第157話 王宮聖堂の聖職者(2)

【4】

「はーっ? 今回此処で行われている治癒治療に大司祭様は何かなされたと? 治癒のお手伝いをなさったと仰られる? 姿すら見えぬほどに忙しく立ち回られたのでしょうね。私はついぞ気づきませんでした」


「ここは王宮だぞ!」

「そしてここは王妃殿下の離宮です」

「ならばそこにかかれている喜捨は…その喜捨は如何にした!」

「ご喜捨は致しますよ、必ず」

 それを聞いて少しほっとした顔で大司祭は聞いてきた。


「して喜捨はいくらになる?」

「喜捨に額など有るのですか? 喜捨とは聖堂と聖職者への感謝の気持ち。銅貨一枚でも金貨千枚でも喜捨に隔ては無いと聖教会の説法で教わりましたが」

「それはその通りだが現にお前は金を得ておる。それをどうするかと聞いておるのだ」


「半分はゴルゴンゾーラ公爵家とロックフォール侯爵家の聖堂の喜捨にいたします」

「半分? 残りの半分は?」

 大司祭は期待するように身を乗り出した。


「それは其の者の、セイラ・カンボゾーラへの報酬になると俺は聞いておるぞ」

 頃合いを見計らってジョン王子殿下がそう言いながら中央の大階段からゆっくりと降りてきた。


「それは…それは事実で御座いますか? ジョン王子殿下」

 大司祭は喜色を浮かべてジョン王子を見上げる。

「事実も何も俺はセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢から直にそう聞いておるのだが」


「ハハハ、何が光の神子だ。ここにおる皆も騙されるでないぞ! ジョン王子殿下がおっしゃられた通りの事だ。ここでの喜捨をこ奴め自分のものにしようとしているぞ!」

 私はその大司祭の様子を冷めた面持ちで見つめていた。


「何を訳の分からぬ事を申されておられるのです? 大司祭様は文字も読めぬのですか? 表の黒板に何と書いてあります? 料金表とハッキリと明示しておるでは有りませんか。どこに喜捨などと書いてあるというのです」

「はー? いったい何を…」

「ですから治癒治療の料金表で御座いますよ。聖堂の治癒治療にご喜捨の金額が決められておるのですか? 聖堂の治癒治療は一律にご喜捨を要求するのですか? 何よりご喜捨に決まった額など有るのですか?」


「お前は何を申しておる…聖堂の治癒治療は…喜捨は…。黙れ、黙れ! 慈悲で行う治癒治療に料金を要求するなど言語道断ではないか!」


 この男どんどん墓穴を掘るなあー。

 この手の権威と身分だけで伸し上がってきた大貴族って権力で全て威圧できると勘違いしてるんだろうなあ。

 たかが子爵令嬢なら威圧すれば一発だとでも思っているから碌に考えもせずに乗り込んで来るんだろうね。


 その勘違いは正してやらなけりゃあいけないよね。

 権力の裏付けは結局動かせる人とお金なんだよね。だからね私はあなたの十万倍お金も人も動かせるんだよ。


「皆様、大司祭のお話をお聞きになられましたか? ハッキリと大司祭様は申されました。聖堂の治癒治療は慈悲で行う事、だからご喜捨など要求しないと」

「あっあっ…違うぞ、儂は料金を要求しないと申したのじゃ。揚げ足をとるな!」

「これは失礼、それならばご喜捨は要求すると…。まあご喜捨は信仰心の現れ、治癒治療を行ってくださった術士への感謝の心。お納めするのは当然の事。さあ大司祭の仰ったようにご喜捨は感謝の気持ち銅貨一枚でも構わぬそうです」


「ああ、喜捨はそれでも構わぬ。そのものの御心であるからな。しかしお前が成しておる事は違う! 自らの欲の為に金を得ておるではないか! それもゴルゴンゾーラ公爵家とロックフォール侯爵家の聖職者を利用して!」

「だから、その分はご喜捨すると申し上げましたが? 聖職者のみで行う治癒は正規の半額で御座います。それは全て両家の聖教会へのご喜捨となります。私が行う治癒施術も両家の治癒術士の協力を仰ぐのですから当然半額は両家の聖堂へのご喜捨で御座います。理に適っておりますでしょう」


「何が理に適っておるものか! 治癒魔法を金儲けの道具に使おうとするようなお前が光の神子などと…」

 一体どの口が行っているのだろう。言っていて虚しくならないのだろうか?

