる前には王都の裁判所に告発できるように準備が進められている。
まあそう簡単に起訴できるとも思っていないが、先手必勝で相手の出鼻を挫くためだ。
減刑対象から外れた残りの窃盗犯の尋問も終了した。
窃盗犯は調書と一緒にクエストを完了した冒険者が船便でクオーネに護送してくれる事になった。
私も彼らと一緒に今年の最後の船でクオーネに向かって出向した。
彼らはアヴァロン州の法務局の監獄で新年を迎える事になるだろう。
私は今年中にゴッダードにたどり着いてお母様と父ちゃんとオスカルの四人で年を越すんだ。
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