第144話 錯乱

【1】

「もうよい! これ以上話す事などいらぬ。引き上げるので沙汰を出してもらおう!」

 ロアルドがまた激高して立ち上がり訳の分からないことを言い出した。沸点の低い思慮の浅い男だ。

「落ち着いて下されロアルド様。まだ話も済んでおりませんぞ」

「そうで御座います。ロアルド様少し落ち着いて下さいませ」

 グラン商会長とアッパーサーヴァントがロアルドをなだめ始める。

 そう促されて腰を下ろすが、親指の爪を噛みながらブツブツと何やら呟きだした。


「拙い。これは拙いぞ。どうする…どうするのだ」

 その様子を見たアッパーサーヴァントが私たちに問いかけてきた。

「盗賊団の素性は? 取り調べはすんでいるのですか?」

「いや、取り調べ中だ。正確な人数もまだわかっていない」

 盗賊団のアジトを強襲してからまだ日にちが立っていない。犯人たちも捕まった村々に居り、これから領主館に移送するところなのだ。

 その為この領主館に居るのは私たちが捕まえた三人だけだ。


「ロアルド様、もしや盗賊たちと面識などおありでは無いのでしょうか?」

「なっ…何を無礼な事を! なぜおれが盗賊と面識があらねばならん」

 私の問いかけにロアルドが激昂して叫ぶ。

「リール州から流れてきた盗賊のようなのでそちらの領内でも悪事を働いていたり、犯歴が有る物やお尋ね者の類がいるかと思いましたのでお聞きしただけです。もし可能なら面通しだけでも」

「ロアルド様はそのような犯罪者との対応は行っておらん。必要ならわたくしがお受けしよう」

 ロアルドに代わってアッパーサーヴァントが応えた。


「セイラ殿、なにやら商会主にしては盗賊事件に首を突っ込みすぎではありませんか? 王都ではライトスミス商会は売るものが無くて貧民をメイドにして売っていると噂を聞いています」

「貧しい子供たちを教育して働き口を斡旋しているのは事実です。ですがライトスミス商会が主に何を商っているのかはライオル伯爵様ご自身が良くご存じのはず。出入りの商会のグラン商会長がご存じ無いのであれば不見識というものですわ」

「申し上げておきますよセイラ殿。カマンベール領に織機や紡績機を売り込む心算かもしれないがこれから雪解け迄は陸路は閉ざされたも同然です。大型の荷馬車が行き来できる街道はライオル伯爵領を抜ける一箇所だけ。ライトスミス商会が肩入れしたくても何もできないはずだ」


「それでも春になればライトスミス商会が全力でカマンベール男爵領をバックアップいたしますよ。お母様の大切な故郷ですもの。秋にオーブラック商会が羊毛に対して提示した額は聞いていますよ。もうこのお母様の故郷をあなた方の食い物にはさせません」

「判りました。私の忠告を無視した以上は後はどうなっても知りませんよ。ライトスミス商会もカマンベール男爵領と共倒れにならぬように気を付ける事ですな」

 オーブラック商会との交渉は決裂…初めからそのテーブルに乗るつもりはなかったが…した。


「ロアルド様、どうやらオーブラック商会の交渉と狼の討伐の援助の為に兵まで率いていらっしゃったのですよね。そのご行為はありがたく承っておきます。今日はゆっくりご自愛下さいませ」

 ルーシーさんがロアルドを見つめて優しくそう言った。

「心にもない事を言うな! 直ぐに帰る。今すぐだ! 兵に準備をさせろ! 寝首を掻かれてはたまらんからな」

「お待ちくださいロアルド様。もう日も暮れて夜道も凍り始めています。危険ですからお聞き訳下さい」

「俺をこの屋敷に引き留めて何か企んでいるのか? 寝首を掻くつもりか? 俺はそんな犯罪者など与り知らんぞ」

「ロアルド様! 冷静に酔いを醒まして下さいませ。おいフットマン、悪酔いしておられるからロアルド様を部屋にお連れする。サッサと手伝え」

「止めぬか! 俺は酔ってなどおらん。このままでは拙いのだ。貴様何故それが解らん!」

「酔って錯乱しておられる。ランドッグ殿もお手伝いください。フットマン! わたくしが担ぎ上げるから両腕を抑えろ」

 アッパーサーヴァントは、パブロとランドッグ商会長を手伝わせてロアルドを部屋まで引きずって行った。


「何かキナ臭いものを感じるな」

 ルーク様がポツリと言った。

「ええ、あの取り乱し方は異様でしたね。思慮の浅い方だとは思っておりましたが度が過ぎておりましたわ」

 メリル様も相槌を打った。

「狼の話を噂に聞いて恩を売りに来たのかと思っていたが、そうではないようだな。考えたくは無いが奴らが仕掛けを作ったのだろう。出来れば穏便に済ませて大人しく帰って貰えればと思っていたがそうもいかんな」

