第143話 夕食会(3)
【3】
「いったい何を根拠に盗賊団などと…!」
ロアルドの問いかけにルーク様が怒気を交えて答える。
「それならばあえて聞こう。いったい何を根拠に狼が出たと思った」
「それは…、それは我が領の領民の間で噂が有ったからだ。そうだ我が領の領民から聞いたのだよ」
「いったい誰だそんな戯れ言を。カマンベール領では当初から盗賊団と目星をつけて動いておったというのに」
「私も行商人から狼の被害が出ていると言う噂を聞いておりまして、このまま被害が広がったならばカマンベール領の先行きが危ぶまれると思い援助の申し出をしようとやって来たわけで」
「そっそうだ。狼では無く盗賊だとしてもこれから被害が増えて行くのでは無いのか? そうなれば領地の経営もままならぬ事になるのだぞ。なあ、オーブラック商会の世話になる方が今後の為ではないのか」
「討伐隊も出さねばならないでしょう。わたくしからもロアルド様やライオル伯爵様にお願いして兵を要請しても構いません」
ロアルドやアッパーサーヴァントもグラン商会を売り込む助言をする。
「それも必要ない。半月前から盗賊団の捜索を始めている。領内の各村にも護衛を出して警戒を呼び掛けている」
「半月前とは…なぜそんなに早く」
「リオニーが…。メイドのリオニーが気付いたのだよ。十六頭もの羊が居なくなっているのに死骸が見つかっていない事に」
「しかし、わたくし聞きましたぞ。狼に食い荒らされた羊の死体が見つかったと…。それなのに盗賊団とはそちらの方がおかしいのです」
アッパーサーヴァントもロアルドの話を肯定する。
「ああ見つかったぞ。たった一頭だけな。猟犬に食い荒らされた羊の死骸がな。ご丁寧に周辺には猟犬の足跡までついておった」
「猟犬…とは。何を根拠に…」
「もちろん捕まえたからに決まっているではないか」
「猟犬をという事か…?」
ロアルドが震え声で問う。
「正確には猟犬使いをメイドのリオニーと其方の横におるフットマンのパブロが、こちらのセイラ殿と一緒に捕まえてくれた」
「盗品を買った商人と一緒に居たから捕らえられてだけの事です」
パブロが無表情でポツリと話す。
「それはいつの事です。そんなに前の事ではないはずだ」
「何故そう言い切るのかは知らないが、その通りだよ。昨日の事だ」
「昨日…。その商人は他領から来たと…」
「昨日州境を越えた商人をセイラ殿が見つけて捕獲したのだよ」
「村の方々に助力しただけですよ。二人は村の自警団の方々が捕縛してくれましたから。私たちは犬使いを捕えただけですから」
「三人…。盗賊が捕まったからといって安心できまい。他にも残党がいるかも知れん」
「ああ、まだ盗賊団の人数は判っていない。逃げている者がいるだろうからな」
「そうだ…それはそうだ。まだ盗賊団は捕まっていない者がいる…」
「これまでに捕まえた者が九人、昨日捕まえた者が三人。これで捕縛した盗賊団は十二人だ。そして今逃亡して追い詰められている者が最低でも三人以上いる。包囲網を狭まめて湿地帯に追い込んでいるが全員捕縛するにはあと二日はかかるだろう」
「十二人!? もうそんなに捕まっているのか? どうして? いったいどうやって捕まえた」
「冒険者ギルドにクエストを出して来て貰っている。今領内で五チームの冒険者が残党を追い詰めているところだ」
「冒険者まで入っているのか…。いったい何が起こっているのだ」
ロアルドは脱力した様にテーブルに両肘をついて頭を抱えている。
「十六頭…。あんなに多人数の盗賊団が入って羊がたった十六頭」
「十六頭も被害が出たのだ。小さな村々にとっては甚大な被害だぞ! 羊毛は殆ど領外に持ち去られ。羊の肉も回収できたのは十頭分だけだ。こうして領主館で買い上げておるが、今後の保証も考えてやらねばいけない。冒険者の報奨金も必要になる。被害は甚大なのだ!」
「羊肉を買い上げた…? もしかすると今日の羊は…」
