第158話 王宮聖堂の聖職者(3)

【6】

「其の方はどう見る? 三日で方をつけられと思うか?」

「それはジョン王子殿下の方が王宮事情はお詳しいでしょう。そう言う殿下はどう思っているのですか?」

 ジョン王子は皮肉に笑うと少し思案顔になって話を続けた。


「まあそういう政治の話ならあの大司祭は通達はとって来るだろうな。多分容易くな」

「それは王都の聖教会に置いてという事?」

「いやあ奴の言う通り北部と東部、西部の一部でまで含めて三日で済ますかもしれんぞ。少なくともペスカトーレ枢機卿とアラビアータ枢機卿がゴリ押しで押し通すだろう。ただだからと言って三日後に布告が出来るかというと微妙だな」


「通達は有るけれど布告が出来ない…とっ? その理由は?」

「俺の付けた条件だ。王宮治癒術士の確保だ。こればかりは予想がつかぬ」

「…ああ、あれね。でもそんなのこそゴリ押しで取り繕う事ぐらいやりかねないのでは無いかしら」


「そういう訳には行かん。いや、させん! 治癒術士が今と同じ状態ならば俺の権限で再開させぬ。父上がゴリ押しするなら俺が離宮を解放して治癒院を開いてでも邪魔してやる」

「通達を出しても私を排除できるだけで、今の清貧派の治癒院のシステムは残るという事ね」

「ああ、治癒の料金は俺が喜捨してやる。料金体系はあのままでな」


「なら、三日で王宮治癒術士を用意するでしょうね。使えそうな近隣の大聖堂の治癒術士司祭を根こそぎにしてでも」

「それで役に立つと思うか?」

「まあ無理でしょうけれど、それは今までと変わらない事よ。それよりもその時に他の大聖堂の治癒施術に対して苦情が来るかどうかよ。多分それも変わらないわ。その時は治癒術司祭がいないのに同じ喜捨を要求するのかと清貧派の信徒市民を煽ってやるけれどね」


「もしそうならば王宮は無能な治癒術士の食い物にされていたという事だな。それなら俺も同じ言い分で大聖堂の喜捨を無くしてやろう。まあ王族としては釈然としないが、それならば三日で体裁は整えられそうだな」

「問題はその後の対応ね。王宮の聖堂が今までと同じ喜捨を要求すればかなりの人がゴルゴンゾーラ公爵家とロックフォール侯爵家の聖堂に溢れるわよ」


「まあ両家とも治癒治療に対しては清貧派の改宗を要求すると思うがな。教導派の聖教会も喜捨の金額を大幅に下げてくるだろう」

「それでも同じ金額を払って治癒効果が格段に劣るなら不満が爆発するわよ」

「それは俺も多分母上も同じ意見だろうな。王立学校の八人の治癒術士については俺か母上の離宮にある礼拝堂の修道士として召し抱えるからそのつもりでいる様にと伝えておく」


「そんな身勝手な! 王立学校の治癒術士はどうするの!」

「グレンフォードとフィリポ治癒院に変わりを派遣して貰う。それよりも其の方エヴァン王子やエズラとイライジャに治癒術士を付けぬのはどういう訳だ。其の方は男子生徒に対して少々慈悲に欠けるところがあるのでは無いのか。エヴェレット王女だけとは少々差別が過ぎるのではないか」


「そうやって私に負担を押し付けるのですね。貸しにしておきますが見返りは必ず要求しますからね」

「覚悟の上だ。出来れば修道女が多い方が良い。女子寮で聖女ジャンヌに直接指導を受けられるからな」

 なんだよそれは、対象の留学生は全員騎士団寮だぞ。


【7】

 王宮聖堂の大司祭からの手が伸びる前に、ジョン王子殿下は王立学校の治癒修道士六人に辞令を出して即刻、王妃殿下の離宮付きに変更させた。残りの二人も補充者着任を以てジョン王子殿下の離宮付きになる旨辞令が出た。