 男爵様が大きな溜息をついた。


「オーブラック商会も一枚噛んでいるのでしょうね。ランドッグ商会長の口ぶりではまだ何か仕掛けてきそうな気がします」

 私の言葉にルーク様はこちらを向いて問い掛けてくる。

「何か思うところが有るのかね」

「いえ、あの最後の捨て台詞が気になって。先行きの展望に自信が有るようでしたので」


「リオニー、其方ロアルドはどのような思惑でやって来たと思う」

 ルーク様は私に出は無くリオニーに問いかける。私が発言すると差し障りがあると言う事だろう。

「これは私の私見で御座いますが、今回の盗賊団はライオル伯爵家かオーブラック商会が仕掛けた陰謀ではないかと思います。オーブラック商会はこの秋に羊毛や農産品の買い付けが進まなかった為カマンベール領は困窮していると勝手に判断したのでしょう。カマンベール領に向かう主要街道はリール州を抜けるものだけですからオーブラック商会以外の取引は無いと思ったのでしょうね」


 大きな街道は南部から西部を抜けて東部に向かい北部王都にたどり着く。北西部へ向かうのは北部か東部を抜ける街道からの分岐となる。

 特にカマンベール領はアヴァロン州からリール州に向かって角の様に突き出した位置にあり西部と南部は山岳地帯になっている。南部に抜ける道は山間の峠を抜ける道と行く筋かの大河とその支流に沿った渓谷の道で、大きな街道は北と東のリール州を通る街道になる。

 そして私はその大河に河舟を就航させているが彼らはそれを知らないのだ。


「そして冬に入るこの時期に狼騒動で主産業の牧羊にダメージを与えた上で、オーブラック商会から借金をさせてそれを焦げ付かせ念願の分水嶺を取り上げようと考えているのでしょう。兵士も狼討伐で貸す振りをして羊に被害を出させるか、兵士に紛れて盗賊団を回収するか企てていたのでしょう」

「その見解ならば兵士たちもグルだと考えられるな。まあ全ては知らずともある程度言い含められておるだろう。でっ兵士たちはどうしておる?」

「はい、完全に酔いつぶれております」

「これでどうにか朝まで足止めは出来そうだ。朝になればロアルドも少しは落ち着いているだろう。表立った諍いは州政庁にも迷惑をかける。両家で内密に納められれば良いのだが」


【2】

 その夜怒鳴り声で私は目を覚ました。

 未だ夜中だと言うのに誰かが騒いでいる。廊下に出てみると軍装のロアルドが今から来了すると騒いでいる最中だった。

 酔いは冷めている様だが、目が座っている。少々正気を失っている様だ。

「ルーク殿、すみませんが兵士たちを招集していただけないでしょうか。ロアルド様の申す通りこれからライオル領に出立致します」

 諦めたアッパーサーヴァントはこれから出発する事にしたようだ。


「待ちなさい。いくら酔いがさめた様に見えても酒は残っている。この夜半に凍てつく街道を抜けるのは自殺行為だぞ」

「うるさい! 俺たちを足止めして何か企んでるのか! 誰が何と言おうと帰るからな」

「仕方がない。御者は我が家の者をつけるから兵は明日の朝出発させよう」

「その様な事を言って帰路に襲撃をかける気か! さっさと兵士どもを用意させろ!」


 結局ロアルドのゴリ押しで兵士たちを起こして器量の準備をさせた。兵士たちは不安で青いかををしている。

「ロアルド様、無茶で御座います。この状況で帰領は自殺行為ですぞ」

 騎馬武官の二人が止めるが聞く耳を持たない。

 ルーク様が騎馬武官に脱落者が出そうなら馬車を先行させて兵士たちはその場に留めるように言い聞かせ後で馬車で回収に行かせる旨耳打ちをして送り出した。

 結局領地境迄たどり着いたのはロアルドたちを乗せた馬車と騎馬武官が一名。残りの歩兵は付き添いの騎馬武官と共に領主館へ引き返してきた。

 そして朝にはカマンベール男爵家から派遣した御者が領主館へ戻って来たのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る