 誰も口を挟まないが、みんな見ているのだ、聞いているのだ。

 そして今までの教導派聖教会の治癒治療のやり口をみんな知っているのだ。


【5】

「重ねて申しますがその呼称は止めて頂きたいですわね。勝手に名付けおいてはなはだ迷惑です。それに私にしたところで治癒施術を生業にしている訳でも無く、光魔法を行使する為にはそれなりの魔力も体力も時間も費やさねばなりません。それを誰が保証してくれるというのです」


「それは…慈悲の心で」

「慈悲の心でこうしてここで本業でも無い治癒治療を行っているのですよ。これはその対価です」

「対価? 一子爵令嬢風情がこの様な大金を? 片腹痛いわ」


「なら大司祭様がその肩代わりをしていただけますか? 私は商会を持っております。そこそこ名の知れた商会をね。その商会では私の名前だけでこうしてお喋りをしている時間でも金貨千枚は稼ぐのです。それをすでに三日拘束されてこうして働いている。その補填を王宮の聖堂は対処してくれるのですよね」


「そんな与太話を誰が信じるか!」

「止めておけ大司祭殿。本当に請求されれば王家が破産する。そうなればもう既に聖堂はこの者の、アヴァロン商会の物に成っておってもおかしくない」

「アヴァロン商会…。しかしアヴァロン商会はゴルゴンゾーラ公爵家の…」

「ああ、ゴルゴンゾーラ公爵家とカンボゾーラ子爵家が投資して、実質の代表がセイラ・カンボゾーラだな」


「しかし、しかし南部のジャンヌ・スティルトンは…あ奴も聖職者では有りませんぞ。しかしあ奴は料金など要求したとついぞ聞いていない」

 その言動にムッとした顔になった王子殿下は声を荒げた。

「あ奴? 其の方聖女に対して呼び捨てか! 聖教会が聖女認定したのだろうが! 貴様らが勝手に光の神子と呼んだセイラ・カンボゾーラと南部の聖教会が認定した無私無欲のあの聖女ジャンヌを比べてみよ! 貴様らが異端審問にかけようとした聖女ジャンヌの如何ほどに素晴らしい事か肝に命じよ」


 まるで王宮の聖堂が光の神子と名付けた様になっているが、そもそもそれをやったのはあんただろう。

 なんだよそのマッチポンプは。

 上げて落とされた私の身にもなって見ろよ。高く上がった分その落差も落下速度もデカいんだけど…。

 まあそのせいでジャンヌの評価が跳ね上がっているので許してやるが。


「大司祭様、そこまで仰るなら冒険者ギルドで金をとって行う治癒治療も町の薬屋や外科院で行う治癒治療も慈悲で行うのだからと教導派聖教会が責任を持ってやめさせる事ですね。もちろん対策として聖教会から無償で治癒術士を派遣する事は当然ですが」


「それとこれとは話が…」

「いいえ、違いません。私の職分は治癒術士では有りません。治癒施術が出来る学生で商会の代表です」

「それこそ詭弁だ。冒険者ギルドも薬屋も外科院も治癒を職分として料金を得ておる。それは聖職者では無いのだから当然の事と理解しよう。しかしお前は違う!」

 やったー! 言質とったー!

 この言葉が欲しかった。一般人なら料金を取って治癒しても当然! 目的達成。


「治癒を職分としていないからいけないと? 治癒を職分とする一般人以外は料金を取るのを許さないと! それは聖教会の総意なのですか? 何を勝手な! あなた一人のご意見では無いですか!」

「今はそうであろうが、すぐに総意にしてやる。少なくとも王都と北部や東部の教導派聖教会は三日以内に決定してやるわ! 今月中には教皇庁から通達を持って来てやる。覚悟しておけ」

「出来るものならどうぞご勝手に。それでは私は王都での通達が来る迄存分にここで治療に当たらせて頂きましょう」


「ハハハ、ならばこのジョン・ラップランドが見届け人になってやろう。通達が出ればその日の夕刻にはこの者達を撤収させる。その代わり王宮の聖堂の治癒治療を再開させる目途は立てておけ。王宮内での治癒治療が滞っては目も当てられんからな。通達が出るまでに再開できなければその責めは負って貰うぞ」

 大司祭もジョン王子の提案に少し蒼ざめたが、私をキッと睨んで帰って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る