「もしかせずとも盗まれて取り返した羊肉だ。盗賊共も血抜きと食肉処理は上手かったようだな」
「ハハハハハ、勇んで来てみればなんだこれは? おい! 貴様これはどういうことだ」
ロアルドはいきなり隣に座るアッパーサーヴァントの胸ぐらを掴んで言った。
「落ち着いて下さいロアルド様。わたくしも状況の把握が追い付かず…」
「さしずめ狼の噂を聞き及んで我が領に恩を着せようと勇んでやって来たのであろうが空回りであったな。要らぬ接待に費用を使ってしまった。次からはこのような厚遇は二度とないと思って頂きたいものだ」
「それでもカマンベール男爵様、被害は甚大でしょうから手元不如意には違い御座いますまい。先に申し上げた条件なら現金のご融資も行いますぞ。今年はオーブラック商会にも売れる羊毛が無かったご様子。現金が無いのは理解申し上げております。冒険者への報償はつけ払いなどできますまい。如何でしょう当座資金のご融資は可能ですぞ」
オーブラック商会主はしつこく食い下がってくる。
「冒険者ギルドの報奨金についてはリール州全体の犯罪抑止という名目でゴルゴンゾーラ家と州役所に協力を依頼しております。了承されれば州案件のクエストとして処理できると思いますし、最悪でも州役所が立て替え払いをして頂けるようには話は付けています」
「おおセイラ殿。本当に助かる。春まで待っていただければ羊毛の収入も入ってくるのでそれだけでも大助かりだ」
「何なんだ! この娘はいったい何者なのだ! なぜこんな小娘がアヴァロン州の役所に幅を利かしているのだ! 親族と言ったがこのような小娘の言動にどこまで信が置ける」
「血縁など何になると言うのです。私共ももう少し早く来ていれば同じ様な対処は可能でしたとも。それに私共の商会はこの冬のお役に立つ提案を致しておるのですぞ。この先我らの提案を受けなければさらに困窮する事になるのですぞ」
「今度は脅しかね。余り感心せんな。それにセイラ殿を侮ると痛い目を見るぞ、我が姪の娘は只者ではないからな」
「アヴァロン州の新興商会か何かなのだろうが、オーブラック商会は王都にも支店を出せるほどの実力を持っているのだ。我がライオル伯爵家が関係修復の仲立ちまでしているのだぞ。グラン・ランドック商会長と契約を…」
「私どもも資金は充分に持ち合わせておりますよ。新興ではありますが優秀な商会員を揃えておりますので私の様な小娘でも収益を保証出来るほどの商いを致してしております。ライオル伯爵様ともご商談の機会を頂いたことも有りますが」
「アヴァロン州の商人などにライオル家が関わりを持った事は無い!」
「誤解されているようですが私どもは南部ブリー州を本拠にする商会です。南部、西部、最近では北西部の拠点をクオーネに設けておりますので勘違いされたのでしょう。自己紹介が遅れましたが、私はライトスミス商会の商会主のセイラ・ライトスミスと申します」
「其の方がセイラ・ライトスミス?!」
「そう言えば伯爵様が昨年ライトスミス商会の小娘に煮え湯を飲まされ…」
アッパーサーヴァント口を開きかけて言葉を飲み込む。
「心外で御座いますね。ライオル伯爵を偽ったのはリコッタ伯爵で、大損をする手前で救済の手を差し伸べたのが我が商会ですよ」
「シュトレーゼ伯爵とストロガノフ子爵を唆して引き込んだのも其方らであろう。お陰で宮廷魔導士からも近衛武官からも不興を買ったではないか」
「とんだ濡れ衣です。貴族の付き合いなど平民の私共にはあずかり知らぬ事ですから」
「平民? 先ほどカマンベール男爵は血縁者だと申されたのですが…」
「私の母は先代カマンベール男爵の長女で御座います」
「貴様! あのレイラ・カマンベールの娘か! 親子二代揃ってライオル伯爵家を虚仮にするのか!」
…この怒り方、お母様はライオル伯爵家にいったい何をしたのだろうか。
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