 それと同時に王都大聖堂には治癒術師六人の王立学校への派遣の指示を出している。

 理由は王妃殿下と王太后殿下の快癒の為に祈りを捧げるから。


 即時に実行されない場合は代わりにゴルゴンゾーラ公爵家の聖堂に依頼すると一言添えて指示書を送ると即座に人選がなされてその日の夕刻には治癒術師を送ると回答が来た。

 その上で技量が不十分との評価をされて全員ゴルゴンゾーラ公爵家の清貧派聖教会に修行に出され、代わりに南部の清貧派聖教会の治癒術士見習いの修道女が派遣される予定になっている。

 状況把握が不十分な事は解るが、王都大聖堂ももう少し頭を使って裏を読めよと言いたくなる。


「こんな事をされたならカタリナの負担が大変なものになるわよ。少しは考えて欲しいものね」

「まあそう怒るな。それに夏季休暇中で生徒も殆んど残っていないから、それまでに其の方の領地から治癒術師の応援を呼んでおけ。その二人は来年以降の王立学校専任治癒術師として常住させたいのでな」


 本当に何を勝手な事を! カンボゾーラ子爵領はあんたの領地じゃあ無いし、私はただの同級生で王家とは何のかかわりも無いんだからね。


 まあジョン王子の考えもわかるけれど。

 王宮聖堂の大司祭が王立学校の治癒術師に目を付けて、王宮治癒術師のサポート名目で召し上げるのを防ぐつもりなのだろうけども。

 何より王立学校の治癒術師は名目上は王都大聖堂の所属で、教導派治癒術師の扱いだから、教導派大司祭から命じられれば逃げるわけにはゆかないし、清貧派の技術を習得しているから転向をさせないために王宮聖堂で飼い殺しにされる事になるだろう。

 先手を打ったジョン王子はなかなか侮れない。


 交替で帰ってい行く王立学校の治癒術師が嬉しそうに辞令をもって学生寮に戻って行った。

 夕食前には王立学校の治癒術師から使いがやって来た。

 引継ぎもせずに全員やって来たのなら少々浮かれ過ぎだろうから叱ってやらなければ。

 そう思っていたがさすがに、昼間に来ていた二人も残っていた四人も、今夜は残って引継ぎと引越しの準備をして明日やって来ると言う。

 二人づつ引っ越し準備をしながら引き継ぎと残務を片付けてゆくと言っている。先ずは明日の朝二人がやって来る手筈になった。

 それでも明日中には全員引き継ぎと引越しを済ませる事になるのだろう。


 ゴルゴンゾーラ公爵家とロックフォール侯爵家はヨハネス卿とファン卿の名で、清貧派聖教徒以外王都別邸の聖堂への立ち入りは認めないと強権を発動するようだ。

 フィディス修道女やレイチェル修道女たちが重傷者には特例を出して欲しいと嘆願したが、今回は両家とも譲らないつもりのようだ。

 王宮の貴族連中には慈悲心で足元を掬われる様な事はできないと、ケジメを迫るつもりなのだろう。


 当面打てる手は打った。

 外来の診療も終わり、離宮は落ち着きを取り戻した。

 その日の夕食時間は王太后の監視のヨハネス卿の以外は、揃って穏やかに過ごす事が出来そうだ。

 王太后も諦めた様で大人しくヨハネス卿に従っているようだし、大きなトラブルは起こらないだろう。

 王妃殿下もほぼ復調し、全員で夕食をとる事になった。

 あの日から慌ただしかったので、本当にほっとする。

 そう言えば折角ロックフォール侯爵家の料理人が入っているのにゆっくりとその味を楽しむ暇も無かった。


 久々に美味しい夕食を堪能しコーヒーとドルチェのモモとオレンジのコンポートが入ったフランを食べながら歓談していると顔面蒼白のメイドが飛び込んできた。

 王妃殿下が王太后の世話にと付けた離宮付きのメイドだ。


「セイラ様! フィディス様! レイチェル様! 王太后殿下が…! 王太后殿下が発作を起こされました。すぐに来てください!」

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