第10話 上級貴族女子寮
【1】
カロリーヌの画策で早々にフレップ・オーディンも排除出来た。
研修の名目で見習いフットマンとしてサロン・ド・ヨアンナのクオーネ本店送りになったのだ。
宮廷歓迎会は終始不機嫌だったペスカトーレ枢機卿を除いて、概ね成功に終わった。
エヴァン王子たちは昨日と今日で、ジョバンニ・ペスカトーレを除いたジョン王子たち男子生徒とも打ち解けた様で、近衛騎士団の副団長派貴族とも気さくに話している。
エヴェレット王女は騎士団員たちの話に混じりたそうにしていたが、男子たちが気を使って距離を取っているので会話に入れ無い。
ただ、ファナやヨアンナやカロリーヌとは色々と悪口で盛り上がっている様だ。
…おい! ヨアンナ、私を指さして何を笑って言ってるんだ!
そうとは言うものの留学生たちは問題なく受け入れられたようだ。
一番の障害になりそうなアントワネット・シェブリ伯爵令嬢たちが、領学生の受け入れ側なのだから、表立って何かを仕掛けられない立場である事も幸いだ。
そして、第三王子の陣営とペスカトーレ枢機卿の関係も洗い出せそうだ。
【2】
私は王女殿下の入寮の手伝いに駆り出された。
まあ、実際はアドルフィーネとウルヴァが目的で、私は接待係だ。
「さあ、アドルファちゃん。お茶をお願いするかしら」
ヨアンナは早々に自分の部屋の応接に腰を落ち着け、後はメイドや私たち取り巻き貴族に丸投げされている。
「おや、ヨアンナ殿は幼いメイドをお使いのようだな」
エヴェレット王女がヨアンナに問いかけた。
「そうよ、今年から私付きになったかしら。今年聖年式を迎えたのだけれど、姉に似てとても有数なのかしら」
「ほう、姉が居るのか? アドルファよ、其方の姉はどのような者なのだ?」
「はい、二属性魔法を使いこなすとても優秀なお姉様で御座います」
「ほうそんなに優秀な姉がおるのか?」
「恐縮で御座います。当然妹の贔屓目に御座います。まだまだ拙いメイドで御座います」
焼き菓子皿を掲げ持って入って来たアドルフィーネがそう言った。
「ヨアンナ様もあまりアドルファを甘やかさぬ様にお願い申しあげます」
「ほう、其方が姉になるのか。獣人属のようだが、ヨアンナ殿のメイドなのか?」
「残念ながら違うかしら。これは先ほど話した爆弾娘のメイド長なのかしら」
「ヨアンナ様、爆弾娘とはどなたの事で御座いましょう」
私はそう言ってエヴェレット王女殿下にカーテシを行った。
「おお、セイラ・カンボゾーラ嬢よくぞ参られた。一緒にお茶に致そう。其方の筆頭メイドの妹か。其方を御せるメイドならばやはり優秀なのだろう」
「エヴェレット王女殿下もそれはどういう意味で御座いましょう?」
「ハハハ、許せ。しかしヴェロニク従姉上からも其方の事は聞いているのだ。色々と仕出かしておるようではないか。学問はクラスで一二を争うのに宮廷作法は赤点だとか」
「ヨアンナ様!」
「違うかしら。そもそもファナが漏らした事なのかしら。それにそれは厳然とした事実かしら」
「ぐぬぬ。その言葉は受け止めましょう」
「僕も其の方の気持ちは解らないでも無いぞ。それに其方は徒手格闘が得意と騎士団長のご息子から聞いたぞ。一手お願いしたいものだ」
イヴァンの野郎! ふざけんな、王女殿下に何を吹き込みやがった。
「ホホホホ、多分それはイヴァン様の冗談で御座いますよ。でもメイドのナデタの接近戦の実力は間違いありませんから」
「そうなのか。なんでも其方やメイド達の使う徒手格闘は、今迄の物とは違う新しい物だと聞いたので楽しみにしていたんだがな」
「それでしたら、ナデタはとても優秀ですからお役に立てると思います」
「うん、楽しみにしているぞ」
【2】
突然ドアをノックする音が響いた。
アドルファが急いでドアを開く。
