第156話 王宮聖堂の聖職者(1)
【1】
四日目も朝から診療希望の患者がやって来ていた。
もう、聖堂には行かず直接来訪する患者が半数以上になっている。
二日目から続けて来ている軽症の患者もおり、料金表の五段階のさらに下に私の治癒を伴なわない格安の項目を設けたがそれを選ぶ人たちもいた。
昼になるとその傾向が高まり、昼食の空き時間で格安診療を受けようと使用人や官吏が押しかけて来た。
お陰で八人の治癒術士は食事の閑も取れない状態になってしまって、離宮の玄関は野戦病院然となってしまった。
昼食後にはまた両貴族家より八人の応援が来たが、もうこれが限界である。
両家とも王都別邸の聖堂での治癒施術もある為これ以上の人員は割けないのだ。
「これはお前の言う通り早急に何人か還俗させて治癒院を設置せねばな。当然株式組合化するのだろう。ロックフォール侯爵家が全額出資しても良いぞ」
「王妃殿下、還俗治癒術士の治癒院設置は必要ですが、ファン様に勝手をさせないようにお願い致します。命を預かる職業です。ある程度の公的な権威の有る方による枷が無ければ、王宮治癒術士団の二の舞になってしまいます。あからさまにお金を要求できるのですから猶更悪い」
「おいおい、我が家はそこまで非道では無いぞ」
「いえ、ファン様がと申しておる訳では無く、教導派でも同じ事が出来るという事です。レベル一の病をレベル五と偽って料金を請求されても患者は解りません。医療カルテの義務化や治癒内容の開示の義務化が絶対必要で、更に監査機関も必要です。それに聖教会が認めた治癒院での免状も必須です。さもなくば偽治癒士が蔓延ります」
「ほう、さすがは我が従妹だ。ちゃんとロックフォール侯爵家の首に鈴をつける事も考えておったのだな。さしづめグレンフォードとフィリポ、それに業腹だがハッスル神聖国の教皇庁か。還俗の件はボードレール枢機卿とパーセル枢機卿にご了承いただくとして、法の整備は必須ですな。それに治癒術士の技量にも差があり過ぎる。少なくとも清貧派治癒術士は最低限のランクを設定できるようにパーセル枢機卿やアナ司祭と相談せねばならんな」
「ならば、カルテや診療記録の義務化と開示の義務化については内務省に検討させよう。料金を合法的に徴収するのだから税も取らねばな。税率についても検討が必要じゃし、なにも治癒魔法だけが治癒ではあるまい。投薬や外科医療も加味せねば片手落ちぞ。…それに王宮治癒術士団のみならず宮廷魔導士団も口を挟んできそうじゃな」
国の重鎮や高位貴族がいると話が早いや。
少し話を振ればすぐに食いついて各々で動いてくれる。
この話が本格的に動き出せば教導派の治癒術士も雪崩を打って清貧派に鞍替えを図るだろう。
なにせ教皇庁の治癒院は貴族しか行けないのだから。
【2】
予想通り午後のお茶の時間が過ぎた頃からまた王宮使用人たちの来訪が増え始めた。
中にはかなり状態の悪い患者もおり、料金表の更に半額の値段で私の魔術を伴なわない治療を設定し、王宮使用人たちに治癒治療を促した。
少し渋る者もいたが、施術後に納得できなければ料金はいらないと言って受けさせた結果、誰一人として払わずに帰る者はいなかった。
中には獣人属の修道士の両手をとって泣く者もあらわれた。
そして外のホールの一角ではイブリンがロックフォール侯爵家のメイド達を従えて健康食品の売込みに余念がない。
官吏や使用人の中には裕福で無いものも多い。ただ王宮に勤める手前、無理をしてでも小麦のパンを買って体面を保たなければならないのだ。
そこに並べられたのがロックフォール侯爵家謹製のライ麦パンや燕麦パン、そしてオートミールや燕麦ふすまのクッキーやパンケーキである。
当然、燕麦やライ麦の一般的な製品からすれば割高だが、小麦の白パンよりは格段に安い。
何より体面を気にする王宮人にとって美食家のロックフォール侯爵家のお墨付きは絶大である。
その日何よりもみんなの目を引いたのはその原料であるライ麦粉や燕麦オートミールや押し麦やふすま粉がレシピ付きで買える事だっだ。
レシピを一枚買えば、後は燕麦やライ麦や大麦やふすま粉である。
手が加わっていて市価よりは高いと言ってもたかが知れている。買って帰ればレシピにどんなアレンジを加えようとそれは勝手だ。