開いたドアの向こうには人属のメイドを三人従えた赤いドレスのふくよかな少女が立ってカーテシをしていた。
「エヴェレット王女様、同じ寮に住まう者としてご挨拶に伺いました。わたくし、カブレラス公爵家のシルビーと申します」
「ああ、堅苦しい挨拶は不要だ。あなたこそ年上の公爵家のご令嬢ではないか。僕はこちらの作法も知らないし不作法をするかもしれないので許して欲しい」
カブレラス公爵令嬢はおっとりした顔で微笑むと言葉を返した。
「その様で御座いますね。こちらでは年齢が上であろうが下であろうが爵位の上の者には敬意を払うので御座いますよ。獣の国とは違って人の国ではこれが常識なので御座いますよ」
カブレラス公爵令嬢は特に悪気も無くサラッとこういう事を口にする。
エヴェレット王女は少しムッとした表情を見せたが直ぐに表情を戻して話を続けた。
「ああそうなのかい。でも、王立学校では身分の区別は行わないのが建前だろ。寮の中でもそう願いたい。年上には敬意を表するが、若輩の僕に王属の扱いは不要だよ」
「そう仰って頂けると嬉しいですわ。それでは隣人として接しさせていただきます。これからも宜しくお願い致します」
「カブレラス公爵令嬢様、ご一緒にお茶は如何かしら。色々と焼き菓子もセイラが考えた新しいお菓子も有るかしら」
「まあ、それは…」
カブレラス公爵令嬢は一瞬その顔に喜色を浮かべたが、ふとアドルファとその指導をするフォアを見て眉を顰めた。
…マズイ!
教導派の教義が当たり前で育ったカブレラス公爵令嬢は、特に悪意も無く獣人属や平民を見下した発言や行動をしてしまう。
それこそアントワネット・シェブリ伯爵令嬢と違って、他意も悪意も無い事が余計に厄介なのだ。
もしも彼女が不用意な言葉を口にするとヨアンナが切れる。相手が誰であろうと自分が可愛がっているフォアやアドルファを貶める発言は絶対許さないから。
「あの…、それでしたなら…」
カブレラス公爵令嬢が要らぬことを口走る前に話しを変えなければと私が口を挟みかけた。
「お茶をお持ち致しました。皆様はあまり馴染みがないと思うのですが、ハウザー宮廷の作法に則ったミントティーをご賞味頂きたいと思います」
タイミングを計ったように声がして、上品な人属の夫人がお茶の盆を持って入ってきた。
「あら、ミントのお茶ですか? 普通のハーブティーとは違うのですか」
カブレラス公爵令嬢が興味をそそられた様でその盆に目を移した。
「はい、ハウザー王国では夏の暑い時期によく飲まれるお茶ですが、宮廷流の作法が御座います」
その女性は手際よくテーブルに茶器を並べ始めた。
カブレラス公爵令嬢も興味をそそられた様で、何事も無かったようにソファーに腰を下ろした。
「紹介するよ。僕の
エヴェレット王女の紹介に微笑んで会釈を返すと茶葉を入れ始めた。
部屋にミントの爽やかな香りが広がる。
しばらくその手際に見入っていたカブレラス公爵令嬢はド・ヌール夫人に問いかける。
「その手際や身のこなしはこちらの王立学校で学ばれたのですか? 立ち居振る舞いがラスカルの宮廷作法を学ばれた方のようですわね」
「ああ、そうなのですよ、カブレラス公爵令嬢。かつてこの学校で貴族として学ばれたそうでね。ただ不作法な事は申したくないので、これ以上の詮索は御無用にお願いするけれどね」
「ええ、もちろんですわ、王女殿下。そのような詮索こそ不作法の極み。それは何処の宮廷に行っても変わらぬ作法で御座いましょう」
エヴェレット王女の言葉にカブレラス公爵令嬢も微笑んで応えた。
ヤバイ、ヤバイ。もう少しでその不作法な詮索をしてしまう所だった。こんなだから私は宮廷作法が赤点なのかなあ。
しかし、ド・ヌール夫人のお陰で、今日はどうにか問題なく収まりそうだ。
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