「は~い、健康に良いロックフォール侯爵家の新しい食品ですよ~♪。王妃殿下やジョン王子殿下や王太后殿下も召し上がっているお料理で~す。ロックフォール侯爵家の直販店や~、ハバリー亭でも取り扱ってま~す。試してみる価値は有りますよ~♬」
オートミールと伴に押し麦とふすま粉も飛ぶように売れていた。
【3】
夕食前には仕事を終えた下級貴族たちが多くやって来た。
上級貴族や下級貴族でも重篤な者たちが日中に馬車でやって来たが、さすがに教導派聖教会に遠慮が有るのだろう、仕事が出来る程度の者でやって来る人は殆んどいなかった。
下級貴族たちは胃腸の疾患や高血圧気味の人が多い。殆んどがストレス性の疾患だろう。
やはり中間管理職クラスはどこも大変なのだろう。身につまされる思いだ。
そして官吏や使用人は格安コースに殺到し大賑わいだ。
実際には胃潰瘍や腫瘍、静脈瘤等の危険な疾患に対しては私が一緒に光魔法を併用した処置をこっそりと行った。
「これは秘密ですよ。あなたの症状は命に係わります。定期的に清貧派の聖堂の治癒術士に見て貰ってください。それから日々の食事の量も減らしてロックフォール侯爵家の健康食品に全てかえて下さい。お酒も飲めば命に係わりますよ」
そんな事をしているとエントランスホールが騒がしくなった。
「セイラ様、聖堂の大司祭様がいらしております」
「私に? 王妃殿下では無く?」
「そうだ。お前に用が有るのだ」
いきなり診療室の扉が乱暴に開かれて大司祭が何人かの司祭であろう聖職者を引き連れて入って来た。さすがに教導騎士は表で近衛護衛騎士に止められたようだが。
「お前は何の権限が有って治癒施術を行っておるのだ!」
「何の権限? そんなもの何が必要というのです」
「お前何を申しておる。お前は治癒術士ですらないではないか! それなのに勝手に治癒施術を行っているのだぞ!」
「何をもなにもあなたこそ何の権限でその様な事を? 治癒施術の実施に何の決まりがありましたでしょう」
「なっ何を…! 当然であろう。治癒施術は聖職者が聖堂で行うものではないか! それ以外は異端であるぞ」
「はて異な事を。先の聖女ジョアンナ様は聖職者では御座いませんでしたが? それを認められておられた今の教皇様は異端者であるとこう仰るわけですね。司祭様方、大司祭様は教皇猊下が異端だと告発なさるおつもりの様ですわ。皆様もお聞きになられたでしょう!」
私の言葉に大司祭は真っ青になって叫んだ。
「その様な事は申しておらん。違うぞ儂は教皇猊下に二心など抱いておらん。こ奴の詭弁じゃ」
「ならば何を仰りたいのです」
「ちっ…治癒術士でも無いのに何故治癒行為をしておると…」
「この部屋に居る修道士、修道女は全て治癒術士です! 現に施術を終えた者は皆回復している」
「そうでは無い! 治癒術士でも無しに治癒を行うお前の事を申しておる!」
「治癒魔法を行うのに資格がいりましたでしょうか? 冒険者ギルドでも治癒魔法を使うものは多々おりますよ。治癒魔法は治癒箇所に魔力を流して回復を促す生活魔法でしょう。効果の幅はともかく誰でも、虫刺されや切り傷くらいなら子供でも使いますがそれが何か問題でも?」
「語るに落ちたわ! その程度の魔法で光の神子を名乗り治癒を行うなど僭越ではないか。詐称であろうが」
「バカバカしい。私は自らその様な事を名乗った事も無ければ認めた事も無い。大司祭様が勝手に呼んでおられただけでしょう。それを詐称だなんて言いがかりですわ」
「…くっ。それなら何故治癒治療を聖堂で行わん! 聖堂は人が足りず難儀しておるのだぞ!」
「ならばレイチェル修道女とフィディス修道女を向かわせましょう、とてもお役に…」
「ふざけるな! ケダモノを神聖な王宮の聖堂に入れられるわけが無かろう」
「こちらこそ同じことが言いたいですわ。聖職者で聖教会に属し確かな治癒技術を持っている。この二人に何が不服があるというのです。その様な態度だから私はここで治癒施術の指揮を執っているのです」
「ならばここで受けた喜捨を何故聖堂に持って来ない! 聖堂の仕事を代行していると言いながら何故聖堂に姿を現さない!」
本音キター! いつか来るとは思っていたけれど思った以上に早かったー!
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